「すみません、ウソついてました」と、古市容疑者はあっさり自白した。
私が夫を置いて、一人でイタリアに行っている間に事件は起こった。
私と夫は結婚した翌年、夫の強い希望で、二人でイタリアのトスカーナ地方の小さな町を訪ねる旅をした。それがきっかけで、私はイタリアにはまり、その後は休みのとれない夫を置いて、私一人で毎年のようにイタリアに行くようになった。夫は自分が火を付けた責任を感じてなのか、ボクが行けない分、楽しんでくるようにと、いつも快く送りだしてくれている。
私の両親には”理解ある良き夫“として評価が高く、信頼も厚い。それでも、両親は私がそのうち三行半を言い渡されるのでは、と心配している。
私の不在中に夫が寂しがって浮気でもしてはいけないと、食事に誘ったり、アレコレと気を遣い、夫は夫で断わるのは申し訳ないと思い、お互い気を遣う。そんな気遣いをさせないために、ある年、黙って行くことにした。
「電話があったらどう言えば?」と不安がる夫に、「適当に言っておいて」と、私は気軽に言い残して旅立った。
三週間の旅を終え、帰宅すると、実家に電話するよう、厳しい口調で夫に言われた。
さっそく電話すると、母が出た。
私の旅行中に電話をかけたのだが不在であり、どこに行ったのかと聞いても夫は「知りません」と言うだけである。
知らないとはあまりにも様子がおかしい。心配していたとおり、とうとう、追い出されたのか?それにしても行き先もわからないとは妙だ...。心配で心配で、一晩中眠れなかったと言う。
そして翌晩父が、わが家の裏にある池の向こう側に陣取ったのだそうだ。庭の土が掘り起こされた形跡はないか。私の夫が人間サイズの大きな袋を持ち出すなど、不審な動きはないか。そのまま一晩張り込んだのだった。
そして明け方、父はとうとう「家宅捜索」をすべく、インターホンを押した。
なんと、信頼していたムコ殿は一転して、「娘殺しの容疑者」になっていたのだ!
眠そうに起きてきた古市容疑者は、父の顔を見るなりあっさり自白した。
「すみません、ウソついてました。ウチのヤツ、イタリアに行ってます」
事件の顛末を母から聞いて、私は大笑いをしてしまった。行方不明の娘を必死で捜す父の姿...にしては...。早とちりで大袈裟なのが父らしい行動ではある。
母は「おまえの明るい声が聞けてよかった」と何度も言った。申し訳ない気持ちとありがたい気持ちでいっぱいになった。もう、二度と内緒では行かないと心に誓った。
大笑いした手前、心配してくれてありがとうが照れくさくて言えず、
「ちゃんと生きてるよって、父さんに言っといて」とおどけて言うと、
「父さんにも声を聞かせてやって」と「真犯人ちよえ」の母は笑いながら答えた。
(二〇〇二年二月)
エッセイ集『火曜日の森』(中日文化センター「自分史・エッセイ講座」テーマ/愛を感じた時)より
私が夫を置いて、一人でイタリアに行っている間に事件は起こった。
私と夫は結婚した翌年、夫の強い希望で、二人でイタリアのトスカーナ地方の小さな町を訪ねる旅をした。それがきっかけで、私はイタリアにはまり、その後は休みのとれない夫を置いて、私一人で毎年のようにイタリアに行くようになった。夫は自分が火を付けた責任を感じてなのか、ボクが行けない分、楽しんでくるようにと、いつも快く送りだしてくれている。
私の両親には”理解ある良き夫“として評価が高く、信頼も厚い。それでも、両親は私がそのうち三行半を言い渡されるのでは、と心配している。
私の不在中に夫が寂しがって浮気でもしてはいけないと、食事に誘ったり、アレコレと気を遣い、夫は夫で断わるのは申し訳ないと思い、お互い気を遣う。そんな気遣いをさせないために、ある年、黙って行くことにした。
「電話があったらどう言えば?」と不安がる夫に、「適当に言っておいて」と、私は気軽に言い残して旅立った。
三週間の旅を終え、帰宅すると、実家に電話するよう、厳しい口調で夫に言われた。
さっそく電話すると、母が出た。
私の旅行中に電話をかけたのだが不在であり、どこに行ったのかと聞いても夫は「知りません」と言うだけである。
知らないとはあまりにも様子がおかしい。心配していたとおり、とうとう、追い出されたのか?それにしても行き先もわからないとは妙だ...。心配で心配で、一晩中眠れなかったと言う。
そして翌晩父が、わが家の裏にある池の向こう側に陣取ったのだそうだ。庭の土が掘り起こされた形跡はないか。私の夫が人間サイズの大きな袋を持ち出すなど、不審な動きはないか。そのまま一晩張り込んだのだった。
そして明け方、父はとうとう「家宅捜索」をすべく、インターホンを押した。
なんと、信頼していたムコ殿は一転して、「娘殺しの容疑者」になっていたのだ!
眠そうに起きてきた古市容疑者は、父の顔を見るなりあっさり自白した。
「すみません、ウソついてました。ウチのヤツ、イタリアに行ってます」
事件の顛末を母から聞いて、私は大笑いをしてしまった。行方不明の娘を必死で捜す父の姿...にしては...。早とちりで大袈裟なのが父らしい行動ではある。
母は「おまえの明るい声が聞けてよかった」と何度も言った。申し訳ない気持ちとありがたい気持ちでいっぱいになった。もう、二度と内緒では行かないと心に誓った。
大笑いした手前、心配してくれてありがとうが照れくさくて言えず、
「ちゃんと生きてるよって、父さんに言っといて」とおどけて言うと、
「父さんにも声を聞かせてやって」と「真犯人ちよえ」の母は笑いながら答えた。
(二〇〇二年二月)
エッセイ集『火曜日の森』(中日文化センター「自分史・エッセイ講座」テーマ/愛を感じた時)より