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カクテルの勧め2 その弐

2023-08-28 16:29:54 | 日記

その弐

いよいよカクテルの紹介です。

まず、カクテルの王様といわれるのが、「マティニ」と呼ばれる主にジンべースのものです。19世紀に登場した、基本的にはジンとベルモットと呼ばれるリキュールを混ぜた、カクテルです。

このカクテルには本が1冊出来上がるほどの逸話があります。

このマテニという名前の由来だけでも、幾つもありますが、有名なのは「マルティーニ社」が販売促進のために当初は甘いベルモットが主流であったのを、ドライなベルモットと、ジンとのミキシングを「ジンアンドイット」と命名しましたが、これがはやるようになって、改めてマルティニー社が元祖ということで、そうなったというもの。。

最近のマティニははジンもベルモットもドライが主流となっています。ドライマティニというやつですね。シェイカーは使わずに、十分に冷やしたミキシンググラスに、氷とジンを静かに注ぎ、ベルモットを加えてマドラーで静かに、ミキシングし、ストレーナーを遣い、よく冷やしたカクテルグラスに注ぎ、オイル漬けのオリーブを楊枝に刺して添える。そしてオレンジペール(オレンジの皮)をそのグラスの上で絞り、提供するという儀式もマティニならでは。

ジンの銘柄も最もドライといわれる「タンカレー」が最近は流行りです。あたくし的には「ゴードン」が好きですが。余談ですがジントニックにはボンベイサファイアや、ビフィーターが好みです。最近の国産のジンもなかなかですが、マティニに合うのかな?お試しになった方がいらしたら、教えて下さいませ。

ベルモットの量は少ないほうがドライといわれ、かのチャーチル英元首相は、ベルモットを左だか、右目で睨んだだけという逸話がございます。こうなると只の氷で冷やしただけのジンですな。

丸く削ったロックアイスにタンブラーで供されるのが、ロックマティニ。

かの007ジェームスボンドのお好みは「ウォーッカマティニ」でございます。彼の好みはシェイクですが、数年前にこのレシピがネットで紹介されましたが、こんな面倒なんだって記憶がございます。ジンのマテニにウォッカを加えたとのレシピ説も。

他の映画では「アパートの鍵貸します」やモンローの「7年目の浮気」でもマティニが出て参ります。ジン以外にも007のウォッカや、テキーラといった、ドライなスピリットでもできますし、食用の花を飾ったりといった、お洒落なものもございます。

 

さて、王様の後はカクテルの女王と呼ばれる「マンハッタン」。あたくしの最近のお気に入りでもあります。現在に通ずるカクテルは元々がアメリカの禁酒法時代に流行ったのが、始まりのようですが、このマンハッタンはイーストコーストとウエストコーストでは微妙にベースのウィスキーが異なります。東部ではスコッチがベースで、西部ではバーボンに代表される、ライウィスキーが主流となっています。日本ではライウィスキーが主流です。

東部のマンハッタンはかのチャーチルの御母堂で米国生まれのジェニー・ジェロームが、第19代大統領選で、当時のニューヨーク州知事を応援するためのマンハッタンクラブでのパーティで、ふるまったカクテルに由来するというもの。残念ながら落選はしましたが。

西部の方はメリーランド州のとあるバーで傷ついたガンマンに、バーテンダーが気付としてライウイスキーにビターズとシロップを混ぜ合わせたものを与え、それがニューヨークに渡りスィートベルモットに代わり、ニューヨーク中心地の名前を冠せられたというもの。

他にもマンハッタンが北米先住民族の古語で「酔っ払い」を意味するとの説もあります。

作り方はマティニ同様にミキシンググラスにライウィスキー(3/4)と氷を入れ、こちらはドライではなくスィートベルモット(1/4)を加え、アンゴラスセラ・ビターズを一滴垂らして、マドラーでゆっくり混ぜ、ストレーナーで冷やしたカクテルグラスに注ぎ、オレンジピールを絞り、最後にこちらはマラスキーノ・チェリーを飾ります。まあ瓶詰の甘いチェリーですな。

こちらのお洒落なお話としては、バーテンダーが若く美しい女性に、ロック(大き目の丸く削ったロック用の氷)で供し、ゆっくりとして言ってくださいと、言外に長居を求めるというのが、ございます。あたくしはバーテンダーの意向も無視して、テキーラマンハッタンをロックで注文するという、はしたなさでございますが。

テキーラの香りが染み込んだチェリーが、非常に美味でございます。

 

