「おもしろい」って、どういうことよ?

売れていないラノベ作家が「おもしろい」とはどういうことか、
日々悶々としています。

ダンジョン飯 8 感想

2019年09月15日 | 日記
マロール!
お前、マロールMALORじゃないか!!

と、いう訳でダンジョン飯最新刊感想です。
いやもうこれは感想を記しておかないといけないと感じましたもので。
とりとめのないものになるかと思いますが、思い出すごとに追記していきます。

実は正直なところ、「ドラゴン戦以降は蛇足だったな」と思っていたのです。
作品のトーンが変わってしまったこと。
ちょっとイマイチなエピソードがあるなと感じたこと。
料理のネタがあまりピンとこなくなったこと。
「人気あるから編集部に引き伸ばされたんだろうな」と思いましたし、正直、今でもそう思っています。
バロメッツの味が植物ではなく肉の味だった時にも「ネタ尽きたかな……」と思いましたし、西方のエルフ達が登場した時は「せめてデザインで遊べる新キャラでモチベ保ってんのかな」と思いましたし、「グルメ漫画(否)でウミガメのスープって……よりにもよってウミガメのスープって!!」と、使い古されたネタを安易に引用しているように感じていました。
それがまた、九井諒子という天才作家によって描かれているものだから、「それぞれに"ちゃんとしている"」のも歯がゆかった。見事なんです。そこが辛い。
5~7巻は、そんな印象でした。正直なところ。

しかし、8巻で感想はがらりと変わった。

既に読まれた諸兄はご存知の通り、全部が見事に繋がりましたね!
本当に「お見事」としか言いようがない。
これまで九井諒子といえば「短編が得意な作家」として有名だったので(私もそう思っていましたが)、コミックス4冊にわたる大きな風呂敷を綺麗に、美しく、こぼすことなく、何より楽しく包んできたことにただもう溜め息です。いや、本当にお見事。なんて作家が現れたんだと震えると同時に、九井諒子作品をリアルタイムで追える幸運に心から感謝するばかりです。

ファリンを救う方法(仮)もえげつなくて良かった。
食べるとは「命をいただくこと」とそれに伴う責任、そして「捕食者のエゴ」がつきまとう行為。
「それでも食べていかざるを得ない」。
このパーティにヴィ―ガンが居たら発狂するでしょうね、いいぞもっとやれ。

ファリンを想って涙するマルシルにはこちらももらい泣きしました。
イヅツミがパーティに懐いてきているのもとても良い。
中でもライオスに一番懐いていないのがよい。

チェンジリングでダンプリングという洒落も良かった。
思わずセブンで冷食の小籠包を買ってきてしまった。

チェンジリングと言えばもう出だしからずるいのですが、51話の表紙(チェンジリング一覧)も良かった。
この表紙だけで一生楽しめる気さえした。
しかしマルシル……エルフでアレなら、エルフの中では相当地味な顔なのでは……。

扉絵では、続く52話も良かった。
それぞれの食事風景。よく見るとここにチルチャックの娘たちも既に描かれているんですね。
マルシル達のは、ハリーポッターの大食堂を思い起こさせます。

トロッコの中の説明書き。
かつて日本の地下鉄(昭和二年創業の銀座線)の車内に
「顔や手を窓から出さない」「たんやつばを吐かない」とあった、あの注意書きみたいなものでしょうか。

チルチャックの明かされた素性や、カナリア隊の隊長も良かった。
久しぶりのウィザードリィ要素も良かった、* かべのなかにいる *
七つの大罪の展開のさせ方、シスルに対するファリンの表情。

良かった点を言い出すと枚挙にいとまがないので、また思い出したら追記します。
「ダンジョン飯」というタイトルロールに還る、旅の最終目的が提示された最新刊。

ああ本当に、九井諒子と同じ時代に生まれて幸運だ。
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非現実の国民

2019年05月26日 | 日記
恥ずかしいから、表では言わないけど。
また、創ることを楽しいと思えるようになりたい。

「ヘンリー・ダーガーにとって創作は救いだったのか?」

そこが気になってドキュメンタリーDVDを手に入れたのですが、あれです、救いというより、そうすることでしか生きられないというか。書くことでしか、呼吸が出来なかったんだろうな、というのが感想です。

