地図のない旅

地図を持たない行き当たりばったりの旅日記です。旅先で触れたこと、感じたことを写真を織り交ぜて綴っていきます。

松島

2010-12-28 22:16:44 | ☆地図のない旅
一年以上振りで松島の地を訪れました。
急に思い立って出かけたので、特に何をどう観て廻るか何も決めずに来てしまいました。
単に「牡蠣」が食べたかっただけの事ですが...。
「牡蠣」なんか、インターネットショッピングとかで「お取り寄せ」すれば、ずっと安くすむような気もしますが、それでは何とも味気ないです。
「牡蠣」を食べたければ松島へ、「おやき」が食べたければ長野へ...。
そんなちょっとだけ贅沢な旅。
そんなのも味わいのある旅と言えるでしょう。



2010.12.11 



「かきや 福来」で、「かき定食」を堪能した前後に、松島の風景をに収めて歩きます。

今日の松島海岸は、曇って「どんより」としていて、あまり綺麗な画像は得られませんでした













怪しい城発見です。







「松島城」とありますが、以前ホテルだったらしいです。
模擬天守としては、日本最古のものらしいです。
100年以上前のものだとか。
「熱海城」みたいなもんでしょうか?


そんな松島城を横目に見ながら、五大堂に向かいます。







五大堂は、807年に坂上田村麻呂が東征の際、毘沙門堂を建立し、天長5年(828)慈覚大師円仁が延福寺(現在の瑞巌寺)を開基の際、「大聖不動明王」を中心に「東方降三世」「西方大威徳」 「南方軍荼利」「北方金剛夜叉」の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれるようになったそうです。






秘仏とされる五大明王像は,五代藩主吉村が500年ぶりにご開帳した1700年代以降33年毎に一度ご開帳されるようになったそうです。
現在の建物は、伊達政宗が1604年に創建したもので、桃山式建築手法の粋をつくして完工したそうです。







堂四面の蟇股にはその方位に対して十二支の彫刻が配されています。
その十二支の一部を画像に収めてきました。















伝説では、慈覚大師円仁が延福寺を開いた時に五大明王を安置したところ、坂上田村麻呂が祀った毘沙門天は、ある光を発して沖合いの小島に飛び去り、その島は毘沙門島といわれるようになったそうです。


前回訪れた時に「瑞巌寺」は、修復工事中と分かっていたので、内部の拝観はせずに周辺を歩きました。
参道の辺りで何となく一枚シャッターを切ります。







ここのお寺?名前がわかりません。
ちゃんと見て来ませんでした








知ってる人は、是非コメントしてください。
軒端屋の真向かいです。



まだまだ松島には見所がたくさんあり、時間も全然足りないのですが、この段階で寒気が酷く、早々に仙台に向かう事にします。
この後、一週間も食事が喉を通らない程体調が崩れて行くのですが、この時はそんな深刻に考えていませんでした。
「今宵は、仙台の夜を堪能するぞ」と意気込んでいたのですから、笑えます




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