闘病日記

これは私の独り言に過ぎません。「SLE」との出会いから共存に至るまでの体験談です

妊娠期間

2009年10月08日 21時49分01秒 | 日記
産むと決めたはいいけど、お金がない

私は毎日飲み歩き、彼はパチプロその日暮らしな私達

出産するにはお金がかかる生活するにもわたしはもう働けない

そこで私の実家に頼み込み一部屋空けてもらい居候

彼もパチンコばかりしていた訳でなく、一応酒屋に勤めてはいたのだ

そこの社長もよくそんな奴を雇っていてくれたものである


実家に居候は楽であった病気の身体を心配した親は何でもしてくれる

ご飯は上げ膳据え膳、洗濯もしてくれる

なんて楽なんだろうか久々のぐうたら生活

しかし妊娠3~4ヶ月ぐらいだったか、つわりに苦しんだ

脂っこいものを見ても、おえっ

ご飯の炊ける匂いを嗅いで、おえっ

しばらくはきゅうりが主食で、唯一食べられるものであった

安定期に入りいよいよお腹も大きくなってきて、動くのも億劫になってきた

季節は夏余計に辛い病気も辛くなってきた

先生の言った「覚悟を決めて」の意味をこの時悟る。。。

そして一番辛かったのが便秘

出ない。とにかく出ない。トイレに行くときの必需品が、

お湯を張った洗面器であったおしりを温めるのである

泣きながら何十分もがんばるのである

おかげでそれ以来いまだに痔もちであるのだ


いよいよ病気も限界に近づいてきた

胎児への影響を考え、プレドニンは30mg以上増やすことはできないと

産婦人科からストップがかかっていた。

身体は病気でボロボロだった。発病当初のように顔は真っ赤な紅斑だらけ

顔だけに留まらなかった。指先、足の裏、何かに触れることは痛みを伴う。

もう娑婆での生活は限界だった

臨月まで後一ヶ月。定期健診に行ってそのまま強制入院することになる