創作が好きなのではなく、現実逃避だったのかもしれないけど。
彼の居場所は、非現実の王国にしかなかった。

私も中学生の頃、友達が居なくて、多分ある程度のいじめもあったんじゃないかな? 記憶のない時期が一年半くらいあるんですよ。ただ、制服の袖が真っ黒になっていたから、おそらく毎日のように涙を袖で拭いてたっぽいな、と推測出来るくらい。
その頃、私は家に帰ると隠していたキャンパスノートを開いて、こっそり漫画を描くのが趣味でした。漫画というより、設定画だけのものもありました。
誰にも見せないし、家族にも内緒。
でも、あのノートを描いている時間は、安らぎと充実感と、ワクワクとウキウキに満たされていた。
ある程度の冊数が溜まるたびにコソコソ捨てていたのですが、あれ、取っておけば良かったな。内容はかなり忘れましたが、ファンタジー世界で冒険しつつ恋愛するお話が多かった気がします。魔法陣グルグルみたいな。
二十代半ば、描くのが楽しくて楽しくてたまらない時代もあったけど、中学生の頃、あのノートに向かい合っていたあの時間はそれとは異なっていたように思う。

安らぎ。

呼吸。

没入。

帰依。

あの感覚を得るには、ひょっとしたら描くこと以外の一切を――ヘンリー・ダーガーのように――失わなければいけないのかもしれないけど、それは今更到底恐ろしくて出来ないけど、それでも時々、憧れてしまう。
ヘンリー・ダーガーを好きな人の中に一定数、同じこと考えてる人がいるのでは?
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生きてます

2019年05月26日 | 日記
ものすごく放置していましたが、生きています。
いつから放置していたかな?と振り返ったら、以前にも二年ほど放置していました。
最初にブログをはじめたのは2012年8月。

うわぁ。

びっくりしたので、ちょっと機会があったらまたこちらに書き込んでみたいと思います。
カテゴリ登録とかしてたっけ? ブログの書き方忘れたなー。
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特に理由なき皆殺し期

2016年10月28日 | 日記
「私より人生上手くいってる奴全員死ね―――――――――――!!」
って願ったけど誰も死んでないので、多分全員私より人生上手くいってないんだと思う。
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ブッチャキーノンフィクション劇場

2016年10月03日 | 日記
漫画やアニメの実写化の話題が毎月のようにネットを賑わせています。
二次元作品の三次元化には賛否両論ありますが、不安が大きいというファンの皆様も多いように感じられます。
そんな様々な声を耳にしているうち、ふと、その昔、そんな実写化作品の製作者様方が打ち合わせをしている現場に居合わせたことを思い出したので、所々伏せつつも、誇張ナシのノンフィクション思い出話を書いてみたいと思います。


作品の詳細を伏せる為時期については明かせませんが、結構な前、とお考えください。その日、私は仕事帰りに友人と都内のファミレスにおりました。喫煙席の広々としたスペースで、平日の為か客は多くなく、店内はひっそりとしていました。私達はその静かな空間で、あまり周りに声が響かないよう気を付けながら会話を楽しんでいたのですが、隣の席の二人組はそれとは正反対にどんどん話がエキサイトして、声のボリュームが大きくなっており、嫌でも話の内容が耳に入ってくる状態でした。

うるさいな~と思いつつなるべく聞かない様にしていたのですが、ふと、とある有名なコンテンツ名が耳に飛び込み、思わず私達の会話も止まりました。

どうも、実写化するらしい。
それについて揉めているらしい。

しかし、聞き耳など言うまでもなくマナー違反。しかも私はその時、友人から「同性の恋人ができた場合アナルセックスは必須か?」との質問に対して「おっぱいやちんこと違いアヌスは男の子にも女の子にも等しく与えられた神様からのギフト。あの素晴らしい穴を使わないのは人生損している」との持論を熱く語っている最中でしたので隣の会話については聞こえなかったフリを決め込んでおりました。
けれど、隣の男性は熱くなって声が大きくなる一方。いつしか私と友人は話すのを止め、無言でコーヒーを啜っていました。