このカクテルの王様、女王様は別格として、有名なカクテルを紹介しますと。勿論私の好みでございます。それぞれにエピソードが満載なので、ネットでお調べ戴けれと思いますが、今回は前回と異なり、最初に申し上げました通り、ショートカクテルをメインに。

 

さて、ブランディベースで「サイドカー」。第一次大戦中に、とある軍人がサイドカー(単車に横に人を乗せるサイドカーなる補助席を付けたもの)でとあるバーに来た、この軍人(大佐との説がもっぱら)がレシピを示して作らせたものが、流行ったという説。ブランディ1/2、ホワイト・キュラソー1/4、レモンジュース1/4をシェークして、カクテルグラスに。ブランディは勿論コニャックで。レミ・マルタンが良く使われますが、以前紹介した北九州のBar井口さんお勧めのヘネシーのVSOPが、非常に美味しかった記憶がございます。

 

次なるショートカクテルであたくしの好みは「ギムレット」。バーの起源で紹介しました、レイモンド・チャンドラーが生み出した、私立探偵フィリップ・マーローのロング・グッドバイの作中に出て参ります。元々は英国海軍の軍医ギムレット卿が、海軍士官の飲みすぎを緩和するために作ったもの。英国海軍では水兵にラム、士官にジンを支給していましたが、ジンにビターを少量加えただけの飲み方が主流だったのを、多少アルコール分を抑えて飲ませたのが由来。帆船時代から長期航海では新鮮な野菜不足による、壊血病が問題となっており、その対策としてライムをジュースとして載せていましたが、そのライムジュースをジンに加えたのが、ギムレットということです。

ライムそのままでは長持ちしないことから砂糖を加えて、甘くしておりましたので、もともとのギムレットは甘いものでした。上記のロンググッドバイでも、ロング社の甘いライムジュースが本式とのセリフがあります。

ドライジン3/4、ライムジュース1/4をシェークして作るのがギムレットで、シェーカーを使わずに氷の入ったグラスにこれを満たしステアすると、「ジンライム」となります。

あたくしの好みはビフィータージン3/4に、フレッシュライムジュース1/4。砂糖をスプーンに1/3加えてシェークしたものです。

 

テキーラベースでのショートカクテルの好みは「マルガリータ」です。テキーラ2/4、ホワイトキュラソー(コアントロー)1/4にフレッシュライムジュース1/4をシェークして、周りに塩をまぶした、スノースタイルのカクテルグラスに注ぎます。これはアメリカのカクテルコンテストで3位に入賞したバーテンダー君の、若くして亡くなった初恋の恋人の名前から命名されました。テキーラベースでは他にショートではありませんが、パイナップルジュースを使った「マタドール(闘牛士)」などが有名です。

 

さてラムのショートカクテルでは「ダイキリ」と「バカルディ」。似ています。ダイキリはラム(ライト)3/4にライムジュース(フレッシュ)1/4、砂糖をティースプーン1杯。これをシェークしたものです。名前はキューバのサンチェゴ市東側のダイキリ鉱山から、鉱山技師たちにより命名。対してバカルディはラムのメイーカーであるバカルディ社のライトドライラム3/4、ライムジュース1/4にグレナディンシロップ1tspを加え、シェークしたものです。何に拘るかといえば、バカルディラムを使わなければならないということ。実は米国で戦前にバカルディのラムを使わなかったバーティンダーに、バカルディカクテルを注文した客が訴訟を起こし、ニューヨーク高裁での判決が訴えた客側の訴訟を認めたことにより、それ以降正式にこのレシピが決まったということになります。従ってバーでバカルディ以外のラムでバカルディに似たカクテルを注文する場合は、くれぐれも「ダイキリ、砂糖の代わりにグレナディンシロップで」とバーテンにオーダーなさいますように。

 

最後にこれはショートドリンクではありませんが、ウォッカベースのあたくしの好きなカクテルをひとつ。「モスコーミュール」でございます。語源は「モスクワのラバ」で、ご婦人のはくヒールの高いセクシーな靴ではございません。レシピはウォッカ45ml、ライムジュース15mlをコリンズグラスと呼ばれる細長いグラスに氷と入れ、ステアしてからジンジャーエールを満たす、口当たりの良いのどの渇きに最適のカクテルです。家内や娘に食後に供するのが、我が家の定番です。本来は銅製のマグカップにて供するのが、本格的で、自家製のジンジャエールを作っているバーなどでは、そうやってサーブしてくれます。

