祁県映海戴氏心意拳倶楽部 公式ブログ

戴隆邦から脈々と受け継がれる戴氏心意拳。王映海伝戴氏心意拳の日本での伝承を行う祁県映海戴氏心意拳倶楽部の公式ブログです。

ボディーワークとしての戴氏心意拳

2014-09-13 00:21:21 | 練法・技撃・学び方・健康・技法体系
ボディーワークとしての戴氏心意拳
投稿者:うさぎ 投稿日:2012年 8月22日(水)18時54分46秒 返信・引用

最近戴氏心意拳の練習を何人かの人たちとしていて、気づくのは、戴氏心意拳って、自分を拓き、他とつながる、何かを持っているな~と感じます。やはり、キーワードは「つながる」ってこと。自然とつながり、自らの身体がつながる、そして他者ともつながる。しっかりとしたボディーワークだなと思うし、命のつながり、命の働き、という意味でのライフワークでもあるなと感じます。


Re: ボディーワークとしての戴氏心意拳
投稿者:k 投稿日:2012年 8月25日(土)19時24分11秒 返信・引用 編集済

うさぎさんお久ぶりです。

4月1日に袁天輝さんが同じ趣旨の投稿をされた時、「私もそう思います」と返信させて頂きました。

内容自体は同じなのですが、別の言葉で今回も「私もそう思います」と返信させて頂きたいと思います。

初めて中国に行った時のことです。
霍先生が私の身体を触って「あまり運動していないなぁ」と仰った後、自分の身体を触らせ「戴家拳をやればこうなるぞ」と仰られました。

ただし筋肉をつけることにあまり意義を見出していない私にはそれほど魅力的な響きはありませんでした。

余談になりますが、三島由紀夫という作家がおりました。彼は自衛隊への体験参加という変わった趣味がありましたが、その彼が「ボデイビルをやって感じたことは自分の身体がどんどん発達ていくことであった。それは、人間の根本的な喜びの一つである」と主張しておりました。
変わった感性だなぁ と言うのが正直な感想であり、後日彼が自衛隊の基地で割腹自殺をした時も、びっくりすると同時にさもありなん と感じたことを覚えております。

霍先生との練習の中で「一日も休まないのですが」と質問した時のご返事は「拳を練ることは命を練ることである。だから、正月も休まない」というものでした。

その後、練習が進み「拳を練ることは命を練ることであり、その現象の一つとして身体も作られる」ということが体験できたのですが、その時は、そんなものかなぁ と言った程度の感想しかありませんでした。

勿論ボデイビルダーの様な身体ではありませんが、生命力が向上したと実感される深い睡眠や食欲とセットになって作られていく身体に関しては「戴氏心意拳をやって感じたことは自分の身体がどんどん発達ていくことであった。それは、人間の根本的な喜びの一つである」と素直に感じることがでました。


Re: ボディーワークとしての戴氏心意拳 その二
投稿者:k 投稿日:2012年 8月25日(土)19時32分45秒 返信・引用

> No.92[元記事へ]

下の投稿で「命」について投稿させてもらいましたが、「他者ともつながる」に関しても全く同様に感じております。

実は練拳仲間に受けを取ってもらい、自分なりの気づきがありました。

そんな訳で今は公私(ここで言う「私」とは戴氏心意拳のことです)ともにゴタゴタしているのですが、落ち着いたらうさぎさんや袁天輝さんとも、つながりたいと思っております。

その節は宜しくご指導下さい。

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