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アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

TIFF:『テセウスの船』アーナンド・ガーンディー監督インタビュー<下>

2012-11-04 | インド映画

前回の続きです。『テセウスの船』が上映された翌日、10月21日(日)の午後、アーナンド・ガーンディー監督(以下:アーナンド)と主演女優のアイーダ・エル・カーシフさん(以下:アイーダ)にインタビューしました。なお、前回と同じく、(※)印の写真はインタビューの直後に行われた記者会見@ムービーカフェのものです。

Q:昨日の上映を見ていました。Q&Aにも最後まで残っていたので、今日はその続きから、ということで(笑)。まずお聞きしたいのですが、映画は3つの物語から成っていますよね。なぜ8つの物語にしなかったのですか? 移植を受けたレシピエントは8人いましたよね。

アーナンド:(笑って)その通りだね。本当は私も、8つの物語にしたかったんだ。でもそうしていたら、きっと8時間の映画になっていたと思う(笑)。実は最初の脚本では、4つの物語の予定だったんだ。

アイーダ:本当言うとね、その最初の脚本の方が私は好きだったの。

アーナンド:うん、みんなそう言うよ(笑)。すごくいい出来の脚本で、最後までそれで行く予定だった。だけど3つの物語を撮ってみたら、すでに長さが3時間になっていることがわかったんで、結局止めることになった(笑)。

Q:カットされた4番目の物語は、どういう話だったんですか?

アーナンド:心臓の人の話だった。

Q:ああ、映画のラストで「心臓の移植を受けた人は来られないけど」と言うセリフがありましたね。ところで、最初の物語では、目の見えないカメラマンをインド人女性ではなく、エジプト人女性にしていますね。それはなぜ?

アーナンド:うん、それは、私がエジプト人女性を発見したからだ(笑)。

Q:「発見」ですか? アイーダさんは女優であると同時に映画監督でもあるんですよね?

アイーダ:そうですが、『テセウスの船』は私が本格的に演技をした最初の作品なんです。私とアーナンドは、2007年だったと思うけど、ハノーヴァーの映画祭で初めて会ったの。私は短編映画を出品し、アーナンドは第2作の上映で招かれていた。そこで友達になって、映画祭の1年後に彼を訪ねてムンバイへ行ったんです。その時彼はこの作品の準備中で、オーディションをやっていました。私は彼を手伝って、男優候補の人たちを相手に主人公のセリフをしゃべってあげたりしたんです。その後エジプトに帰ったんですが、アーナンドが電話してきて、「僕の映画に出てみる気はない?」と言われて。

Q:そうなんですか。結構偶然が作用したんですね。それで素敵な女優を「発見」したというわけですか。

アーナンド:そう、偶然なんだけど、彼女は本当に素晴らしい女優だった。

Q:アイーダさん、ムンバイでの撮影はどうでした? インド式の映画製作だったのではと思うけど。

アイーダ:まるで冒険だったわ(笑)。すっごく面白かった。まず私が女優として演技する最初の作品だったことでそれを楽しめたこと、それから、自分の国とは違う所で、文化も違う人たちの映画製作がどのように行われるのかを見られたことも収穫だったわ。
この映画はインディーズ系の作品なので、どこの国でもそういうインディーズ系の作品の製作現場は一緒でしょ。一種の闘いでもあるわけで、まったく一緒とは言わないけどすごく似通っていた。私にはお馴染みの製作現場だったので、とてもリラックスして演技をすることができたの。あと収穫だったのは、現場の人たち、例えば衣裳デザイナーとかと親しくなって、インドの映画人たちの姿をつぶさに見ることができたことね。

Q:初めての演技とは思えないぐらい、自信に溢れた演技でしたね。

アーナンド:その通り。彼女はすごいよ。彼女は主人公に寄り添って、天才的な演技を見せてくれた。彼女の人柄というか、それにはみんなが魅せられてしまってね。彼女は初めて映画を撮ったのが18歳の時で、ドイツで映画を撮り始めたんだ。まだ子供子供してた時にね(笑)。そんな彼女が話し出すと、みんなが惹きつけられる。彼女と人々の間に暖かいものが流れるんだ。

Q:この映画のセリフにはヒンディー語のものもあったので、憶えるのが大変だったでしょ?

アイーダ:そうね、ほんとに大変だった。でも、ボーイフレンド役の彼はいくつかアラビア語をしゃべらなくてはならないので、そちらの方が大変だったと思う。彼はとても上手にしゃべってたわ。
私は現場ではとてもリラックスしてた。というのも、みんな互いにうち解けてたし、おまけにロケの場所がアーナンドの家がある場所だったの。アーナンドのオフィスも同じ所にあったのよ。だから親密な空間だったし、心地よい現場だったわ。それが映画にも現れていると思う。

(※)

Q:オフィスはムンバイのどこなんですか?