元々このカクテルは第2次大戦後のアメリカで、スミノフのメーカーと、これもなかなか売れなかったジンジャービールのメーカー。それにこれも売れなかった銅製ジョッキのメーカーがキャンペーンして作ったカクテルです。こちらはスミノフ以外のウォッカで全く問題はございません。ジンジャービール自体が入手できませんので、ジンジャエールもドライなものよりは、スーパーの安売りの甘いものの方が、女性に好評のようです。

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カクテルの勧め2 そのいち

2023-08-28 16:23:11 | 日記

本ブログの初期の頃に、スピリットと果汁で作る簡単なカクテルを紹介いたしました。

今回はコロナも普通の流行り風邪同様となり、少しはお外でお酒を楽しめるようになったということで、少し本格的なカクテルのお話を。

 

さて、カクテルはCocktailで表記され、直訳すれば「ニワトリの尾」となります。何故ミクストドリンクがニワトリの尾になったのか。まあ諸説あるのは当然なのですが、定番の港町を舞台とした、国際バーテンダー協会のテキストにも紹介されている説によると。

メキシコはユカタン半島のカンペチェなる港町(具体的ですね~)に英国の船が入港し、マドロス(英語ではSeamanですが)さんが地元の酒場に入ると、店の奥で少年が何種類かの酒を木の枝でマドラー代わりにステアしています。英国では酒はストレートで飲むのが一般的なので、珍しいと思い「それは何だ?」に対して少年の答えが、その木の枝のことだと勘違いし、「コーラ・デ・ガジョ」とスペイン語で答えましたが、それは「雄鶏の尾(Tail ofCock)」を意味する枝の愛称だったそうで、その勘違いが時代を超えたミクストドリンクの名前となったそうです。

 

前回の簡単なというか、作りやすいカクテルで紹介いたしました、4大スピリットに加え、ベースとして、ブランディ、ウィスキーなどが加わります。ブランディはブドウを原料とした蒸留酒で、これを樽で3年以上場合によっては50年以上、更に判らないくらい(Unknownと呼ばれる)寝かせて作られます。有名なのはコニャックとアルマニャックでいずれもフランスの地方であり、揶揄されるのが美味しいワインができないから、蒸留したと。ヘネシー、レミー・マルタン、クルボアジュ、マーテルなどが有名ですが、カクテルに使われるのは、VSOPクラスです。それ以上の格のものはそのまま召し上がるほうが宜しいかと。あたくしの好みはマーテルのコルドン・ブルーでございます。高いのでいわゆるブランディグラスと呼ばれる、チューリップグラスで手のひらの温度にゆっくりと温めて、至福の香りとお酒に流れた時を楽しむのであります。!

 

ウイスキーはアイリッシュ(アイルランド)が発祥ですが、英国のスコッチ、アメリカのバーボンにテネシー、カナディアンそして最近人気のあるのが日本のウィスキーです。個性からすれば、スコッチとライ麦が主原料のバーボンが、カクテルでは多用されます。

前回ご紹介したのは主にロングドリンクでした。別にグラスの長い、短いという意味ではありません。供されてから飲み終わるまでの時間が短い(お勧めとして)のが、ショートタイム・カクテル、ゆっくりでも宜しいのがロングカクテルとなります。お試しになれば一目瞭然で、カクテルグラスで供される強めのカクテルは、温くなると本当にまずいのです。

今回はあたくしの好きなショートドリンクを中心に紹介いたしますが、まずはショートカクテルに使用される、フレッシュジュース以外の材料を紹介します。まあ普通に大きな酒屋では売っていますが、個人的にそろえるのは少々ハードルが高い。まあ多少は我が家にもございますが(自慢)殆どがリキュールと呼ばれる、お酒です。まずベルモットから。

「ベルモット」とは白ワインにニガヨモギなどの香草やスパイスを配合したフレーバーワインを指します。大きく分けると辛口(ドライ)が主体のフレンチベルモットと甘みの強い(スイート)イタリアンベルモットとなります。スイーツ系は更に白のビアンコと赤のロッソの区別があります。

イタリアンのドライで有名なのは「チンザノ」「マルティーニ」という銘柄があります。勿論両社はスィートも出しています。

 

次はキュラソー。元々はブランディなどのスピリッツにオレンジの果皮と糖分を加えた甘めのリキュールです。オレンジキュラソーと、ホワイトキュラソーに大別され、ブルーキュラソーや、グリーンキュラソーはホワイトキュラソーを着色したものです。

ホワイトキュラソーの有名な銘柄として、コアントロー。オレンジキュラソーでは、グラン・マルニエが挙げられます。

 

