アジア映画巡礼

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『きっと、またあえる』のコレに注目!<12>1992年のインドって?

2020-08-08 | インド映画

いよいよ、本格的な暑さになってきた日本。インドは暑さのピークは過ぎたのですが、今度は雨期の大雨により各地で甚大な被害が起きています。ムンバイも、腰あたりまで浸水した地区が出てきたりして、電車も止まったりと、日常生活が大変そうです。COVID-19はいまだに感染者数が増加するばかりですし、いつもの年にも増して、厳しい雨期ではないかと思います。

さて、そんなムンバイですが、まだボンベイと呼ばれていた頃の、1992年のムンバイが描かれるのが、8月21日(金)から公開の『きっと、またあえる』(2019)です。しかし、28年前というのはビミョーな古さの過去で、どんな世の中だったかすっかり忘れてはいないけれど、懐かしく思い出したりも特にはしない、というところではないでしょうか。『きっと、またあえる』では、1992年のパートは基本的に大学の構内だけでお話が進展していきますので、大学生活での思い出はてんこ盛りですが、校門を出た世間の当時の様子はほとんど出てきません。それでも、監督自身が当時大学生活を送った中で、印象に残っていたらしい「1992年もの」がいくつか登場しています。今回は、そのあたりをチェックしてみましょう。

1.ロングスカート

ヒロインのマヤ(シュラッダー・カプール)が初登場するシーンはとても印象的です。カールの効いたセミロング・ヘアにヘアバンド、そして、柔らかな素材のロングスカート。上の画像ではよくわかりませんが、こちらの歌のシーン「♬Khairiyat (元気)」で見ていただくと、その魅力がよくわかります。おっと、昨日アップされたばかりのドンピシャ、このシーンだけの「『きっと、またあえる』本編映像」が見つかりました。ファインフィルムズさん、ありがとうございます!

美女との出会いは突然!そして歌が…インド映画『きっと、またあえる』本編映像

 

この、くるぶしの少し上のスカートで思い出したのが、1993年にニューデリーで撮った下の写真。当時、「ニューデリーの原宿」みたいな一画だったサウス・エクステンションで撮ったものです。上のマヤのスカートはプリーツスカートですが、下の若い女性のスカートは腰で切り替え線が入っているギャザースカートと、デザインに小さな違いはありますが、インド女性がスカートをはいて街を平気で歩いている! というのに驚いて、パチリした憶えがあります。

インド経済は、1991年が大きな転換点となって、外国企業が一斉に参入し、ライフスタイルが変わりました。ファッションも、それまで若い女性は洋服と言ってもせいぜいジーンズかパンツ姿だったのが、こうして足が見えるスカートをはくようになったのです。右の女性は伝統衣裳のサルワール・カミーズで、この頃からファッショナブルな伝統衣裳(サルワール・カミーズやクルター・パジャマといった、丈長のオーバーブラウスとズボンを組み合わせ、スカーフを付けた三点セットが人気)を作って売る「ブティック」が街のあちこちにでき始めます。下の写真は、ニューデリーのアルチュナー・シネマという映画館だったところが、ファッションビルに変身した様子です。『きっと、またあえる』のマヤも、そういった変化に敏感な女の子で、この時のスカート姿になったのでしょう。もちろんお話が進行すると、サルワール・カミーズ姿などでも登場してくれます。

 

2.ストライプ・シャツ

一方、男性側の服装はどうかと言うと、私は気がつかなかったのですが、当時ストライプ柄、特に横ストライプ柄が流行ったみたいなんですね。『きっと、またあえる』の主人公アニ(スシャント・シン・ラージプート)は、横シマのシャツをいろいろと着せられています。

う~ん、しかし横シマの服って、そんなに流行していたかなあ? むしろ、隣のマミー(トゥシャール・パーンデー)が来ているようなチェック柄シャツが人気だったのでは、と思いますがねえ。しかし、アニは、とっかえひっかえ横シマ姿で登場します。もしかして、ニテーシュ・ティワーリー監督自身が「横シマ青年」だったのでしょうか。あるいは、地方の町であるマディヤ・プラデーシュ州イタールシー出身の監督は、大都会ボンベイの大学に来てオシャレな横シマ青年たちを目にし、当時うらやましいと思いながらも着られなかったのかも知れません。1992年の仇をこの映画で取った、というところかも知れませんね。

前述のように、1991年のインド国民会議派政権による経済政策の転換は、「ブティック」をたくさん誕生させたのですが、もちろん男性向けのブティックもいっぱいできていきます。下の写真はこれもニューデリーですが、1993年の夏には、紳士服やスポーツウェア、時計などのブティックが林立するようになっていました。

まあでも、一番無難なオシャレはチェック柄シャツで、無地のYシャツが多い勤め人とはちょっと違うぞ、というのを大学生たちは見せていたのでは、と思います。アニのチェック柄シャツ姿も、メインビジュアルに登場していますし、(下に続く)

オールドデリーの映画館で公開中のシャー・ルク・カーン主演作『Maya Memsaab(マーヤー奥様)』(1993年7月公開)に急ぐお兄さんも、チェックシャツでキメています。

 

3.清涼飲料

さて、ここで問題です。あなたが子供の頃、こういう暑い夏に一番よく飲んでいた、あるいは飲みたいと思った清涼飲料(メーカーが作ったもの)は何ですか? 私の記憶で、戦後日本の清涼飲料人気史が辿れると思うので(?)、書いてみましょう。ラムネ → サイダー → カルピス → バヤリース・オレンジ → ファンタ → スプライト....といった感じでしょうか。これにコーラが入る方も多いと思いますが、今の若い人はあれこれある中から選ぶ、という感じなので、こういう記憶が存在するのは1980年代ぐらいまでかも知れませんね。

インドの場合、清涼飲料に関する記憶は、1992年を境にがらっと変わります。1991年の経済政策転換前は、インドは「スワデーシュ(自国製品愛用)」を推進し、自動車等の重工業製品はもちろん、飲み物等の日常生活品もすべてが自国製でした。コカコーラも一度、独立直後に入ってきたことはあったのですが、1970年代に追い出され、それを販売していた会社が代わって売り出したのが、「Campa Cola(キャンパコーラ)」や「Campa Orange(キャンパオレンジ)」でした。あるいは別の会社は、やはりコーラのコピー飲料である「Thums Up(サムズアップ)」やオレンジ飲料の「Gold Spot(ゴールドスポット)」、さらには「Limca(リムカ)」という、柑橘類のフレーバーで不透明な液体のドリンクを作り、大人気となりました。『きっと、またあえる』では、上写真の大学構内にある屋外コーヒーショップで、アニとマヤが語らうシーンにキャンパコーラとゴールドスポットが登場します。(下の写真はWikiより

Campa-cola-orange-advertisement-indrajal-comics-india.jpg 

今では、コカコーラとペプシが幅をきかせていますが、ちょうど1993年9月に行った時、街角にこんなドリンク屋台ができていて驚きました。その頃から、ペプシやコカコーラは映画館などにも進出していき、ビン飲料ではなくてサーバーから紙コップに注ぐ方式が一般化しました。飲み物からわかる時代感覚インド版、ちょっと注目してみて下さいね。

2つの時代が丁寧に描かれるので、インド現代史を知る窓口にもなってくれる『きっと、またあえる』。公式サイトはこちらです。8月21日(金)に、ぜひ、劇場でご覧になってみて下さいね。予告編も付けておきます。

映画『きっと、またあえる』予告編

 

<※印画像クレジット>

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