1/7(火) 8:00配信 東洋経済ONLINE
引用
新年の誓いを立てたのに、2月になる頃にはすべてが去年と同じ状態に元通り。この現象は世界共通のようで、アメリカ心理学会が毎年行う調査によると、目標を達成できない最大原因としてよく挙げられるのは「意志力の不足」とのこと。
しかし、「意志の強さは目標達成と無関係」と話すのは『FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略』が邦訳刊行されたアメリカの組織心理学者ベンジャミン・ハーディ氏。人間の行動能力に関する科学研究の最前線を語ります。
■「意志力」とは何か
人間には、「自分の人生は自分でコントロールしている」と感じたい本能が備わっている。しかし、近年の科学的考察によって、事実はその真逆であると示されていることをご存じだろうか。
誰もが経験ある「ダイエット」をみてみよう。
世界中でかなり多くの人がやせようと努力を重ねているが、体重はむしろ増加傾向にあり、複数の医療専門家の予測によれば、2025年までに地球上の人口の半数以上が肥満になるという。悲しいことに、一生懸命頑張っている人ほど、体重を減らすのに苦労している。
世界的な肥満の問題は、「遺伝」「性格」「意志の弱さ」「悪習慣」などの説明がつけられているが、肥満が伝染病のように蔓延しているのは、これらが原因ではない。すべて、個人を取り巻く「環境」や「状況」といった外的要素が引き起こしているのだ。
ここで、科学的な「意志力」の定義を確認したい。意志力とは、「内的または外的な障害に反して自由意志を発揮する力」とされ、心理学の研究では「筋肉」のようなものとされている。
つまり、有限なリソースであり、使用とともに消耗していくのが「意志力」であり、骨の折れるような忙しい1日が終わる頃には意志力という筋肉は疲弊し、夜中のつまみ食いをしないよう自分を律する力は残されていないというわけだ。
最近では、この意志力が心理学の世界で頻繁に取り上げられているが、その研究はかなり強引に進められている。従来の意志力論は、あくまでいち個人にフォーカスした「心理学」という視点からしか考察されておらず、朝目覚めるとスマートフォンに夢中にならざるをえない現代では通用しない机上論と言わざるを得ない。
例えば、意志力が働かない「典型例」とされる依存症の専門家アーノルド・M・ウォシュトン博士は、「依存症患者には意志力が必要だと考える人が多いが、それは真実にはほど遠い」と述べている。
■人は「何にでも慣れる生き物」
そもそも、その人の思考や行動の土台となる世界観や信念、価値観は、その人の内側から湧いてくるものではなく、「外からやってきた」ものだ。
1950年代にアメリカ南部で育った白人であれば、その世界観はその視点から形作られたものだろう。中世ヨーロッパで育った人であれ、共産主義の北朝鮮に生まれた人であれ、もしくはデジタルネイティブとして2005年に生まれた人であれ同じことが言える。
つまり、人の内的環境は、「暮らしている文化的背景」によって形成されるのだ。この背景には、人間の高い順応性がある。
オーストリアに生まれたユダヤ人精神科医ヴィクトール・フランクルが、ナチスの強制収容所での経験を振り返って、「人はどんなことにも慣れてしまう。どうしてかはわからないが」という言葉を残している。彼が振り返ったのは、1台の小さなベッドに10人が一緒に、しかし快適に寝ていたという経験だ。
最近の心理学の調査でも、テレビで下品な内容、暴力、セックスに頻繁に触れていると、多くの人はそうしたものに耐性ができることが判明している。すぐに感覚が鈍り、「慣れて」しまうのだ。
別の環境への移行がどれほど困難であろうと、またフランクルのようにその環境がどれだけひどいものであっても、人には適応する能力があり、実際に適応する。そうやって、その人の意志とは関係なく、その人自身が作られていく。
また、環境は遺伝子さえも変えてしまう。社会心理学者のジェフリー・リーバー博士によると、「物理的な世界の中、物理的な体を持ち、特定の文化的・地理的な場所に存在する家で、特定の両親の元、私たちはある1つの時代に暮らしている。こうした物事によって私たちの選択肢は狭められている」と述べている。
例えば山岳地帯に住む人間を見てみよう。ペルーの山岳地は空気が薄く、そこで暮らす人は世界のほとんどの地域の人たちと比べて背が低い。これは、空気が特定の条件を作り出し、それに人が順応した結果だ。
ノミの実験では、これがより顕著に観察されている。あるビンに複数のノミが入っている。フタがされていなければ、ノミはいとも簡単にビンの口を飛び越えることができる。しかし、フタをすると環境のルールが変わる。高く飛ぶとフタに体がぶつかり、これはまったく気分のいいものではない。その結果、ノミは新しいルールに適応し、あまり高く飛びすぎないようになる。
興味深いのはここからだ。3日後にフタを外すと、フタはもう存在しないにもかかわらず、ノミはビンから飛び出さなくなる。ノミの集合意識に精神的なバリアが作られ、ノミの集団の中で、これまでよりも抑制されたルールが出来上がってしまうのだ。
そして、このルールは同じビンで生まれた次世代のノミにも影響を及ぼす。しかし、1匹のノミをビンから取り出し、別の大きなビンに入れると様子は一変する。もっと高く飛ぶノミたちに囲まれて、そのノミも高く飛ぶようになるのだ。まさに、行動を抑制していた古いルールが、新しいルールに取って代わられたのだ。
■ファストフードを自分だけ我慢するのは困難
しかし、こうした事実があるにもかかわらず、私たちは「自分のパーソナリティーは、自分が選んだもの」と思い込む。誰もが、物事を「自分のやり方」でやりたがる。
これは、欧米主導で進められた「個人主義」が長い年月をかけて広まり、スタンダードな環境として根付いたことが影響している、と筆者は分析している。
しかし、自分が置かれた状況の影響を無視したままでは、たとえ強い信念や意志を持ったとしても、成せることもままならない。
身近な例を挙げると「片づけ」。多くの人が「部屋を片づけたい」「デスクをきれいにしたい」と思っているのにそれが実現しないのはなぜか? それは、人は自分が所有している物について、ただ「自分が持っているから」という理由だけで過大に評価してしまうため。
ものをなくさなければ所有物は増える一方で、いくら意志力を働かせたところで部屋が片づくことはないだろう。自分の物というだけで「プレミア」がついているのだから。
「スマホ」中毒にも同じことが当てはまる。誰もが、「スマホを見続けることはいけないこと」だと頭ではわかっている。しかし、平均的な人は1日85回以上スマホをチェックし、ウェブサイトやアプリで5時間以上を費やす。そしてこの数字は、自分が思っている数字の倍以上に達するという。
スマホが枕元にある限り、目覚めて数秒のうちにテクノロジーがあなたを奴隷にする。そして、仕事をしている間ずっと、メールやSNS、好奇心をそそるウェブサイトに触れていないとあなたは数分も集中していられなくなる。
どんなにファストフードを食べないでおこうと思っても、まわりが食べていれば食べずにはいられない。自制心は思いのほか役に立たない。環境は、容易に個人の意志を凌駕していくのだ。
ベンジャミン・ハーディ :組織心理学者、著作家、起業家