甘みが続きましたが、最後は苦みです。「アンゴラスセラ・ビターズ」です。そもそもビターズとはチョコレートなどでお馴染みで、お察しの通り、苦みです。元々は薬酒として医師が開発した薬草・香草・樹皮・香辛料などを数種類お酒に付け込んで作られたものです。アブサンも元々はこれの範疇ですし、日本では各地に残っていますが、養命酒が有名です。胃の薬などとして処方されていましたが、現在はカクテルに苦みや香りを加味する目的で使用されます。

代表がアンゴラスセラ・ビターズで、アロマティックが語源の薫り高い薬酒です。双璧がオレンジ・ビター、名前の通り柑橘系の香りとなります。

このほかには良く使用されるのが、フレッシュレモンと、フレッシュライムであります。

昔はレモンが高くて、代用品としてポッカレモンや、甘ったるいライムジュース(といよりシロップ)が使われましたが、どちらもそれなりに安く入手できるようになりました。

ライムはメキシコ産が多いのですが、ちはら台の「ください菜」には初冬に市原産のライムが店頭に並びます。大きくて黄色くなるまで熟れた、本当に美味なライムで、毎年大量に購入し、札幌のすすき野でライブバーをやっている弟に送っています。勿論我が家でもカクテル三昧。

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月神について

2023-07-24 11:49:32 | 日記

月の神さま。

 

例年より早い盛夏模様でございます。お月見の中秋の訪れが恋しい季節、さて、今回はお月様の神様について。

 

昨今の日本ではローマ神話のルナや、英語読みでポール・アンカの歌でポピュラーなダイアナ(ラテン語ではディアーナ)。ギリシャ神話のアルテミスなどの女神が思い浮かぶかもしれません。

ただ、世界的な神話世界では、男女ほぼ半々のような気がします。男神としてはエジプトのホルスやトート、北欧のマーニ、シュメールのナンナ。そして南米のインカやマヤでも有力な男神となっており、日本では天照、素戔嗚と並ぶ3貴子の一柱月読も男神となります。

地域的には中東では未だに月は神聖なシンボルであり、男神が多いような気がしますが、地中海の古代先進世界では女神が多いようにも感じます。

まあ砂漠地帯では太陽は過酷な天体であり、夜の方がはるかに過ごしやすかったし、穀倉地帯では太陽の恵みが穀物なり、野菜なりの発育に必要だったということに起因しているのかもしれませんね。

 

月は地球から最も近い天体(平均で38万4400㎞:近地点で34万5410km、遠地点では40万6700㎞)であり、これは地球の直径の約30倍に過ぎず、例えば人が肩車して(1.4mづつ)も2億6600万人で届く距離でしかありません。

太陽系の衛星としては6番目の直径ではありますが、母惑星との比率の比較では、最も大きな衛星となります。直径は地球の1/4ですが、質量的には1/18となり、密度としては水の3.34倍と軽めの天体となります。

 

しかしデータは兎も角、夜空に輝くその圧倒的な存在感と、満ち欠けを繰り返す神秘性、そして海面の潮の干満の原因として、太陽と双璧をなす信仰の対象であることは、古代のどの地域でも間違いはありません。

晴れた夜明けの草原の露も月にかかわるものと古代は信じられ、水をもたらすものとして更に満ち欠けが定期的であることから、農事の暦として作神(農耕神)としての役割を担い、女性の月経や妊娠に関わる存在としても各地に共通した神話をものしています。

 

さて、古代ギリシャ神話。一括りにできない部分(地方による)はあるにせよ、実はアルテミスはその双子の兄(弟の説もあり)アポロンが太陽神そのものではないように、月神そのものではありません。セレーネが元々月そのものの女神であり、またローマ神話のルナと同一視されたヒューペリオンとティアーの娘(ヘシオドス『神統記』によれば)とされます。銀の馬車に乗り夜空を柔らかな月光を放ちながら駆け巡る美しい神であり、ゼウスとの間に幾柱かの子をなしています。

いま一柱はペルセースとアステリアの娘で、アルテミスの従姉妹であるヘカテも、月の女神とされます。どちらかといえば新月や闇夜の側面を代表するともいわれますが、冥界を表象する女神でもあります。

