ありがたいことにお仕事がいろいろやってきて、バタバタする毎日です。現在大ヒット中のインド映画『RRR』(2021)に関連するお仕事が多く、この前お目にかかった某誌のライターさんお二人は、片方の方は『RRR』を6回、もうお一人の方は何と9回見た、とおっしゃって、思わずのけぞりました。某誌はファッショナブルな雑誌の筆頭に挙げられるような人気誌なのですが、「編集部にも『RRR』のファンが多いですよ」とのことで、おそるべし『RRR』と思ってしまいました。また、あるカルチャーセンターからのオンライン講座のご依頼には、「『RRR』の作品背景やなぜヒットしたのか話してほしい」とあり、「承知しました」とお返事すると担当者の方は、「大変うれしいです。講座当日は私も1番くじで当たった肩車のバスタオルを羽織って参加させていただければと存じます」と書いてきて下さって、これまた仰天。確かゲスト来日時の上映で、座席番号によるくじの当選者にタオルがプレゼントされていましたが、それが「肩車のバスタオル」だったんでしょうか? 私はてっきり、後日私も頂戴した日本手ぬぐい(下写真)だろうと思っていました。この日本手ぬぐいは、S.S.ラージャマウリ監督ら来日ゲスト用の法被(はっぴ)と共に用意されたようで、見ていると銭湯のプラスチック桶を連想してしまう(笑)、昭和レトロの日本を感じさせるものです。広げるのももったいなく、たたんだままで置いてありますが、舞台挨拶時にもらったはずのゲストの皆さん、NTR Jr.やラーム・チャラン、そしてラージャマウリ監督はどんな風に使っているのかなあ。たたんで頭に乗せて、バブルバスに入っているショットとかあったら.....。見たいですねー(笑)。
その『RRR』を大ヒットさせた配給会社ツインが、それに続く公開作として目下力を入れているのがヒンディー語映画『ブラフマーストラ』(2022)です。5月12日(金)の初日まで1ヶ月を切ってしまいましたが、公式サイト(下にリンクあり)も整備されて、公開劇場がどんどん増えているようです。今回も基本データを付けて、インドでのヒット要因などをちょいと分析してみたいと思います。
『ブラフマーストラ』 公式サイト
2022年/インド/ヒンディー語/167分/原題:Brahmastra Part One: Shiva
監督・脚本:アヤーン・ムカルジー
出演:ランビール・カプール、アーリヤー・バット、アミターブ・バッチャン、シャー・ルク・カーン、モウニー・ロイ、ナーガールジュナ・アッキネーニ
提供:ツイン、Hulu
配給:ツイン
※5月12日(金)より新宿ピカデリーほかロードショー
© Star India Private Limited.
さて、この『ブラフマーストラ』、インド公開は2022年9月9日でした。実は昨年は、前にも書いたことがあると思いますが、3月11日に『The Kashmir Files(略称TKF/カシミール事件簿)』が公開され、これがヒットして34億ルピーという興収をあげ、その後ずーっとヒンディー語映画興収のトップに居座っていたのでした。「居座っていた」というと意地悪な言い方のようですが、カシミール州で1990年頃に実際に起きた事件を元にしているとはいえ、不用意な表現や偏った描写が多くて、「イスラーム教徒ヘイト映画」と言ってもいい作品だったことから、早くこの映画を興収で抜く作品が現れてくれないか、と祈るような気持ちだったのです。しかし、期待していた8月11日公開のアーミル・カーン主演作『Lal Singh Chaddha(ラール・シン・チャッダー)』は、公開直前にアーミルの5年前の発言が問題視され、「ボイコット・アーミル・カーン」という運動が起きて、興収は公開当初は10億ルピーにも届きませんでした。ハリウッド映画『フォレスト・ガンプ』のほぼ忠実な映画化で、アーミルも相手役のカリーナー・カプールも好演だった上、インドの出来事に置き換えたうまい作りの作品のため、正常に公開されていれば高い興収を獲得したはずだったのですが。これもヒンドゥー至上主義の人々に世論が動かされた結果で、何だか恐怖政治が支配する社会、という様相を北インドは呈し始めているなあ、と不安に思ったのを思い出します。
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そんな状況の時に、秋のお祭りシーズンに先んじて公開されたのが、本作『ブラフマーストラ』です。原題の意味は「ブラフマ神の武器」なので、これもヒンドゥー至上主義の作品では、と一瞬思ったのですが、予告編を見たり、ストーリーを読んでみるとどうも違うようでホッとひと安心。Wikiには「ファンタジー・アクション=アドベンチャー映画」とあり、そこから浮かんだイメージは、『ハリー・ポッター』シリーズや『インディ・ジョーンズ』シリーズのような作品でした。インドの人たちもタイトルに一瞬「?」となったかも知れませんが、「なんか面白そう」となって続々映画館に足を運んだようです。前の記事にも書いたように、ランビール・カプールとアーリヤー・バットという、長い間恋人同士でいて、この映画の公開前4月14日に結婚したカップルが主演なのも、興味を引いた一因だと思います。そして作品自体が、変な言い方ですが「厄除けしたい」感を満足させてくれる面白さに満ちていたのです。
