さあ、明日からいよいよ第25回東京国際映画祭(TIFF)が始まります。昨年は初日から毎日レポートをアップしたのですが、今年は1日前から始めることにしました。というわけで、「DAYゼロ」です。本日は、これまでTIFF試写で見せていただいた4本をご紹介します。
「インターナショナル・コンペティション」
『未熟な犯罪者』 (Juvenile Offender)
2012/韓国語/韓国
監督:カン・イグァン/主演:ソ・ヨンジュ、イ・ジョンヒョン
主人公は16歳のジグ(ソ・ヨンジュ)。ほとんど寝たきりの祖父と暮らし、その面倒を見ているジグですが、一方で好きな女の子セロムとは肉体関係を持ってしまったりします。また、不良仲間の先輩に誘われると、一緒に先輩の親戚の家に無断侵入。盗みを働いた結果、少年院送りになってしまいました。少年院にいる間に祖父が亡くなり、ジグは身元引受人がいなくなってしまいます。退所直前に少年院の先生が、それまで行方不明だったジグの母(イ・ジョンヒョン)を捜し出してくれ、ジグはまだ若い母親と暮らし始めますが...。
この映画の成功の要因は、何よりもキャスティング。ジグ役のソ・ヨンジュの、少年8割、青年2割の微妙なブレンド具合がゆらめく、幼くも凛としたキャラクターがまず魅力的です。そして、さらにすごいのが母親役のイ・ジョンヒョン。高校生の時ジグを生んだ後実家を飛び出し、警察のご厄介にもなっているという、あどけなくてかつしたたかな女性を演じていて、見る者を引き込んでしまいます。ちょっとムリしてるな、というシーンもあるものの、何とか金を借りようと、深刻な顔から一転してコビコビの顔になるところなど、演技賞もののシーンも多くて感心してしまいました。
イ・ジョンヒョンは数年前、日本でも歌手としてよくテレビなどに登場していました。歌手時代の映像はこちらですが、調べてみると16歳の時に映画デビューして以降、映画やドラマに結構出ています。この映画が公開されると、また俳優オファーが増えそうですね。本作は先日韓国系サイトで『犯罪少年』という題で紹介されていましたが、韓国でも11月に封切られるようです。脚本もしっかりしており、細部まで神経が行き届いていて(”ジグ”という名前の種明かしなども秀逸)見応えのある作品で、一足早く日本で見られてラッキーでした。
『ティモール島アタンブア39℃』 (Atambua 39℃elsius)
2012/テトゥン語/インドネシア
監督:リリ・リザ/主演:グディーノ・ソアレス、ペトゥルス・ベイレト
リリ・リザの監督作品は、今回のTIFFでは「アジアの風」部門の「インドネシア・エキスプレス~3人のシネアスト」でも2本上映されます。『虹の兵士たち』 (2008)と『夢追いかけて』 (2009)ですが、この2作とは作風がガラッと変わったのが『ティモール島アタンブア39℃』。ティモール島はご承知のように、1999年の国民投票の結果、2002年に東半分が東ティモールとして独立しました。こんな風に分割されたのは、元が東側のポルトガル領ティモールと西側のオランダ領ティモールとに分かれていたためです。
アタンブアは国境に近い町で、東ティモールの首都ディリまで100キロちょっと。でも東ティモール領に行くためにはパスポートを携帯し、ビザを取得しないと行けません。そんな町に暮らすハイティーンの少年ジョアは、母親が東ティモールにいるため、独立後10年余り母親に会っていないのです。その母の声を録音したカセットテープを、いつも聴いているジョア。父は運転手をやっているのですが、飲んだくれて帰り、吐いたゲロを始末するジョアはうんざり。そんな時、ジョアと同じ年頃の娘ニキーアが、亡くなった祖父の遺品整理のためにティモール島西端の町クパンからアタンブアにやって来ます。ジョアは彼女に惹かれていくのですが...。
子供たちを活き活きと描いた前2作とは違い、本作は鬱屈した空気を内包した、静かな作品となっています。内省的な感じがするのは、ジャカルタに暮らすリリ・リザの、ティモールに向けるまなざしが反映されているからでしょうか。イスラーム教徒が多いインドネシアですが、ティモールにはキリスト教徒が多く、それも監督とディモールの現実との間に立ちはだかる、見えない壁となっている気がします。
『風水』 (万箭穿心/Feng Shui)
2012/北京語/中国
監督:王競(ワン・ジン)/主演:顔丙燕(イエン・ビンイエン)、(ジアオ・ガン)