対してアルテミス。前述の如くアポロンの双子の妹(姉とも)とされますが、元々はギリシャの先住民の信仰を、取り入れた狩猟と貞潔の女神です。

アポロンが金色の馬車で空を駆け巡る太陽神ヘーリオスと同一視された如く、アルテミスもセレネーやヘカテーと同一視され、月の女神とされます。

性格はギリシャの神様特有の苛烈さをもち、神話の中では水浴び姿を見られただけで、鹿に代えられ狩りに連れてきていた、犬に引き裂かれて死んだアクタイオーン伝説。また、冬の夜空を彩るオリオン伝説もアルテミスの物語となります。

水仙になったナルキッソスも、かわいがっていたニンフのエコーが彼に冷たくされて、こだまになってしまったために、水に映る己の姿に恋をしてしまい、衰弱死してしまうナルシストの語源となった物語も、アルテミスの怒りによるものです。

従っていたニンフがゼウス(アルテミスの父)により処女性を失ったことにより、雌熊に代えられた大熊座・こぐま座伝説など、相当に怖い女神様であり、人身御供を要求する神としても有名です。

 

さて、ギリシャの女神たちや、その他の月神達のことはさておき。

日本の神話に登場する月神は、黄泉の国から戻った伊弉諾尊が禊をした際に、左目を洗ったときに誕生したのが、天照大御神。右目からは月読神、そして鼻からは素戔嗚尊と古事記に記されております。

ご承知のように、天照は天皇家の祖として、素戔嗚は高天原で大活躍(?)後、八岐大蛇伝説などで古事記のメインキャストの一柱となります。

が、月読の記述は夜の世界を任されただけで、その後は一切古事記には出て参りません。

基本的に国家的な性格を持つ記紀の神話に、ある意味純粋な自然神であるツクヨミが活躍するはずもないのですが、書紀にはいくつかの記事があります。

 

まずは日月神の誕生について、書紀の本文では伊弉諾の禊に際してではなく、国生みの後に日月が高天原の主神として誕生し、そののちに蛭子が生まれたとされています。

 

次に古事記では素戔嗚のエピソードとして語られる、食物神の殺害とその体から発生した農耕と殖蚕の起源に関するものです。一方で食物神(ウケモチの神)殺害による、天照の激怒と絶交によった日月二神の昼夜別離の起源を示した自然神話でもあります。

更に食物神の元に月神が訪れ、その接待が悪いと切り殺すことは、月神の祭り方が悪ければ、神罰を与えるという古代信仰に基づくという説もあります。

 

ついでに古事記による素戔嗚の食物神のエピソードでは、素戔嗚が高天原で暴れ、天岩戸伝説後に追放されたのちに、四国の阿波にてオオゲツヒメに食を請うたところ、鼻・口・尻から種々の食物を出し献じたところを、素戔嗚が見て穢ないものを献じたと怒り、切り殺したということになっています。

元々月と農耕には世界的な古代信仰として結びつきが強く、農耕に不可欠な水として、露が夜中に発生することが月によるものと信じられたこともあり、月読の食物神殺害と穀物の起源や日月神の昼夜分裂というほうが、スムーズでもあり古くからの形を残していると思われます。

 

さて、書紀に登場する月読のさらなる記述として、神功皇后の出兵に際し後に八幡さまとなる誉田別命妊娠に臨月を延期するために祭主として祈ったところ、月神が神石を示し「この石にて皇后の腹をなで心を鎮めよ」との神託があり、出産を遅らせたとの記述。

後にこの石は鎮懐石(月延石とも)と呼ばれ、筑紫にて雷により三分し、京都の月読社、壱岐の月読社、福岡県糸島市の鎮懐石八幡宮に奉納されたとされます。

 

時代は前後するかもしれませんが、西暦487年。遣任那使である阿閉臣事代が途上で「私は月神である。私を山城に祀れば国中が幸せになる」との神託があり、帰朝後報告し勅命により壱岐より県主である押見宿祢をもって、上記の現京都市西京区の松尾大社そばに祀ったことが記されています。

 

上記のように、月読の本来の鎮座地は壱岐だといわれています。

元々は海洋民族と推定される壱岐氏が北九州から朝鮮半島航路の安全を祈るために、壱岐に祀ったのが月読神社とされ、日本最古の神社の一つとされています。

前述のように、月が海の汐の干満と結びついているという観想が、月神による海の支配という信仰を発達させたのでしょう。

 

さて、壱岐と山城(京都)以外の月読を祀る神社は、天照の鎮座している伊勢の内宮別宮に月読神社、外宮の別宮として月夜見神社の2社があります。内宮の月読神社は月読の和魂(にぎみたま)、外宮のそれは月読の荒魂(あらみたま)とされます。