アーナンド:今は次の作品の準備中で、オフィスもついに正式なものを手に入れた。それをアイーダに知らせたら、「えー、本当? とうとう自宅オフィスから抜け出せたのね」って(笑)。この映画を撮った時は、ムンバイの郊外ローカンドワーラーにオフィスがあったんだ。

Q:あなたの映画はいわゆるボリウッド映画とも違うし、ニューシネマというか芸術映画とも違っていますね。でも、あなたのキャリアのスタートは、かの有名なテレビドラマ「なぜなら、姑もかつては嫁だったから(Kyunki Saas Bhi Kabhi Bahu Thi)」(日本で言えば「渡る世間は鬼ばかり」にあたるような大人気家族ドラマ。2001年から2008年まで1830回放送が続いた)の脚本だとか。この「なぜなら~」からどうやって『テセウスの船』まで?

アーナンド:えー、そんなことも知ってるの?(笑) このドラマの脚本を書いた時は19歳で、ドラマの脚本家集団に入れたのはワクワクする体験だった。私は若くて、最初の劇「芳香を放つもの(Sugandhi)」の脚本を書いたばかりだった。この劇がいくつかの賞をもらったりして高い評価を受けたので、テレビ局の仕事が舞い込んだわけだけど、たくさんの人が見てくれるテレビドラマということで、若かった私はすごく興奮した。
とはいえ、脚本プロジェクトの中の1人なので、これが自分の仕事だ、自分独自の仕事だ、とは言えなかった。何かを作り上げていくという仕事はとても面白かったんだけどね。それに自分としては、演劇やテレビの仕事でも単なる娯楽以上のものを目指していた。こういったメディアを、自分の考えを表現したりする場にしたいと思っていたんだ。
私の考えでは、仏陀が今日生きていたら、きっと映画監督になっていたと思う。映画は強力なメディアだから、自分の思想を広めるのに使ったと思うんだ。映画はいろんなものを反映できるし、非常に強力なメディアだ。今でもその力は、十分に使い切られているとは言えないと思う。
あなたが言った通り、私の映画は従来の娯楽映画とも違うし、インディーズ系の芸術映画とも違っている。なぜなら関心のあり方が違うから。私が関心を持っているのは哲学的な命題なんだ。とても特殊だと思う。

(※)

Q:映画では第2話が非常に哲学的でしたね。ああいう宗教団体というのは実際にあるのですか?

アーナンド:そうだね。主人公たちは私がこれまでの人生で見てきた人たちだし、また主人公たちはそれぞれが私の分身と言ってもいい。さらにそれは、演じる俳優たちが作り出した、彼らの分身と言ってもいいんだ。
たとえば僧侶のキャラクターは、部分的には私自身だ。そして部分的には、あの僧侶を演じたニーラジ・カビのものだ。それから、部分的にはマハートマー・ガーンディーでもあるし、サティーシュ・クマール(ジャイナ教の僧侶で平和運動家)でもある。そういういろんな人のキャラクターが一緒になっている。

Q:そう言えば、僧侶のマイトレーヤはマハートマー・ガーンディーのような丸メガネを掛けていましたね。

アーナンド:そう、あれは演じたニーラジ・カビのアイディアだ。

Q:あのパートでは、環境問題のことにも言及されていましたね。それにあなたの会社名が「リサイクルワーラー(リサイクルする人)」となっていますが、環境問題にも関心があるのですか?

アーナンド:もちろんあるよ。深い関心を持っている。もう長年にわたって闘ってきているし、どうすればいいのか考え続けている。意識的に環境を守るため、毎日の生活からムダをなくそうともしているよ、まるで僧侶のようにね。
「リサイクルワーラー」という名前には面白い由来があるんだ。私はガーンディー主義経済を学ぶコースを取るため、デーヘラードゥーンにある学校に通ったことがある。その学校は持続力を持つ技術というものを追求していて、私にとってそれが何かと考えた時、自転車(サイクル)だと思いついたんだ。だから2002年に短編映画を撮るために会社を立ち上げた時、会社名を「サイクルワーラー(自転車に乗る人)」にした。その後長編映画を撮る時に、さらに「リ」を加えて「リサイクルワーラー」にしたんだよ(笑)。
憶えているかな? 第3話で主人公がテレビを見ているシーンがあっただろう? あの画面には水上を行く自転車が出てきたんだけど、あれがまさにサイクルワーラーなんだ。

(※)

Q:第2話にはジャイナ教の思想が入っているように感じられました。さらに、第1話にジャイナ教徒の女性の写真も出てきていましたね。

アーナンド:その通りだ。私はジャイナ教思想にすごく惹かれている。ジャイナ教思想に仏教思想、それから禅というこの3つは、東洋の優れた哲学思想だと思う。だからとても惹かれるんだ。暴力と非暴力、人間のアイデンティティ、責任、そういった問題にこの3つの伝統思想は答えてくれると思う。私も若い時から大きな影響を受けている。

Q:このメイン・ビジュアルのスチールですが、遠くに見える道路はシー・リンク(海の上に建設されたバイパス)でしょ? ここから陸地の街を見ると、まるで蜃気楼のようで異世界の感じがするんですが、だからロケ地に選んだんですか?