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作品のWikiによると、監督のアヤーン・ムカルジーは幼い頃から、インドの歴史や種々の物語に親しんでいたとのこと。インドの特にヒンドゥー教徒の家庭では、年長者が神話物語を語って聞かせたり、寺院に行って絵や像を見るとそのエピソードを説明したりして、子供たちは自然とヒンドゥー教の神々の様々な物語に親しんでいきます。日本で言えば「日本昔話」的な存在と言っていいかもしれません。ヒンドゥー教徒以外の子供たちも、なんとなく神様の名前やエピソードを知って成長していくので、全インド人の共通知識と言えると思います。とはいえ、「アストラ」と呼ばれる武器のことは、シヴァ神が持つトリシュール(三叉矛)やヴィシュヌ神が持つスダルシャナ・チャクラ(右手の指先でぐるぐる回している穴あき円盤)、インドラ神が持つヴァジラ(真言宗では「金剛杵(こんごうしょ)」と言うのだそうです)ぐらいは知っていても、他のいろんな神格がそれぞれに持つものはちんぷんかんぷん、というのが普通のインド人ではないかと思います(違っていたらゴメンナサイ)。それにスポットを当てて、「ブラフマーストラ」を具現化させ、こういう物語が作られたことに、インドの人たちも「おおお――!」だったのではないでしょうか。それがヒットの第一要因でしょう。
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ヒットの第二要因は、ファンタジー感を出す様々なCG処理とVFXではないかと思います。ヒンドゥー教の神話物語のエンタメ化は昔から映画のジャンルとして存在していて、私は「神様映画」とか「RF(SF=サイエンス・フィクションに対し、リリジョン・フィクション)」とか呼んでいたのですが、最近でも、今JAIHOで配信中のNTR Jr.主演作『ヤマドンガ』(2007)のように、閻魔大王が登場する作品などがあります。「神様映画」の特撮はかなりちゃちだったのですが、それを『ハリー・ポッター』なみのレベルに引き上げたのが本作『ブラフマーストラ』で、光や火、気、煙などの表現や処理はまずまず合格と言えると思います。空中に出現するハヌマーン(「ラーマーヤナ」に出てくる猿の武将)やナンディー(シヴァ神の乗り物の牛)など、ぜひ、ご覧になって確かめてみて下さいね。
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そして、第三の要因はスターの力。以前書いたように、主演の二人ランビール・カプールとアーリヤー・バットはもちろんですが、脇を固めるのがアミターブ・バッチャン、シャー・ルク・カーン、そして上写真のナーガールジュナ・アッキネーニで、いずれも「ブラフマーンシュ(ブラフマの一部分)」と呼ばれる正義の騎士団みたいな位置づけで登場します。ナーガールジュナと普通呼ばれる上の男優はテルグ語映画界の重鎮の1人で、息子で俳優のナーガ・チャイタニャは一時サマンサ・ルス・プラブと結婚しており(当時はサマンサ・アッキネーニと名乗っていた)、ラーナー・ダッグバーティも親戚というアッキネーニ・ファミリーの核となる人物です。ナーガールジュナの起用は南インドでの集客を狙ってのことかと思いますが、シャー・ルク・カーンとの2枚看板ゲストで、さらにはアミターブ・バッチャンが大活躍、とくれば、見たい気持ちがそそられた人が多かったと思います。
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というような要因が作用して、インドでは2022年ヒンディー語映画興収トップとなり、最終的な世界興収は43億1千万ルピーと、『TKF』はもちろん、2位のアジャイ・デーウガン主演作『Drishyam 2(光景2)』の34億5千万ルピーもはるかに引き離して、ダントツのトップとなりました。インド映画全体の興収では、残念ながら『RRR』や『K.G.F:Chapter2(コーラール金鉱地域:第2章)』等強力な南インド諸言語の作品が多かったので第6位となってしまいましたが、ボリウッドが息を吹き返すきっかけを作り、翌2023年1月25日公開の『Pathaan(パターン)』の大ヒットへとバトンをつなげていってくれたのでした。『Pathaan』公開前には、「シャー・ルク・カーン主演作をボイコットせよ! 続くサルマーン・カーン主演作もボイコットだ!」というヒンドゥー至上主義者のアジ発言が出ていましたが、『Pathaan』が105億ルピーという世界興収を挙げると、そういう声もかき消されてしまいました。これも、『ブラフマーストラ』のヒットが作ってくれた雰囲気のお陰だと思います。
© Star India Private Limited.
というような、ヒンディー語映画界、つまりボリウッドの救世主となった作品でもある『ブラフマーストラ』。ぜひ劇中に登場するホラ貝(シャンク)のお守りとかグッズを作って、売り出してほしいものです。あ、あと、一面は主演カップル、裏面はシャー・ルク・カーンのクリアファイルもぜひぜひ。そうそう、グッズと言えば最初に書いたカルチャーセンターの担当者の方に教えていただいたのですが、『RRR』グッズはたくさん売り出されているようですね。その方はこちらで大判のバスタオル「炎と水のドスティ」を手に入れられたとのことですが、残念ながらもうすでに販売は終了しています。その他こちらでも別のものを扱っているようで、ファンの皆さん、おサイフは大丈夫かしら、と心配になります。『ブラフマーストラ』と、今後公開されるインド映画のチケット代分は、しっかりと確保しておいて下さいね。最後に予告編を付けておきます。
『ブラフマーストラ 』本予告