壱岐との関連は不明ですが、単に月読が天照の弟というだけではなく、伊勢の海人である磯部(いそべ)の信仰していた神で一様に海の民の信仰であったのかもしれません。

 

更に月読を主神とするのは、出羽三山の月山神社であります。

月山は元々修験道を中心とした山岳信仰の地であり、室町期までは八幡大菩薩が当地の神とされていましたが、神仏習合により八幡神の本地仏は阿弥陀如と考えられるようになり、これが更に月読になぞられたようです。

                                       

もうひとつ延喜式の式内大社の月読神社が京田辺市にあります。元々は平城京にあり、大同年間(800年頃)に平安京に社殿を遷した際に大住山において霊光を拝し、この地に社殿を建立したとの社伝がありますが、この大住という地名は元々鹿児島の大隅からきているようです。

奈良時代に帰化人や隼人と呼ばれた人々を国内各地に分散した政策があります。これは別稿で改めますが、この京田辺市の大住も大隅隼人の移住先であり、地名の語源はこの大住隼人からきています。

元々隼人には月に対する信仰があったようで、鹿児島にはいくつかの月読を主神とした神社が散見されます。8月15日(旧暦)の祭りにもそれは残っているようです。

 

古事記の海彦山彦のエピソードには山彦が皇室の先祖という表記と合わせて、海彦が隼人の先祖という記述があります。

そしてこの大住の月読神社が隼人舞の発祥地という伝承があり、いまでも10月の例大祭ではこの舞が奉納されています。従って社伝の平城京からの遷移というより、むしろ大隅隼人が移住させられた時に月読神社をかの地にもたらしたと考えるほうが良いのかもしれません。

 

因みに隼人舞は海でおぼれている海彦を山彦が救い、服従を誓う訳ですが、この海彦がおぼれている様子を演舞したとされています。

この隼人舞は宮中での重要行事に際し演舞され、今上陛下即位後の大嘗祭でも舞われていた筈のものです。

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Bar の語源

2023-06-17 15:59:17 | 日記

6月の旧暦呼称の水無月とはほんに優しい、月の名でございます。グレグリオ暦の現在では6月といえば雨期、梅雨のシーズンですが旧暦の太陰太陽暦では7月中旬の夏真っ盛りの季節であり、したがって雨の降らない水無月でそのギャップはなかなか面白い。

 

カラッと暑い季節には、のどを潤すビールというのが、大人の楽しみ。家庭用の冷蔵庫が一般的でなかった、幼少期に父の帰宅を待って、井戸端で冷やされていたビールを注いだグラスの泡のなんと魅力的であったことか。

泡を子供に舐めさせて、その苦さに顔をしかめる表情を見て、愉快そうな父や祖父の表情を思い出す夏の到来であります。

 

「取り敢えずビール」がポピュラーな居酒屋でのオーダー言葉になったのは、何時頃でしょうか。

最近大人に仲間入りした世代は、ビールを飲まない、いや宴席に顔を出さないとも聞いています。アサヒがかのドライ方式で最初の一口目の喉に非常に刺激的なタイプを販売する前から、渇いたのどには炭酸の刺激が心地よい夏の風物詩だと思います。

 

といいながら、夏の火照りを残したアスファルトの道を、ビールで潤し焼き鳥で口中が脂っぽいまま帰宅する(出張中のホテルでも)のは、少しもったいない夏の宵。

コロナのせいで街でお酒を飲む機会がめっきりどころか、すっかり減ってしまいました。仕事帰りの居酒屋で一杯とか、夏の暑い時期のビヤガーデン。少し出来上がったところでちょいと刺激を求めて、きれいなお姉さんのいるお店とか。日本の街中はなんともたくさんのお酒を飲むお店があるのでしょうか。

 

そのなかで、Barというちょっと若いころには敷居の高かった種類のお店がございます。いかにも都会的で田舎育ちの私には、さていくら取られるのであろうかとか、お子ちゃまは受け入れてもらえないのではないかと、逡巡していた記憶が。それが年齢を重ねるにつれ、仕事や旅行で地方に行くと必ずその手のお店で深夜までグラスを傾けている。

 

さて、Barの語源はやはりカウンターの足もとに横たわる、横木であるようですが、この横木が馬の手綱を繋ぐためだったのか、直接酒樽にアクセスさせないようにしたのかは、諸説あります。