原題は、「万の矢が心に刺さる」ということで、主人公が引っ越した先のマンションが幾叉路にも道が広がる所にあることから、友人が「こういう所は”万箭穿心”と言って風水が悪いのよ」と言うそのセリフから取ってあります。しかしながら主人公のバオリー(イエン・ビンイエン)は、何かと言うと怒り、罵るという、自ら不幸を引き寄せてしまうようなキャラクター。引っ越し屋が料金を高くふっかけると言ってはぎゃんぎゃんわめき、夫が引っ越し作業員にタバコを1本やったと言っては夫にくってかかる姿は、愛すべき主人公からはほど遠いものです。
結局、そのハリネズミのような心が夫を死に追いやり、幼い息子に母に対する嫌悪感を植え付けてしまいます。夫亡き後バオリーは市場の荷物運びとして一生懸命働き、息子を大学にやるまでになるのですが、大学に合格した息子からは絶縁宣言をされてしまうのです。夫の死後同居することになった夫の母は、バオリーのがんばりを認めて徐々に心を開きますし、また外の人に対しては思いやりを発揮したりするバオリー。そういうプラス要素も描かれるものの、冒頭の理不尽なまでのハリネズミぶりが引っかかって、主人公に感情移入ができませんでした。イエン・ビンイエンの演技はすごいんですけどねー。
本作はつい昨日、中国の製作会社が「出品を取りやめる」と宣言したことでニュースに大きく取り上げられました。中国側の記事は、こちらなどでどうぞ。どうして今頃になって、と思いますが、中国版ツイッターなどで連日非難が寄せられて...ということなのでしょうか。監督や主演女優が来日する予定だったのに残念ですね。TIFF側は「予定通り上映する」としています。がんばれ!
「アジアの風」
■アジア中東パノラマ
『帰り道』 (Padang Besar/I Carried You Home)
2011/タイ語/タイ
監督:トーンポーン・ジャンタラーンクーン/主演:アピンヤー・サクンジャルーンスック、アカムシリ・スワンナスック
母を亡くした姉妹が、母の遺体を故郷の南タイまで運んでいく、という粗筋を読んで、韓国映画『今、このままがいい』(コン・ヒョジンとシン・ミナが姉妹を演じた)を何となく連想したのですが、全然違う作りの作品でした。この映画では、バンコクで伯母の家に寄宿しながら高校に通う妹を訪ねてきた母が、突然の事故で亡くなり、シンガポールで働いていた姉も呼び寄せられて、妹と2人で救急車(=遺体運搬車)に乗って故郷へ帰ることになります。姉がシンガポールへ働きに行ったのもワケアリのようで、妹は姉がすぐ電話にでなかったことにわだかまりを持っています。2人で旅する間に謎がいろいろと解け、2人の距離も縮まっていくという、まあありがちな話ながら、うまい脚本で最後まで観客を放しません。
救急車の運転手がとぼけた感じのお兄ちゃんで、姉妹の緩衝剤的存在としてほどよく効いています。顔が韓国映画『春香伝』のパンジャ役の人にそっくりで、見ていると何だか妙な感じでした。それと、いろんな撮り方を楽しんでいるというか、冒頭の救急車前方からバックする後方を撮るシーンを始め、カメラって、こんな表現もできるんだよ~、とでも言うような遊びの数々が面白かったです。脚本も担当するトーンボーン監督はこれが長篇デビュー作とのことですが、先が楽しみな映画作家です。タイ映画好きの方は、ぜひお見逃しなきよう。
では、明日から始まるTIFFを思いっきり楽しんで下さいね! 六本木でお会いしましょう♪
私は月曜からの参加で、明日は中国映画週間の数本を見ます。
タイ映画「帰り道」のcinetamaさんの評価がよくて安心しました
TIFFの中国映画不参加のことを今晩のNHKのニュースで取り上げていて、TIFFの事務局長さんが「上映するという同意書を取っているし、なんとか上映したい」というようなことをコメントされてました。そうですよね、チケも売っちゃってるし、契約違反みたいな話になってくるんですよね。一番とばっちりを食らうのは結局観客なんだな~
「ラ・ワン」のDVD、買わなきゃ~!本当はスクリーンで見て価値のある映画なんだと思うんですが、「チャンマクチャロ」や「クリミナル」の恍惚の
『ラ・ワン』のDVDは、エンディング・タイトルの画像をじっくりコマ送りで見たいと思っています。それとも、特典映像にメイキング・シーンとかついているのかな? 「チャンマクチャッロー」は、一度真似して踊ってみたいですね。あの目の前ノブ回しアクション、やってみたいです~。
監督リリ・リザ、製作ミラ・レスマナの鳥頭コンビ(?)の最新作は本国でも未上映で個人的には最も期待値が高いです。TIFFがワールドプレミアとのこと。東ティモールには私も1年程度滞在していたことがあるので、非常に思い入れがある地域です。
ただ、言語はテトゥン語オンリーなのかどうか?東ティモールにおいては公用語ですが、西側ではどの程度話されているのか少々疑問。半分以上はインドネシア語が混ざっているのではないかと推測してますが...
