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アジア映画巡礼

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ドキュメンタリー映画のチカラ②『娘は戦場で生まれた』

2020-01-28 | 西アジア映画

ドキュメンタリー映画の第2弾は、シリアのアレッポで撮られた作品です。「シリア内戦」という言葉をご存じの方も多いでしょうが、シリアのアサド大統領(2000年から現職)政権と、「アラブの春」の波のもと政権を批判する反政府勢力との戦いに、様々な諸外国勢力がからんで複雑化した情勢が今も続いているのがシリアです。詳しくはWiki「シリア内戦」を見ていただければと思いますが、その内戦下で、シリア北西部の古都アレッポにおいて約5年間にわたり撮影されたのが、『娘は戦場で生まれた』です。今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にもノミネートされている本作、まずはデータからどうぞ。

『娘は戦場で生まれた』 公式サイト 
 2019/イギリス、シリア/アラビア語/100分/ドキュメンタリー/原題:For Sama
 監督:ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ
 出演:ワアド・アルカティーブ、サマ・アルカティーブ、ハムザ・アルカティーブほか
 配給:トランスフォーマー
 宣伝:テレザ、スリーピン
2月29日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

© Channel 4 Television Corporation MMXIX

本作の監督、ワアド・アルカティーブが女子大生だった2012年から物語は始まります。前年の2011年は、2010年末にチュニジアで始まった「ジャスミン革命」と呼ばれる政治改革運動がアラブ全域に広がった年でした。シリアでも、2011年4月に民主化運動が高揚し、アサド政権と反政府勢力との衝突が頻発化し始めます。同年7月には「自由シリア軍」が組織され、9月には反政府勢力の統一組織「シリア国民評議会」が形成されます。そこからシリアは内戦状態になっていくのですが、ワアドの住む古都アレッポも2012年にはその戦乱に巻き込まれていくのです。ワアドは最初スマートフォンで、後にはカメラを手にして自分の身の回りの変化を撮っていき、娘に語りかける形でまとめたのが本作です。この映像が撮られる間に、シリア内戦にはロシア軍始め様々な勢力が介入し、アレッポの町は政府側が制圧している地域と、ワアドたちが住む政権に反対する人々が住む地域とに分けられていきます。

© Channel 4 Television Corporation MMXIX

反政府の人々が住む地域はロシア軍の空爆と政権側の攻撃とを受けて、破壊され始めます。そんな中でワアドは、医師の卵であったハムザ・アルカティーブと出会うのですが、やがて、当時の妻が安全な政府側地域に逃れるというので離婚したハムザと恋に落ち、2人は仲間の祝福を受けて結婚します。ハムザは仲間の医師など医療従事者と病院を守り、ワアドとハムザの間にはサマという娘も誕生します。ところが戦闘は日増しに激しくなり、病院も容赦なく攻撃されます。破壊された病院の代わりに、偶然地図から漏れているビルを見つけて、「地図に載っていないから攻撃される可能性が少ない」とそこを病院にするハムザたちでしたが、運び込まれる負傷者や死者は増えるばかり。2016年12月、アレッポの陥落が迫ってきていました...。

© Channel 4 Television Corporation MMXIX

本作の原題は『For Sama(サマのために)』。ワアドとハムザの娘は「サマ/sama'/سماء(空)」と名付けられます。上写真のようにとてもかわいい女の子で、爆撃下の病院の一画に住んでいた時も爆撃に泣き叫んだりせず、人々に笑顔と安らぎを与えてくれる本当にいい子です。本作は、ワアドがサマに語りかけながら、彼ら家族の日常を記録していく一種のホームビデオでもあるのですが、その一方で、過酷なシリア内戦を最前線で捉えた貴重な記録ともなっています。病院に次々と運び込まれてくる血まみれの負傷者たち。その中には幼い子供たちも多く、手当のかいなく亡くなった息子の遺体を運び出しながら、ヴェール姿の母親はカメラを向けるワアドに対して、「撮って! この光景を残さず撮って!」と叫びます。

© Channel 4 Television Corporation MMXIX

ワアドは2016年初めから、イギリスのチャンネル4というテレビ局のニュースに設けられた「Inside Aleppo」という枠で、自分の映像を流し始めます。その元の映像が本作では使われており、機材も上写真のようによくなったせいか、見る者に衝撃を与える映像が次々と登場します。実は、チャンネル4の映像ならYouTubeにもアップされているかもと思い探して見てみたのですが、映画よりもっと生々しい映像が次から次へと現れ、だんだん見るのがつらくなってしまいました。チャンネル4の番組ではナレーターのナレーションがかぶさり、ワアドの声は聞こえませんが、こんなナマの映像を公共のテレビ放送で流していたのか、と、勇気があるなあと思いつつもショックでした。チャンネル4は私の認識では、イギリスに住むマイノリティの人々に向けての番組を作っている局だと思っていた(イギリス在住のインド人の友人が、「ムービー・マハル」というヒンディー語映画の様々な要素を紹介するシリーズを放送して、1980年代後半に好評を博していた)のですが、もっと幅広い、知識層や若者層に訴える作品も作っていたりする公共放送局のようです。

© Channel 4 Television Corporation MMXIX

ワアドたちも今はシリアから逃れ、サマの下に生まれた娘と4人でロンドンに住んでいるとのことですが、アレッポの町は政府軍に制圧された2016年12月時点で、町のほぼ半分が破壊し尽くされ、多くの遺跡も犠牲となったようです。こちらなどで、その破壊の跡を見ることができます。そう言えば、アレッポと言えば日本では「アレッポの石けん」でも知られていましたが、その職人さんたちもトルコに避難して生産を続けている、というのもどこかで読んだことがあります。シリア中部パルミラの遺跡も破壊されるなど、シリア内戦は様々な悲劇を生みましたが、その貴重な当事者記録が本作です。ワアドたちが美しい庭を造り、平和に暮らそうと思っていた時の場面など、すべての場面が印象に残る作品です。

© Channel 4 Television Corporation MMXIX

ワアドとハムザ夫婦だけでなく、その親友一家も魅力的で、大人しいけれど芯の強そうな夫、明るく楽天的な妻、かわいい3人の子供たちというこの一家は、画面に出てくるとホッとします。撮っているワアド自身が、いつも笑顔で面白いことを言うこの主婦の姿に慰められていたのでしょう。それだけに、ラストでこの主婦が流す涙は忘れられません。シリアというまったく知らない国の人々を身近に感じ、ハグして一緒に泣きたくなる力が本作にはこもっています。アカデミー賞の発表は2月10日(日本時間)ですが、賞を取るとか取らないとかに関係なく、地球上のすべての人々に見てもらいたい作品です。ぜひ劇場に、足をお運び下さい。最後に予告編を付けておきます。

戦地シリア 娘のため母は命がけでカメラを回し続けた/ドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』予告編

 


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