アジア映画巡礼

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力作インドのドキュメンタリー<その1>『人間機械』

2018-06-19 | インド映画

今年は珍しく、インドのドキュメンタリー映画の秀作が2本、日本公開となります。すでにこのブログでも簡単にご紹介しているのでご存じかと思いますが、1本目は西インド、グジャラート州の繊維工場を舞台にした『人間機械』。もう1本は東端インドのナガランド州を舞台にした『あまねき旋律(しらべ)』で、いずれも2017年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品された作品です。先に『人間機械』が7月にユーロスペースで公開予定なので、こちらからご紹介しましょう。まずは基本データをどうぞ。


『人間機械』 公式サイト   
2016年/インド・ドイツ・フィンランド/ドキュメンタリー映画/ヒンディー語/71分/原題:Machines
 監督:ラーフル・ジャイン
 配給:アイ・ヴィー・シー
 配給協力:ノーム
※7月ユーロスペースほか全国順次公開

© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

舞台となるのは、西インドのグジャラート州、スーラトという人口446万人の都市にある大きな工場です。繊維工場で、そこで働く人々と機械が、本作の主人公です。火花を散らすボイラー、白布をどんどん織り上げていく機械、山のように溜まっていく白布、その白布に模様パターンが次々と、謄写版のように印刷されていく工場中央の一角....。その中を、カメラが巧みに通路を移動していきます。通路を移動するのはカメラだけではありません。染料の缶や染料の元になる粉、パターンの鉄枠などなども、人力によって移動していきます。そのままずっと無言で、機械と人間が映されていくのかと思ったら、突然労働者の1人が語り始めます。そして観客は、彼らが地元グジャラート州の人間ではなく、遠く離れた州からやってきた出稼ぎの人々だ、ということを知るのです。映像からだけでもひしひしと伝わってくる彼らの苛酷な労働実態が、語りによっても明らかになっていきます...。

© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

インタビューされ、カメラに向かって語りかける労働者は工場内ではほんの数人で、ほかに出稼ぎ労働者を斡旋するコントラクターと呼ばれる仲介業者と、そして工場の社長にもインタビューがなされています。実は監督のラーフル・ジャインは、かつて祖父がスーラトに繊維工場を所有しており、5歳のころその工場を遊び場にしていたのだとか。今は祖父の工場はなくなっているそうなので、今回撮影しているのは別人の工場ではあるものの、「多くの工場を訪ねるうちに、私は自分の階級を意識するようになった」とラーフル・ジャインは「監督のことば」で語っています。そして、経営者側の人間である自分に贖罪を課すかのように、最後に監督はちょっといたたまれないようなシーンを演出するのです。そこで発せられる言葉の数々は、当然スクリーンのこっち側にいて、ふかふかの椅子で労働者たちを眺めている我々にも突き刺さってきます。

© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

それにしても、1日12時間労働とは、ブラック企業どころか暗黒企業です。映画の中で、積まれた繊維製品のあちこちで寝ている人たちがいるのも頷けます。「劣悪な労働環境」という言葉から想像していた労働現場など、まだまだ甘かったと思い知らされる現実が次々と映し出されていき、撮影されたのが雨季ということと相まって、汚水の流れるじめじめした工場の床がこちらの足下にまで忍び寄ってくる思いがします。工場の内部は、よくインド人が人を非難して言う時の「No discipline(規律なし、なっとらん)!」そのもので、100年の間ずっと整理整頓されないままに使われてきた場所、という感じです。彼らなりの規律はあるのでしょうが、もう補修も掃除もできないまま、朽ち果てる将来へと動いていくしかない工場、といった寂寥感すら漂わせています。


© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

そんな中で作られる繊維製品は、途中アラブから来たバイヤーが商談のために製品を見ているシーンがあるのですが、立派に流通に乗って、インド国内外へと出て行っているようです。無造作に積み上げられていた布が、あるいはひとくくりになって高いところからドサッと投げ落とされていた布が、きちんとしたサンプル仕様でテーブルに置かれ、「ボイル」「ボワード」「ジャガード」といった高級生地の種類名が飛び交います。してみると、インド旅行者の我々がショッピングモールのブランド店で見たりする衣料品も、こういったところから供給される素材で作られているのかも知れません。汚れた床に置かれていた繊維製品と、売り物としてお店に積まれているきれいな反物とのギャップが、この映画を見ている間にはどうしても埋められませんでした。

© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

また、この映画は実に様々な工場の工程を見せてくれるのですが、それが一体、生地ができあがるまでのどの部分を担っているのか、という全体像がいまひとつわかりにくいのです。これは染める前の白生地を作っているのだな、とか、模様を生地の上に印刷しているのだな、とかわかる工程もあるのですが、その、釜の中にほり込むような作業は何? とか、そこで巻き取るのは何のため? とか、わからない工程の方が多いのです。監督は、繊維製品ができあがっていく過程にはまったく関心がなく、規則正しく動く機械と、それに使われながら機械の一部のようになって働く人間とを、ひたすら見せていくという意図があるのではないか、と思いつつも、見ていてどこか居心地の悪さも感じてしまったのでした。

© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

それが解消されたのは、国立民族学博物館の上羽陽子先生が書かれた解説を読んだ時で、インドの染色や手工芸研究が専門の上羽先生による工程解説を読んで、あれは糊抜きだったのか、あの時のは漂白だったのか等々、かなりの作業の意味が理解できました。上羽先生の解説は劇場用パンフに掲載されるそうなので、ぜひパンフをお求めになり、最初に読んでおいて下さいね。この作品をもう一度見ながら、上羽先生にいちいち解説していただきたい気分ですが、上羽先生の解説には苛酷な労働の背景や環境汚染への言及もあって、とても示唆に富んだ内容となっています。主たるフィールドがグジャラート州ということなので、こういった工場もよくご覧になっているのかも知れません。

© 2016 JANN PICTURES, PALLAS FILM, IV FILMS LTD

監督は、最後の贖罪的シーンの前に、とてもファンタジックなシーンを演出してくれます。それが上のスチールで、自分たちが織り上げた布を、男性労働者たちがまるでサリーのように身にまとって見せるのです。工場の退勤時のシーンでは女性労働者の姿も見えましたが、どうやら工場内でも別の場所で働いているようで、120%むき出しの肉体労働と言っていい今回撮影された現場では、女性労働者は見かけませんでした。そんな場所で作られているのがこんな美しい布なのですから、地獄から天国に来たようなシーンでとても印象に残りました。

予告編はまだアップされていないようで、短い30秒の「特報」がYouTubeにアップされています。それを付けておきます。

映画『人間機械』予告

『バーフバリ』や『ダンガル きっと、つよくなる』とは全く違ったインド世界を見せてくれる『人間機械』。インドを本当に知りたい方は、ぜひぜひお見逃しなく。



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