“北の大地”に想いを寄せて

◇このエッセイは“北の大地”で育った私が、ふるさとへの想いを書き綴ったものです。

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このエッセイについて

2021年01月01日 | “北の大地”

◇このエッセイは“北の大地”で育った私が,ふるさとへの篤き想いを画像と共に書き綴ったものです。

◇なお,画像の撮影日や,エッセイの作成日と,このブログに表示されている日付とは,必ずしも連動していません。


お知らせ

2015年04月09日 | ふるさと

〇当分の間、このブログサイトの更新はありません。

〇よろしければ『フェイスブック』『オセアニア滞在記』、もしくは『折々の想い』のブログサイトへのアクセスを、お願いいたします。


晩秋

2014年10月25日 | “北の大地”

〇晩秋の札幌(大通公園)です。


知床

2014年08月14日 | 大自然

◇短い夏のひとときです。

 


北海道立アイヌ総合センター資料展示室

2014年05月05日 | アイヌ文化と歴史

 北海道立アイヌ総合センターは、アイヌ民族の歴史認識を深めることや文化の伝承、保存の促進を図ることなどを目的に設置されました。
 北海道アイヌ協会が道立施設の指定管理者となり、アイヌ民族が各地域で実践している文化活動や世界の先住民族の活動等に直接関連する情報を集約し、民族資料展示室と図書情報資料室、保存実習室の三つの機能を連携させることやアイヌ自らの情報を発信することにより、人と地域、教育や研究機関等の活動と情報の行き交う交差点的な性格を担う施設となっています。(HPより引用)


かぁさん!

2014年03月23日 | ふるさと

◇母が育った東藻琴村(現在は女満別町と合併して大空町)です。村の尋常高等小学校で学んだそうです。その小学校には、今ではあまり見かけることのない二宮金次郎が建てられています。

◇「始業の合図が鳴っても、走って行けば間に合った・・」そう懐かしそうに話してくれました。小学校のすぐ近くが実家だったそうです。

◇母親が死んだときには四国の大学で働いていました。訃報を聞き、急いで美幌に戻りました。そして私は東藻琴村へ行き、小学校に咲いていた草花を摘んできて母の枕辺(まくらべ)に置きました。

◇「かぁさん!」もう一度、そう呼んでみたいなぁ・・。


泊原発

2013年12月11日 | 環境

◇原子力PRセンター「とまりん館」です。泊(とまり)原発から、かなり離れたところに建てられています。

◇「どうして、ここから泊原発が見えないのですか?」と、職員に疑問を発すると、課長クラスの職員が飛んできて、「別に隠そうとする意図はないのですが・・」と丁寧に説明をしてくれました。ただ聞いてみただけなのですが・・。(苦笑)

http://www.hepco.co.jp/ato_env_ene/energy/pr/tomarin

http://www.vill.tomari.hokkaido.jp/main.html

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/gat/tomari/tomari.htm


網走刑務所

2013年09月16日 | 抑圧と悲しみ


◇画像は網走刑務所です。橋は「鏡橋」と呼ばれています。

◇この刑務所のことは1965~1972年に映画化された、高倉健主演による『網走番外地』によって広く知られることとなりました。そのため、観光地化されたのと同時に、マイナスイメージも付加されてしまいました。

◇網走刑務所の近くには更生保護施設である「錦水寮」が建てられています。「犯罪をした人や非行のある少年の中には、頼ることのできる人がいなかったり、生活環境に恵まれなかったり、あるいは、本人に社会生活上の問題があるなどの理由で、すぐに自立更生ができない人がいます。更生保護施設は、こうした人たちを一定の期間保護して、その円滑な社会復帰を助け、再犯を防止するという重要な役割を担っています。」法務省のホームページにはこう書かれてあります。

◇錦水寮を訪れた時に、かつて航空自衛官だったという男性職員が、私が精神保健福祉士であると聞いて、「最近ではSSTを実施している」と話してくれました。SST(Social Skills Training)は認知行動療法のひとつで、統合失調症の患者さんをはじめとして、現在では学校教育現場でも行われている支援スキルです。すなわちSSTは、受刑者たちが社会復帰に向けて努力を重ねて出所したとしても、周囲の人たちからの偏見や蔑視等によるプレッシャーに負けてしまい、その結果として再び犯罪を起こすことがないように、負の刺激に対する反応の言動パターンを体験的に学ぼうとするスキルなのです。

◇言うまでもなく、そもそもが受刑者や出所者たちに対して偏見や蔑視等の差別行為をする側にこそ問題があるのです。しかし現実には刑務所での受刑経験があるといっただけで無理解に基づく偏見差別を受けてしまうことが多くあります。そのため、つい感情的になったり、投げやり的な言動に陥ることがないように適切なセルフコントロールの対処方法を学ぶ必要があるのです。

◇かつて私は少年院や刑務所で篤志面接委員をしていたことがあります。そのため個人情報ファイルを閲覧する機会もありました。皆、例外なく、「どうしてこれほどまでに悲惨、かつ不遇な生育環境なのだろうか・・」と驚くのみでした。こうした、いわば「不幸の連鎖」を断ち切ることは至難の業(わざ)です。人びとからの根深い偏見差別によるところの社会的排斥・排除(Social Exclusion)のまなざしが、そこに存在しているからです。

