Mi Aire

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「情熱のギタリスタ」

2007-06-08 01:04:44 | エッセイ(EMPRE掲載分)
(これは2005年にEMPREに掲載された記事です。)

ビセンテ・アミーゴは私の一番お気に入りのフラメンコ・ギタリスタ。日本を愛する彼が先頃8度目の来日を果たし、新潟・京都・大阪・北上・東京と5ヶ所でコンサートを開いた。彼はフラメンコギターの神様、パコ・デ・ルシアの後継者とよばれる実力派だが、まったくパコとはちがった個性で独自の世界を築きあげている。彼の創り出すフラメンコは、時には激しく鋭い音でまっすぐに迫ってくるかと思えば、詩のように繊細で美しく私たちの心の琴線をふるわせてくれる。そしてどちらの時にも彼らしい情熱であふれているのだ。

今回は新潟を除く4都市で彼のライブを聴くことができた。多くのアーティストが東京や大阪のような大都市にしか行かない中、ビセンテは来日するたびに多彩な場所でコンサートを開いてくれる。彼は仕事で旅をすることが多いが、もちろん観光する余裕などないそうだ。様々な場所で演奏し地元の人たちと音楽を通して触れ合うことこそ、彼にとっての「旅」なのかもしれない。

造形芸術大学のホールでの京都公演。4月に発表したばかりの新譜の曲を次々と披露してくれる。美しい古都で演奏できる喜びを言葉にしながら彼はすっかり京都の聴衆の心をつかみ、終演後のサイン会に並んだ多くの人たちに、2時間休憩もなしで弾き続けた疲れもみせずに笑顔で応えた。続く大阪では、気さくに日本語まじりのスペイン語で語りかけて人々の拍手を誘い、最後には、ほぼ総立ちの聴衆の熱狂ぶりに頬を緩める。
そして北上。東北の静謐な感じのする小さな街。夕方から降りだした雨が北上川の川面に吸い込まれ、街はしっとりと濡れて静まり返っている。ビセンテの演奏はいつも通りだ。でも何かが違う。聴衆の反応も違う。こんな静かな対話を彼は繊細に感知しているようだった。コンサートが終わりアンコールになっても誰も立ち上がったりしない。けれども、聴衆が熱く感動にふるえていることは確実に彼にも伝わっていたのだ。サイン会に並んだどの顔も、ビセンテの情熱を受け止めて静かに輝いている。演奏する場所によってこんなに流れる空気が変わるものなのか?それはとても興味深いことだった。
最後は東京公演。アンコールにはたくさんの人が立ち上がってビセンテに心からの拍手を贈る。華やかな夜だ。今回の日本公演のすべての日程を終えて彼の笑顔も一際満足そうに輝いていた。

ライブの楽しみは一期一会。2度と同じ夜はない。だからこそ様々な場所で聴いてみたいと思う。旅の先々でその土地の人々と音楽で触れ合い対話するビセンテの情熱を少しでも多く胸に刻むために。



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