改めて注意を向けてみると、エキサイトしていると思っていたのは二人の男性のうち片方だけで、その向かいに座る男性は聞き流している模様。
会話の感じから、激昂している方が脚本か監督の方、聞き流している方が制作会社のディレクターかプロデューサーの様でした。
服装も、怒鳴っている方が深夜の中野のドンキに居そうなかりゆしシャツにハーフパンツにサンダル、ハイハイと適当に相槌している方がポロシャツにスラックスにジャケットという、双方いかにもないでたちに思えました。
どうもかりゆしさん(脚本or監督?)は、原作を大事に作品に取り組みたいのに、ポロシャツさん(ディレクターorプロデューサー?)(の会社)が「オトナノ事情」でそれを蔑ろにしている模様? 「?」がついているのはその言い分がかりゆしさんの一方的な言い分であり、ポロさんはへらへらと「まぁ~もう決まっちゃったことなんで~」とか「キャストは動かせませんので~」とか、おおよそ返事になっていない返事しかしておらず、「とりあえず言いたいこと全部言って気が晴れたら帰ってもらおう」感がはたから見てもムンムンだった為、どちらの言い分が正しいかは全く分からないからです。

聞くともなしにかりゆしさんの怒声を聞きながら、私は内心「あー……」と思っていました。昔、原作サイドとしてアニメ作品に携わった際、SHIROBAKOで言うところの「セーラー服とF3」現象をとくと味わった経験があるので、この暖簾に腕押しっぷりには懐かしさともどかしさとデスヨネ感がないまぜになって込み上げていたのです。

さて、もうすっかり自分達の話をすることを放棄してしまった私と友人は、無言のままドリンクを飲み、無言のまま紫煙をくゆらせていました。隣の席のかりゆしさんは、怒りを必死に抑えた震え声で暖簾もといポロさんに訴え掛けています。


とあるキャラが削られることで、作品のテーマが損なわれること。

話が繋がらなくなること。

沢山のファンをガッカリさせてしまうこと。


そのキャラは原作未読の私でさえ知っているほどの有名なキャラで、ファンも多い重要な人物でした。かりゆしさんはしきりに「○○○○の抜けた空白の6ページが」と繰り返していました。「出版社のパーティで△△先生(原作者の大御所漫画家)に宜しくお願いしますって手を握られて言われたんですよ! 僕は先生もファンも裏切れません!」とも。

△△先生とは私のような弱小は面識がありませんが、私の先輩がパーティでお会いしたことがあると聞きました。ちっぽけなプロダクションのディレクターである自分にも温かく接してくださった、優しく寛大な方であったと、先輩はうっとり語っておりました。

さて、ポロさんはといえば相変わらず「はぁ。でも、もう決まったことなんで」を繰り返すばかりで、うんざりした顔には「早くこの人この話題に飽きないかなー」と書いてありました。そのうちおもむろにポロ氏が立ち上がり、携帯電話を手に席を離れました。どうも、上と相談するようです。
ゆったりとした音楽が流れる店内に、私と友人とかりゆしさんが残されました。私と友人は全く無関係なくせに何故か何とも言えないいたたまれなさの中、口数少なくパンケーキをつついていました。かりゆしさんポロ氏の帰りを待ちながら、腕組みをして苛々と貧乏ゆすりをしていました。しかし、待てども待てどもポロが帰って来やしません。

(まさか……)

(アイツ……)

(逃げた……!?)

かりゆしさんと友人(※無関係)と私(※デバガメ)の心がひとつになった瞬間かりゆしさんが勢いよく立ち上がり、ついに彼を探しに行きました。
程なくして二人が揃って帰って来たのですが、その時には既に私達はデザートを食べ終えていましたので、オーダー票を手に席を立った所でした。ですので、彼らの話し合いがその後どうなったのかは分かりません。



そんなこともすっかり忘れた数ヶ月後のある日、朝のワイドショーの芸能ニュースで、件の作品の話題が流れて来ました。

『人気キャラ○○役に、人気俳優●●のキャスティングが決定した』、と。

大人の事情で削除されたはずの○○が無事、実写作品に登場した経緯は分かりません。かりゆしさんが血反吐を吐きながら頑張ったのかもしれませんし、原作サイドから物言いがあったかもしれないし、何かの都合があったかもしれない。しかしそこから更に未来、公開を迎えたその実写化作品は原作ファンの不安を払拭し、むしろ素晴らしいメディア移植作として人気を博したのです。


これが、かりゆしさんの頑張りなのかは分かりません。

彼が誰なのか私達は名前も役職も存じませんし、ひょっとしたらかりゆしさんは作品を降り、別の方が手がけた可能性だってあります。

ただひとつだけ、彼らに、そして、クリエイターの皆様に伝えたいことがあります。



打ち合わせは会議室でしろ。




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