◇福島第1原発事故に関連して、「フクシマ」が偏見差別の対象になりかかりました。他の自治体に避難した児童生徒たちに対して、「放射能がうつる!」などと、からかいにしては度が過ぎたまでの、まことに許しがたき差別的言動がなされたりもしました。しかしわが国は「Social Exclusion」に対置する概念であるところの「Social Inclusion」の構築に向かって着実に歩みを進めている国家ゆえに、もはや低俗なる偏見差別が容認・許容されるような未成熟社会ではありません。否、強くそう信じたいと思います。

◇ともあれ、このブログの「鎖塚」でも紹介したように、北海道の開拓は囚人たちの力によって成し遂げられてきた側面があります。道産子の私は、しっかりとそのことを自覚したいと思っているのです。

関連サイト

http://www.moj.go.jp/hogo1/kouseihogoshinkou/hogo_hogo10-01.html

http://www.kouseihogo-net.jp/hogohoujin/institution.html

http://denshobato.com/BD/N/page.php?id=70286

http://blog.goo.ne.jp/kiwi25/e/1913e43412413bb4fbdb1ebbfd5441fa

http://blog.goo.ne.jp/kiwi25/e/43f4bdc2ea307fdadd2ac9abf9351c3d


森の時計

2013年08月14日 | 憧憬

◇2005年の1~3月に『優しい時間』というドラマが放映されました。舞台は富良野でした。当時、私は大分県で生活していました。

◇その年の夏に、私はこのドラマの舞台となった富良野にある「森の時計」を訪れました。そのときに撮ったのが今回の画像です。

◇苦さに加えて、香りが強すぎるため、ほとんどコーヒーを飲まない私ですが、そのとき初めてコーヒーミルという、焙煎されたコーヒー豆を粉砕するための器具を知り、その雰囲気にあこがれました。加えて、平原綾香が歌う主題歌(『明日』)が流れる中での吹雪のシーンが、いっそう“北の大地”への郷愁を誘いました。翌年、私は津軽の地で生活することになりました。

明日

作詞:松井五郎
作曲:Andre Gagnon

ずっとそばにいると あんなに言ったのに
今はひとり見てる夜空 はかない約束

きっとこの街なら どこかですれちがう
そんなときは笑いながら 逢えたらいいのに

もう泣かない もう負けない
想い出を越えられる 明日があるから

そっと閉じた本に 続きがあるなら
まだなんにも書かれてない ページがあるだけ

もう泣かない もう逃げない
なつかしい夢だって 終わりじゃないもの

あの星屑 あの輝き
手を伸ばしていま 心にしまおう
明日は新しい わたしがはじまる


びほろ

2013年07月13日 | ふるさと

◇私が生育した街です。


硫黄山

2013年06月24日 | 大自然

◇弟子屈町にある、アトサヌプリ(硫黄山)です。小学校の1泊2日の修学旅行で、美幌峠~和琴半島~川湯温泉~硫黄山~摩周湖~阿寒湖へ行ったことがあります。中学校時代には、日帰りの遠足コースでした。それから数え切れないくらい、硫黄山を訪れました。美幌から行った場合は、だいたいが、ここから摩周湖へ向かうのです。この画像は、昨年10月に撮ったものです。その日は、小雨そぼ降る、肌寒い一日でした。


能取岬

2013年05月25日 | 大自然

◇前方にオホーツク海、左後方に能取湖(のとろこ)を臨む能取岬です。異なる年に撮影したため、晴天と曇天の様子をみることができます。

◇少年時代、私はボーイスカウト活動に励んでいました。あるとき、2泊3日のキャンプをこの場所で行ったことがあります。その頃は、大自然に包まれた生活が日常でした。

 


川村カ子トアイヌ記念館

2013年05月08日 | アイヌ文化と歴史

 

◇旭川市にある川村カ子(ね)トアイヌ記念館です。先住民族同士で互いの文化を学び合うために、台湾の先住民族の人たちが旭川を訪れてアイヌ民族の人たちと交流する、との記事が数日前の北海道新聞に載っていました。この記念館で、イヨマンテウポポ(動物の魂送りの踊り)や、嵐山公園のチセを見学する、とのことです。


チセ

2013年04月11日 | アイヌ文化と歴史

 

◇旭川市の郊外にある「アイヌ文化の森・伝承のコタン」の敷地に建てられている「チセ」です。建築学的にみても、強い風雪に耐えることができる設計になっています。わが国の先住民族であるアイヌの人たちが構築してきた優れた文化と深い知恵が偲ばれます。

◇周辺を流れる川の風情が、ふるさとを思い出させてくれます。

 


カムイコタン

2013年03月30日 | アイヌ文化と歴史

◇深川方面から旭川市内に入ったところに神居古潭(カムイコタン)があります。カムイとは「神」で、コタンとは「集落・里」を意味します。

◇実は、このとき激しい胸痛に襲われてしまい、苦しくてその場から動けなくなってしまいました。周囲にはだれもいなかったため、とても困りました。幸い、数分後には回復しましたが・・。当時はそんなことが、しばしば起こったのです。その後、心臓カテーテル検査をしましたが、異常は見つかりませんでした。間違いなくストレス性の胸痛でした。カムイコタンには、そんな思い出があるのです。