まあいずれにせよ、アメリカの西部劇をイメージさせる、所謂「酒場」でありますが、西部劇映画などでは看板にはBarと書かれずにSaloonと書かれているのが多い様に思います。まあ、街の社交場という雰囲気でしょうか。中にポーカーテーブルがあったり、胸元露わな歌姫が歌っていたりというような。必ず始まる店中をぐちゃぐちゃにするような、大ゲンカもございます。

現在のアメリカでは、大きなスペースでカウンターで注文をし、お酒を受け取りとボックスで、飲んだりダンススペースがあったり。基本的にアメリカでは21歳にならなければ、お酒を売ってくれませんので、30歳を過ぎても童顔だったせいかわたくしは、パスポートの提示を必ず求められたことを思い出します。

 

上記のアメリカのようなバーは、オーストラリアのシドニーでも入ったことがあります。キャッシュオンデリバリで、一杯ずつ支払いながらちびちびと飲み、少しきわどいショーを眺めるみたいな感じです。

 

ヨーロッパ、といってもオランダのアムステルダムや、ロッテルダムでは日本でいうプールバー即ちポケット式のビリヤード台や、ダーツが置いてあり、カウンターでショットのお酒を飲み、おつまみはせいぜいコイン式のピーナツ販売があるタイプ。また、お店の雰囲気的には日本のスナックみたいなカウンターとボックス。午後には開店していておじいちゃん達がバックギャモンに興じていたり。お腹が空いたと言えば、ストーブでペッパーステーキを焼いてくれたり、ソーセージを焼いてくれたりするタイプのお店がBarの看板を出していました。

 

さて、現在の日本のBarであります。

ハードボイルドといえば、レイモンド・チャンドラーの描くところのフィリップス・マーロゥシリーズ。Long Good-Byで出てくるバーの雰囲気を現す表現が「ギムレットには早すぎる」とか「開店したてのバーの雰囲気が好きだ」。こんな雰囲気の似合うのは、どうも日本の現在のBarのような気もします。もっとも米国では何故かドラッグストアでワンショットを飲ませるという、風習もあったようです。

 

Barにはいろんな種類がありますが、今回取り上げるのは上記のような、大人の雰囲気のBar。即ちオーセンティック・バー、ショットバー、カクテルバーといったところでしょうか。

大層な食事や、大掛かりなライブショー、ダーツやビリヤードなしで、カウンター主体にバーテンダーが本格的なサービスを提供してくれる小ぶりなバー。

単にわたくしの趣味ではございますが・・・。

 

オーセンティックバー。日本語にすれば「正統的」なバーでしょうか。ホテルのバーに近い雰囲気で、街中できちんとした服装のバーテンダーが、カクテルであれ各種のショットであれサーブしてくれます。入る方にもそこそこのドレスコードが求められたりする場合もあったり。

 

わたくしの好きなこの種のお店は、各地にございます。宇都宮はすごく多い。バーテンダー協会登録のお店だけでたしか30軒以上。こちらは都内にもある「パイプの煙」系列のお店が多く、「パイプの煙 夢酒(ムッシュ)小川」さんとか、宇都宮で一番小さいながら、サントリーのカクテルコンテストで複数回のチャンピオンになった、カクテルバーTANAKAさんなどなど、「ぱいぷの煙」から派生した何件かが行きつけです。TANAKAさんのお店は都内の有名ホテルのバーテンダーさんも、わざわざこちらで飲むためにいらっしゃったり。

北九州市八幡西区黒崎ではBar井口さん。当然リーゼントに蝶ネクタイ、白のタキシード。オリジナルのカクテルは映画の題名だったり、そのシーンだったりのネーミング。

スタンダードなカクテルも当然独自のひねりや、ベースのスピリットに主張が。例えばサイドカーもベースはヘネシー、キュラソーはマスターの最近お好み。おつまみもちょっと気が利いたお洒落な器で。

 

 

 

ショットバーでは兵庫県尼崎の「カルマンギア」さんと、名古屋市中村区名古屋駅桜通り側のKoboさん。ここは確か午後3時から営業しています。埼玉県深谷駅近くにはスコッチのシングルモルトだけで数百種類の、ショットバーもございます。

いずこも、一人でも入りやすいそれぞれのオーナーバーテンダーさんの個性が光るお気に入りのお店です。

 

どちらかといえばオーセンティックバーに近いのですが、カクテルがおすすめなのは、新潟の駅近くのハイダウェイさんか、古町のFAROさん。こちらも素敵なオーナーバーテンダーさんです。以前「魔の霊酒考」紹介したアブサンを戴けるお店でございます。

長野県上田市の女性オーナーバーテンダーのお店シャノワール(黒猫)さんもお気に入りです。

 