ティモールを舞台にしたインドネシア映画は実は数年前にTanah Air Betaという児童映画が公開されてますが、それほど評判にはなりませんでした。オールロケでそれなりの見どころはあったのですが、ドラマ部分がちょっと弱いのと、ティモール難民が置かれている政治的背景を意図的にぼやかしたために現実感が欠けてしまったことが作品の力を弱めてしまったのだと思います。
残念ながらインドネシア映画界では過去の負の遺産に正面から向き合った映画はなかなか生まれていません。インドネシア版「悲情城市」「光州5・18」が製作され公開されるにはまだ時間が必要なようですが、本作がそうした系譜に連なる作品であることを期待しています。
ガリン・ヌグロホの「Birdman Tale」もそうでしたが、インドネシアの監督がジャワ以外の土地を描くと、監督の”ひけ目”のようなものがほの見えて仕方ありません。私の偏見かな~。
ご覧になったら、またコメントをお寄せ下さい。
cinetamaさんは監督の引け目を感じると評されてますが、なるほどそうした面はラストの終わり方に私も感じるところがありました。ただ、東ティモール問題はインドネシア国内ではいまだにセンシティブな部分があって、描写によっては国軍・警察や右派からの抗議や脅迫もありうることなのです。監督や製作のミラ・レスマナがそうした事態を避けるために、いささかストーリーが弱くなった面はあるのかもしれません。
しかし、監督の資質からして、プロテスト型の作品よりも本作のような叙情的な作品の方が合っているとは思います。ドキュメンタリー製作で元東ティモール難民に寄り添った結果、政治的な正しさよりも一人一人の感情を静かに表現することの方が意味があると判断したのではないかと想像します。
インドネシア映画で最大のヒットとなった前々作「虹の兵士たち」とはうって変わった、派手さの全くない、こうした作品を撮れるところに監督の才能と倫理感を感じました。ストーリーに物足りなさはあったとしても、東ティモールに短期間住んでいた私としては細かいディテールに非常に好感をもちました。
織物(タイス)、バレーボール、バイクタクシー、乗り合いバス、イースター、アダルトビデオ、賭博、ビンロウジュ噛み、家屋、土間、豆ご飯、豚、墓地、そしてテトゥン語!私にとっては記憶を呼び覚ます、もう懐かしい描写だらけでした。特に驚きだったのは全編の台詞をテトゥン語で通したことです。(インドネシア語はクパンの修道女のみ使用)国内観客にとってのわかりやすさよりも、難民たちに寄り添うという監督の姿勢が言語の選択にはっきり表れています。
実のところ、現実はもっと、非常に厳しく残酷なので、この作品を鋭さに欠けて甘いと切り捨てることは簡単なのですが、インドネシア国内の観客へのアプローチとしては間違っていないと思います。興行収入よりも大事な何か、非政治的なことを監督は伝えたかったのだと勝手に私は解釈してます。
読んでいて、なるほど、ティモールを知る方の目にはそういう風に読み込めるのか、と納得しました。私には前2作のイメージが強く、それとのギャップもあって見ていてフラストレーションがたまったのですが、違うアプローチの仕方によるリリ・リザの挑戦、と捉えた方が正しいのかも知れませんね....。
本当はTIFFでの上映時に日本の観客の方のつぶやきもまとめておけばよかったのですが、日にちが経ってしまったのでピックアップできませんでした。残念。
http://togetter.com/li/406774