風のいろは 何いろ?

緑を渡る時、空を吹き巡る時、風は何色なのだろう?
風には色はないけれど、私には………。

教会と集会(私の体験)

2012-05-03 | 信仰
私は教会に集ったことがありません。
高校生の時 同級生たちと 学校の近くにある教会に行きました。
イースターの頃で アメリカ人だったかな?
若い牧師ご夫婦が転任?してこられたばかりという事でした。
Christmasは知っていても Easterは聞いたことが・・・。
あ、もしかしたら 単語は知っていたかも。

※大正生まれの亡くなったオバは 20代から看護婦をしていて
28歳で 婦長になったそうで。
満州に 陸軍病院看護婦として ずっといたけれど
終戦間近に やっとこさで帰国したのでしょう。
すっごい努力家で、私の母も頭がよかったのですが
(ずっと級長だったそうです)
オバは 更に更に。
看護婦になっても 努力して努力して 先生方に認められるように。
そして国立病院の総婦長にまでなりました。
私の母が 40代の時 (私が中三だから 40歳だったかも?)
心臓の手術をするために 高田馬場?新大久保?の国立病院に入院したのですが
(2~3か月? 私の受験生時代は 「母なし」でした)
そんなオバは 外国人の知り合いもいて クリスマスカードを
いくつか 母を通していただいたことがあります。
初めて見る 綺麗なカード、、、。
その中に もしかしたら Easterのカードもあったかもしれません。。。※


キリスト集会に導かれるほんの少し前、当時勤務していた会社の
同僚さんが エホ〇の〇人さんでした。
家に訪ねてくるその方たちは好きではありませんでしたが
彼女(Kさん)は 好感が持てました。
聖書は 高校生の時 クラスの男子が
「新しい聖書を買ったから あげるよ」って譲ってくれました。
海外文学が好きだった私は 小説の中に必ずと言って
いいほど出てくる聖書の引用句に興味がありました。
・・・・ですが 「悲しい人は幸い」なんて
ちんぷんかんぷんな箇所が多く 学びたい気持ちがあったので
Kさんに誘われるまま 聖書の学びをすることになりました。
彼らの組織では 彼ら特有の聖書を持っていたので
学びをするにあたり 私も 購入しました。
しかも 英語版、子供二人分、と 計 4冊も! ^^;
「ローマ人への手紙」という箇所は 一人で聖書を読んでいたときは
開いたことがなかったので この時期に ぐんぐん心に入ってきましたっけ。
2回くらい 礼拝に集い (皆さんは正装です。子供もスーツ。
私はズボンでなくスカートで それなりにきちんとしていればOKと)
1年くらいした時 幕張メッセで関東地区大会みたいのがあって
子供と参加しましたが それを最後に(お昼になる時 用があるからと
そこで先に出ました)、学びを止めました。
二十歳の頃、創〇〇会の子と知り合い もう少しで入りそうになったことがあり
それを止めると言うと しつこくされた体験があるので
この時も その後の初めての学びの予定の日、お菓子をたくさん持って
(いつも彼女が用意してくれていたので お礼をかねて)
手紙を添え、近所の彼女の家に着いた時
玄関先で 「ごめんね、今日は用事があってできないの。
手紙書いてきたから 読んで」と。
帰宅したら すぐさま 彼女から電話が。(携帯とかない時代です)
「『異常』ってなんですか!?」と強い調子。
「『異常』じゃなくて『異質』と書いたんだけど」
手紙の概要はこうです。
『みなさんの信仰はすばらしい。尊敬します。しかし 学んでいくうちに
 自分とは異質なものを感じてきたので 学びは止めます。
 ”永遠のいのち”の学びは 一人でします』
彼らの学びの中心は 実は 物見の塔発行の書籍がメインになります。
私は ”進化か創造か”というのを選び 1年学びました。
”永遠”も買ってありましたが、こちらは結局読まずじまい^^;
”進化か創造か”は 私にとっては結構有益でした。
私は 生物の科目が好きで 試験も満点、いつも「5」を戴いていました。
当然 ダーウィンの説が「真実」だと信じていたのですが
あれはただの「説」であって 真実ではないと この本で知りました。
目から鱗です!!
(アメリカでは ”学科で「進化論」だけを教えるのは正しくない
 「創造論」も教えるべき”との 論争さえあったそうです ←新聞による)

