ある日、相続が発生した。

2007年頃に起きたことをつらつらと書いてます。

責任の所在

2009年11月19日 | 日記
そういえばふと思い出しました。
何でもかんでも人のせいにする人っているじゃないですか。
とにかく気に入らないことは全部人のせい。自分は悪くない。
私、そういう人にはなりたくないと思うんですよね。
だからまあ、何事があっても大抵は自分に落ち度があったのだと思うことにしているのですが。

えーと、かつてうちの母が電話で私に言ったせりふ。
どうしても未だにこれは納得できません。

「私らはちゃんと親をやった」



ちゃんと。
ちゃんと……ちゃんと!?
どの口が言うんですか!?
つまりなんですか? ちゃんと親らしく私に接して育てたと。
自慢ですか? それとも私を笑わせたい?

そのせりふをきいた時、私は何の反応も出来ませんでした。
信じられなかったというのもありますが、なんかこう……予測だにしない方向からでかい波が、陸上にもかかわらず押し寄せてきたっていうか、なんかもう……。
呆然としましたね。

ええと、世間一般的にはですね。
子供は親と対した時に頭の中が真っ白になるくらいパニックを起こしたり、しないと思うんです。
そのおかげで私は親の前で貧血を起こして倒れそうになったことがあります。
世間話くらいなら何とかできます。ですが、詰問されると答えることが出来ません。
それはもう、ホントに申し訳ないのですが、黙り込むという反応しか出来ないんですよ。
これ、一般的な子供の反応じゃないと思う。しかも未だにですよ(笑) 私、30をとっくに越えているんですけどねえ。

あとね。冷静に考えるとね。
中学高校時代にですね。家庭に対してですね。
心の底から真剣に、どこかに逃げたい、外に出たい、ここは嫌、もう我満出来ない、いっそ死んだ方がマシだ。
……などと、子供はあんまり思わないと思うんです。
そして私は飛び降りようとしていたところを後輩に助けられたんです。その事実を後日話したら親は何と笑いやがりました。

大げさなんですって。
私が思い、考えていたことは、彼らには下らなくて大げさすぎることなんだそうですよ。


ちゃんとした親、ですか。これが。
言えなかった私にももちろん非はありますよ。未だに話が出来ない状態でいる責任はあるかも知れませんよ。
でもさあ……。

私は未だに実家に行くことを考えるとパニックを起こします。
前後一ヶ月はまったく使い物にならない状態になるので、私は帰省を避けています。夜も眠れず悪夢を見続け、精神的・肉体的にもの凄く消耗するからです。
治せっていうなら医者に行ってもいいんですけどね?
診断書突きつけたら切れるの、たぶんあんたたちでしょう。
そんな大げさな、と言うんでしょうね。
ですが、私は本気で争うなら自分は出ませんよ。裁判にします。
弁護士雇います。感情でしかモノを言えない人間と直に話し合う必要はないと考えています。
そしてそんな私を恩知らず、親不孝者だと思うなら、そう育てたあんた達に責任があるのです。
そう考える私はどこか間違っているんでしょうかねえ……?