〜かたることばが歌になる風になる〜

作曲家林光さんの作品を中心に歌ってきた「女声合唱団風」 団員の気ままな日記

「風」の同窓会

2017年06月10日 | 女声合唱団風
先週土曜日京都で「女声合唱団風」のメンバーが半年ぶりに集まった。
京都御所の真向かいにある「ガーデンパレスホテル」の『ブリランテ』というレストランでランチをする。






先日妹とお琴の会に行って阪急電車の方がアクセスがいいとわかり、今回は天下茶屋から始発の準急1本でゆっくり座って行けたが、途中特急に乗り換えられることが頭になくて、到着時間を先に設定していて乗っているので、早く着きすぎると時間を持て余してしまう。特急待ちを横目で見て最後の10駅ほどは鈍行状態だった。
1時間以上も乗ると流石に疲れて烏丸駅の2つ前「桂」でやっと特急に乗り換えた。

地下鉄烏丸線の「丸太町」には40分ぐらい早く着いたが、ホテルには先輩の憲子さんが来ていたので退屈せずみんなの到着を待つことができた。
大森先生は杖をついてゆっくりの歩調でお元気なご様子で現れた。
軽めのランチのあと、真向かいの御所の玉砂利の境内を通り抜けて数分のところにある「鴨沂会館(おうきかいかん)」という場所でソングの練習をする。





「鴨沂会館」は京都府立高等女学校の同窓会「鴨沂会」のための建物で、明治20年(1887年)に設立されたようだ。

様々な公益活動に取り組んでいるそうで、ホールを借りることができる。




この日、ソングの「三十五億年のサーカス」(谷川俊太郎詩)「ディンディリディン」(ルネッサンス古謡)「祖母の子守歌」(江間章子詩・世田谷歌の広場)
まどみちおの詩によるソング「おじいちゃんの顔」「うたをうたうとき」「はっぱのすじ」「ぱぴぷぺぽっつん」「ハコベのはな」「へんてこりんのうた」「おほしさま」

「へんてこりんのうた」
へんてこりんがないている
わらいながらないている
※へんてこりんの
へんちきりんの
みょうちきりん
どこかでないている

へんてこりんがはしってる
とまったままではしってる
※ 繰り返し

へんてこりんがうたってる
だまったままでうたってる
※繰り返し


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小豆島を訪れて その六

2017年06月08日 | 旅行






壺井栄の文学館に入る。

入り口扉のところに作者の写真が展示していて写真を撮っていると、撮影禁止ですのでと言われて、あわててタブレットをしまう。
ごめんなさいm(_ _)m

壺井栄は小説家で詩人。ご主人の壷井繁治も詩人で共産党員でプロレタリア文学において活躍した人だそうだ。プロレタリア文学は、1920年代から30年代前半にかけて流行した、社会主義、共産主義思想と結びついた文学の分野。
「風」で歌った「挿し木をする」の詩を書いた、同じ主義で小説や詩を書いていた福井出身の中野重治の名前も資料に出ていた。
日本の貧しい時代の、世に向けての社会主義的な啓発を目指した人たちなのだ。

映画村の売店で醤油のソフトクリームを食べる。



キャラメルの味と塩味がミックスして美味。ソフトクリームの色が少し醤油色?

映画村の後は「寒霞渓」という渓谷を見るためにロープウェイで登る。
あいにくの雨だが新緑が一層綺麗。秋には見事な紅葉だとのこと。




全ての観光が終わり午後3時過ぎにホテルに戻る。

帰りは行きと違うルート。
土庄港から、行きのフェリーの半分の時間でいける高速船で高松港に行き、数分歩いたところにあるJR高松駅からマリンライナーで岡山駅へ。行きのフェリー乗り場で出会った小豆島の女性に教えてもらったルートだ。
岡山からは新幹線で帰阪の途につく。岡山駅で「みずほ」という新幹線を見た。
鹿児島新幹線の車両。
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小豆島を訪れて その五

2017年06月06日 | 旅行
壺井栄文学館に入る前に肝心な場所を書き忘れるところだった。

岬の分校の再現した建物。

中に入ると、二十四の瞳を撮影した映画監督木下惠介氏の写真。



初代の大石先生役は高峰秀子、2代目は田中裕子だった。






いろんな古い映画の看板のような絵がたくさん展示されている。
「喜びも悲しみも幾く歳月」は灯台守の夫婦のお話。この物語の主題歌を好きで主人はよく歌っていた。
何もかもが夢のあとのよう。
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小豆島を訪れて その四

2017年06月06日 | 旅行
「二十四の瞳映画村」の入り口の門をくぐると、昭和の田舎の横丁という風情のセットが建っている。






この村のお醤油屋さん、麺どころで昼食に素麺セットを食べた。




小豆島は、色々な映画の撮影にも使われて「八日目の蝉」もここで撮影されたそうだ。
10月に瀬戸内国際映画祭というのも開催されるそうだ。






往年の映画スターの写真などの展示で懐かしさでいっぱい。





ミゼットという軽自動車が置かれていた。子供時代にはよく走っていた車。


小豆島では週一で「ボンネットバス」が運行されるらしい。
バスの中のフロアは板張りで(昔の小学校の教室のような)、バスガール(車掌)が乗っていて切符を売っていた。ガソリン臭くて車酔いをよくした。

「東京のバスガール」という歌をコロンビアローズという名前の女性歌手が歌っていて、流行したなんて話知っている人は少なくなったかもしれない(笑)
「♪ 若い希望も恋もある〜ビルの街から山の手へ〜紺の制服身につけて〜私は東京のバス〜ガール 発車オーライ 明るく〜明るく〜走るのよ〜♪」このフレーズはすっと出てくる。
親戚の叔母の家でいとこたちが集まると、小学校1年生ぐらいの私がこの歌を上手に歌うので、リクエストする大人の前で、歳上のいとこのお姉ちゃんの長いスカートを履いて、壁の前にあたかも歌手のように立って歌ってみんなが拍手喝采する、今となっては恥ずかしいような懐かしい思い出が蘇る。
平和でレトロな昭和の時代の話だ。

よそでお借りしたボンネットバスの写真(エンジンルーム<ボンネット>が車体の前にある)

今でもまだ運行している地方もあるらしい。

この後は「壺井栄文学館」へ。

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小豆島を訪れて その三

2017年06月06日 | 旅行
翌日はホテルの観光ツアー。

小豆島といえば「二十四の瞳」とオリーブとお醤油。
マイクロバスで町中を走るとあちこちでお醤油の工場やお店に遭遇する。


前日お嫁さんたちに小瓶の2種類のお醤油を送った。

ホテルを出発して最初に行ったのは、天然記念物の宝生院の『真柏(シンパク)』という樹齢1500年以上と言われているご神木。



二股になっている根元の周りが16,6mもあって迫力満点。

しばらく宝生院の静かなお庭を散策して記念のお守りを買った。



オリーブの木が日本に初めて来たのは江戸時代だそうで、植樹したが気候が合わず根づかなかったそうだ。
その後約100年前に、地中海気候のような温暖な小豆島で植樹し、色々な試行錯誤の末オリーブオイルなどに加工する産業にまで成功し、今やオリーブといえば小豆島というほどになった国立公園の地だ。

島のあちこちにオリーブが植えてあって秋になると実ができるが、今は花が咲く時期だ。




またオリーブ園というところに今も原木がある。




こちらで、自分用に化粧品のオリーブオイル(780円)と石鹸(3,000円)を買った。


この後は楽しみにしていた「二十四の瞳映画村」へ。








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