最近お伺いしたのが、掛川市の106(ワンオーシックス)さん。果物のカットも素敵でした。

姫路の老舗バーIZAKAYAさんもショットバーですが、流行のシングルモルトに拘らない楽しいお店でございます。

彦根のSalon Bar  Thistleさんも必ずよらせて戴くお洒落で、マスター以下のバーテンダーさんの腕も確かなお店です。

ちはら台から最も近くにあるのが、鎌取駅近くのアンカーダウンさんです。

 

キリがございませんが、旅先で楽しくお酒をお楽しみになればとの、ちょっとしたヒントになれば幸いです。むろん他の地方でも行きつけがございますので、お問い合わせ戴ければご紹介致しますが、サントリーの「バーナビ」というサイトで調べると様々なお店が紹介されています。

コロナがひと段落してご旅行にいらっしゃる際のご参考に。

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新暦

2023-05-15 12:24:32 | 日記

本ブログが掲載されるグレゴリオ暦5月20日頃。旧暦では卯月一日頃でございます。

沖縄では梅雨に入り、関東は梅雨前のさわやかな青葉が次第に濃い、というよりむしろ猛々しい緑に少しずつ変わる時期です。

二十四節気では小満ですね。元禄の俳人山口素堂の句「目に青葉、山ホトトギス、初鰹」の季節であります。

わたくしの好きな唱歌、「夏は着ぬ」では

1)卯の花の匂う垣根に、時鳥(ほととぎす)早も来、鳴きて、忍び音もらす、夏は着ぬ

2)さみだれのそそぐ山田に、早乙女が裳裾ぬらして、玉苗植うる、夏は着ぬ

3)橘の薫るのきばの、窓近く蛍飛び交い、怠り諌むる 夏は着ぬ

 

と、おいしそうな季語がずらりと並んでおります。忍び音というのは、鶯とほととぎすだけに限定される鳴き声で、いずれも春、夏の訪れを呼ぶ鳥の音であり、鶯の「ホー・ホケキョ」に対して「トウキョウ・トッキョ・キョカキョク」とけたたましい鳴き声かもしれませんが。

時鳥、不如帰、杜鵑とも書かれます。中国、日本ではその特異な鳴き声から、様々な言い伝えが残っておりますが、昔は姿をカッコウ(郭公)に取り違えられた時期もあったようでございます。この声は村田川沿いではお馴染みの声でございます。早朝にはコミュニティセンター辺りでも良く聞こえます。

 

この初夏の歌、実は旧暦では4月~5月にあてて書かれております。旧暦4月を現す卯月(うづき)は文字通り「卯の花の咲く月」であり、5月を現す皐月(さつき)は早苗を植える早苗月もしくは早乙女月を略したとの説があり、田植えのシーズンを現しております。

さばえなすという、騒がしい、荒ぶにかかる和歌の枕詞がありますが、これは五月のハエがうるさいところから来ております。

以前花の香りで申し上げました如く、橘薫るという響きは、すごく好きでございまして、わが団地の街路樹の一つである、柑橘類の夏ミカンの花が良い香りを舗道に撒き散らすのも、この時期のほぼ1週間であります。

 

基本的には5月は旧暦(さつき)では梅雨の真っ最中から、末に梅雨明けを示し、五月雨は梅雨の雨を指し、五月晴れは梅雨明けの晴れ渡った空を示したり、梅雨の間の晴れ間を言ったりとしますが、最近は大陸からの高気圧が爽やかな晴れ間を持ち込む、新暦の連休から梅雨入りまでの晴れ間を指すのも、新しい季節感覚で好ましいかとも思います。

 

今を400年ほど遡る1615年5月25日、旧暦では慶長20年4月28日は、大坂夏の陣が実質的な戦闘に入った日でもあります。

旧暦4月26日豊臣方は筒井定慶の大和郡山城を落とし、28日に徳川方の兵站基地である堺を焼き討ちし、戦闘状態に入ります。翌29日には紀州攻めにて塙団右衛門が突出して討死、以降5月6日頃まで、浅井勢と堺の攻防戦が行われました。

5月6日には道明寺の野戦いが行われ、後藤又兵衛(基次)、薄田隼人正(兼相)らが討死。

翌7日には天王子・岡山合戦が行われ、奮戦空しく真田左衛門佐信繁(異称:幸村)が討死し、同日深夜に大坂城は燃え陥落し、千姫は脱出しここに豊臣家は滅びます。その実質的な合戦がこの頃にスタートしたということです。

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