アーナンド:その解釈は面白いね。ロケ地に関して言えば、第1話は主としてローカンドワーラーやマラードといったムンバイの北部郊外で、一部はコラーバー(南端のタージマハル・ホテルなどがある地区)でも撮ってる。第1話は彼女の物語で、ちょっとハイソな、特別な街の様子を入れた。彼女はエジプト人でムンバイに住んでいる。その設定だけで、彼女はグローバルな家庭の出身だろうと見当がつく。さらに目の見えないカメラマンという設定だから、特別な場所を選んだ。
第2話の僧侶の話では、場所を特定しないようにした。ムンバイで撮ったけど、そのエッセンスだけを取り出している。どこでもない場所の話、ムンバイであろうと他の都市であろうとかまわない、特別な場所ではない話なんだ。
第3話ではムンバイのスラムを取り上げた。コントラストを成すようにね。

(※)

Q:第3話では、スウェーデンまで行ってしまっていますね。どうしてスウェーデンなんですか?

アーナンド:あれもコントラスト効果を狙ったものだ。貧しい男シャンカルが住むスラムと、それから美しい自然が広がり、きれいな家屋があるスウェーデン。それにスカンジナビアは公平な国々というイメージがある。民主主義社会であり、公平なスカンジナビアということと対比させると、臓器を買ったスウェーデン人のモラルがよけい際だってくる。

Q:映画の撮り方が独特ですね。クローズアップが多くて、時にはフォーカスをはずしたりと、観客にはっきり見せないという撮り方をしているように思いますが。

アーナンド:その理由は、撮影監督のパンカジ・クマールと私が、カメラを回しっぱなしにすることが多かったせいじゃないかと思う。主人公たちに寄り添っていたので、たびたびカットするのはイヤだったんだ。主人公たちはカメラが寄ってくるのに任せていたため、クローズアップによって親密感がよく出たと思う。そういった映像には暖かみがあり、私自身が関与していると感じることができる。
それと共に、主人公たちの感情をいかに説明していくか、その葛藤とかをいかに表現していくか、ということも考えた。時にはハンディ・カメラを使い、時にはすごいロング・ショットを使ったりと、親密になるかと思えば同時に客観的に観察したりすることで、主人公たちとの間の親密感を保ちたかった。

Q:アイーダさんはそういう撮り方に違和感を覚えませんでした?

(※)

アイーダ:アーナンドとパンカジが四六時中カメラを回しているのに慣れてしまっていたので、私も友達も全然気にしなかったわ(笑)。撮られることが生活の一部になってた、という感じ。

アーナンド:つまりは動物の生態を撮るのと一緒で、育っていく間ずっとカメラで撮られていると、大きくなっても全然カメラを意識しなくなるんだよ(笑)。

Q:なるほど。それでは撮影はいつも一発OKだったわけですね。

アーナンド:最後はそうなったね。いつもユニークな映像が撮れていた。

Q:最後の質問なんですが、ボリウッド映画界からオファーが来ていませんか?

アーナンド:いっぱい来てるよ。今のインドはすごくエキサイティングな時代だしね。ボリウッドのプロデューサーや俳優で私にアプローチしてくる人たちは、私が典型的なボリウッド映画は作らないだろうと思ってるから、彼らが考えるところの芸術映画のアイディアを私に送ってくる。彼らはそれが芸術的と思ってオファーしてくるんだけど、私から見るとそれはまさにボリウッド映画なんだよ。

Q:妥協はしたくないというわけですね。

アーナンド:妥協はしないし、必要ないと思うよ。私の第1作『まさにここで、まさに今(Right Here Right Now)』は哲学的だけど、同時にエンターテインメントでもあったしね。

Q:『まさにここで、まさに今』は玉突きムービーとでもいうか、楽しい映画でしたね。楽しいインタビュー、どうもありがとうございました!

 


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インタビュー圧巻! (mika of wasseypur)
2012-11-05 05:49:55
Q&Aの所までは私も会場で聞いていたのですが、
cinetama様によるインタビューが読めて
うれしかったです。ありがとうございました!

リサイクルワーラーの由来も気になっていたところですし、
ドラマの世界から映画までの流れなどなど、
もう盛りだくさんですね。
心臓移植のストーリーも見てみたかった!
早くも次回作が楽しみです。
返信する
mika of wasseypur (cinetama)
2012-11-05 11:33:58
コメント、ありがとうごさいました。監督インタビューは作品をご覧になった方にしかアピールしなかったようで、反応がなくてしゅんとしてたんですが、コメントをいただけてホッとしました。

アーナンド・ガーンディー監督、次はどういう作品になるのか楽しみですね。こういう新しい世代が生まれてきたんだなあ、と感慨深いです。

ところで、「ワーセイプルのギャング」からと思われるお名前ですが、上記インタビューの時も監督から「オフィスはローカンドワーラーにあった」と言われて「ああ、"Shootout at Lokhandwala"の」と言いそうになり、あのイメージはあまり喜ばれないかも、とあわてて口を押さえました。すぐ映画ネタに走る自分を戒めています...。
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