◇昨年11月に、以下の画像と文章をアップしました。この学校は、3月まで私が学校ソーシャルワーカーとして業務をこなしていた中学校です。
2022年11月29日
◇私がソーシャルワーカーとして活動している、ある中学校の二階から眺めた希望の虹です!
◇この中学校は、「だれ一人も取り残さない!」ことを全力で実践している素晴らしい学校です。そして一人ひとりが、その人なりに大切にされている、といった雰囲気を明確に醸し出している教育が行われています。田舎の公立中学校で、こうした高品質の教育実践がなされていることに私は大きな希望を持っているのです。
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◇さて、数日前に、4ヶ月ぶりにこの学校を訪れ、親しくしていた教頭と歓談しました。教頭から「4月からも継続してくれると思っていたのに・・」と言われました。そこで初めて、継続勤務を願っていたけれど、それができなかった背景事由を伝えました。そして「この学校の前を通るたびに子どもたちのことを思い出して辛くなってしまって・・」とも伝えました。
◇職員室内を見渡すと、私が親しくしていた教員の席に別の人間が座っていました。「○○さんは、異動してしまったのですか?」そう訊くと、「つい先日、亡くなってしまって・・」と教頭は答えました。それを聞き、思わず私は「エッ・エ~ッ!」と叫んでしまいました。
◇この教員とは以前、要対協(要保護児童対策地域協議会)のミーティングで児相職員として出会ったのです。その後、私がこの中学校の学校ソーシャルワーカーとして業務をするようになり、そこで再会したのです。「お久しぶりです!」と挨拶をされたため、私は「児相の職員さんが、どうしてここにいるのですか?」と驚いてしまいました。そこで初めて知りました。彼は交流人事で、数年間、児相で業務をしていたのでした。
◇その後、この中学校に行くたびに親しく言葉を交わすようになりました。彼は「自分としては教員ではなく、いつかソーシャルワーカーになりたいのです。」いつもそう語っていました。むろんのこと、私は「それはいい&それはいい!」と言い続けました。その彼が病(やまい)を得て、アッという間に消え去ってしまったのです。悲しいこと、このうえありませんでした。
◇私は自分が関わっている学校関係者たちにいつも「初期対応が大切ですので、どうか早めにご連絡ください。具体的に何ができるかは分かりませんが、チーム学校の一員として支援会議に参加させていただきながら共に考えさせてください!」そう伝えるようにしています。それに対する学校側の反応はさまざまです。それでも、めげることなく言い続けています。
◇私がそう伝えるのはそれなりの理由があるからです。前述した中学校の教頭は、いつも「こうしたケースの場合は、どうしたらいいと思う?」と訊いてきました。今年度、業務に就いている高校もソーシャルワーカー担当の教員が、「ちょっと、いいですか?」と言いながら、実に細かなことまで私と情報共有を図ろうとしてくれます。それは他の教員たちもそうです。こうした校内文化が醸成されていることを嬉しく思います。こうして「子どもの最善の利益」のために踏ん張っている者たちも多くいるのです。むろん私自身も「子どもの最善の利益」のみを考えながら(否、それ以外のことは考えずに)託された役割業務を果たそうとしているのです。