さて その職場も去り 次の病院で、キリスト集会の〇さんと出会いました。
同い年だし、私から聖書の話を切り出したそうなのですが
彼女は(エホ〇の〇人さんたちを抜かせば)初めて出会う「クリスチャン」です!
その部署の忘年会だったかで カラオケにも行き
一緒に「愛しのエリー」を歌った時
『クリスチャンでもPOPS歌うんだ』と 親近感を持ちました。
彼女は先に辞め、食事に誘われた時 本を手渡されました。
「光よあれ」と「(リンデさんの)実を結ぶ命」です。
その冊子を見た時、すぐに 物見の塔のことを思い出し
心で 「〇さん、あなたもか!」と 異端宗教と思い
彼女とも距離を置くようになりました。
1年だか2年経った時 手紙か電話がきて
「うちで家庭集会をしてるの 来る?」と誘われ
家庭集会ってどんなだろうと 興味津々の私は近くの
彼女の家(団地)を訪れました。
そこの雰囲気は 「不思議」でした。
私は PTAや職場の飲み会をたくさん経験していますから
特に男性がいる集会の場所では タバコの煙がもうもうとする中で
お酒を飲み カラオケをし おしゃべり(特に愚痴?)をする。。。
そういうのばかり目にしていたのですが
こんなに男性がいるのに タバコを吸う人はなく
お酒もないのに みんな 楽しく談笑しているのです。
私はN姉妹とお隣になり 「私は母を愛せなくて苦しい」と
言いますと、N姉妹は「私もそうよ」って……。
え?クリスチャンでもお母さんを愛せなくていいの?
ここでもぐっと距離が縮まりました。
居心地が良くて 私はこの世で居場所を見つけた気がしました!!

それからは 〇姉妹に誘われて いくつかの祈り会や家庭集会に
集い、吉祥寺にも行き、御代田にも行き。


まあ やがて洗礼を受ける訳ですが 
それはまた後程(っていつになることやら)。



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吉祥寺キリスト集会のHPから。。。

私たちの人生において、イエス様の救いを体験的に知ることは、とても大切です。ここでいう「体験的に知ること」とは、なにもイエス様についての知識を得ることを指すのではなく、「イエス様ご自身を知ること」です。そしてイエス様ご自身を知ることは、ただ上からの光によってのみ、また主ご自身の啓示によってのみ、私たちに与えられるのです。

イエス様を知るということは、なにもキリスト教に入ることではないし、教会の会員になることでもないし、洗礼を受けたり、聖書を理解したり、いい人間になろうと努力したりすることでもありません。イエス様を知るということは、「罪の赦しを得る」ことであり、心の平安、また永遠のいのちを自分のものにすることです。

キリスト集会はこのようにして、イエスさまを知りイエス様を信じ従う人々の集う集会です。
あなたもぜひお越しください。

ゴットホルド・ベック




純粋に聖書の真理だけを学び、伝える者の集いです。会員制度を持たず、出入りは自由であり、いかなる党派、組織にも属していません。



牧 師 制 度 が あ り ま せ ん

キリスト集会には牧師制度はありません。いろいろな職業の方が自発的に責任を分かちあい、いっさいの強制はなく、純粋に聖書のみことばのみに立ち、主だけを中心とする交わりを大切にするひとびとの集いです。



組 織 も 、 会 則 も あ り ま せ ん

キリスト集会には役員会も、総会も、定例会議も、会則もありません。みなが助けあって重荷を分かちあい、すべてが自発的によろこびをもってなされます。



会 員 制 度 が あ り ま せ ん



会員として登録されるようないわゆる会員名簿にあたるものはありません。出入りは自由であり、宗教団体的な制度はいっさい排除して、主ご自身のみを頭とし、主ご自身のみが満ち満ちておられることを祈り求めている集会です。



献 金 制 度 が あ り ま せ ん

月定献金、年定献金などの献金制度はなく、すべての献金は自発的に行なわれ、無記名ですからだれがいくらささげたかは主のみがごぞんじです。




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