BE2 / ベルギー通信2

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東南アジア旅2013.1.23 プノンペン

2013-03-01 05:30:33 | Travel/Nomad
(プノンペン市外から近いキリングフィールドのチュンエク大量虐殺センター)

夜遅くに宿に着いた。王宮博物館前と立地のいいThe Bright Lotus GuestHouseは中華系のよう。対応はいいし、部屋も申し分なしで16ドル/泊。3階のテラスから通りを見下ろしてプノンペンの雰囲気を掴む。


宿の主人にバイクレンタルを頼む。行きつけの店に連れて行ってもらって1日借りる。5ドル。


さて、プノンペンはラオスと同じ右側通行だが、交通量がハンパない。さすが首都だなあ。通りを横断するにはかなりのテクニックが必要とされる。そのうえ横断歩道でもクルマやバイクの止まる気配は無いし、速度も速い。

そんなわけで、まずは市内を大きく走っている周回路で目と体を慣らす事から始める。チェンマイよりも過激で空気も悪い。自転車でもヘルメットを被っているのを幾つも目にする。要注意だ。


市内を北へ南へと走り回っているうちにお昼になった。ふと停まるとそこは官庁街。どこぞの省庁の前。OLがドアから溢れ出てきた。



トンレサップ川の眺めのいいレストランに席を取った。川を眺めながらのランチはグリーンカレー。これ大好き。日本でもレトルトをよく食べる。Sala Cafeも美味しかったが、こちらのお店のものもイケる。ゆっくりしよう。都市はどこへ行ってもたいした差は無い。見たいものは都市にはあまり無い。




市内を流すと日本が出資したプロジェクトが幾つも目に付く。こちらはJICAによるクリーンエネルギープロジェクト。



こっちはトンレサップ川の護岸と橋梁プロジェクト。日本が貢献してます。



こういう海外支援が沢山投入された国は、施設の名前に英語の振り仮名がたいがい付いている。援助したからには、そこがどういう施設なのか投資国の側が分からなければ意味が無いからだろう。それはラオスもしかり。タイには少なかったから、列強に蹂躙されなかったシャム王朝の強さを改めて思う。だから、街を走って読める名前が付いているかどうかが、自分の中でのひとつの目安にしている。


 * * * * *


カンボジアといえば難民。ワタシのような世代には、カンボジアの印象はそれである。タイ国境側に逃げ込んだ難民は夥しい数に及び、新聞に取り上げえられない日はなかった。国の外には知らされずに毎日大量虐殺がこの国で行われていたことは後になって分かる。

公式的には国民の4分の1、実際には3分の1といわれるカンボジア国民がポルポト政権によって毎日殺されていた。それがキリングフィールドという映画の中で取り上げられていて、若い頃に観てショックを受けた。映画自体は虐殺についてではないが、それをきっかけにして視線が向いたカンボジアの実情が日々次第に明らかになっていくにつれて、ポルポトがナチスにも劣らない卑劣な粛清を行っていたことが白日の下にさらされた。


だれもが夥しい髑髏が積み上げられた写真を一度ならず見たことがあるだろう。人間という地球上の動物が犯した愚かな行為を、この目で見たいとずっと思っていた。カンボジアに来たいという想いは、アンコールワットは差し置いても訪れたいというほど高かった。それが今日達成される。


その場所はプノンペンから15キロほどの場所にあった。名前は「チュンエク大量虐殺センター」。名前からしておぞましい。バイクは止める場所があって、僅かだが駐車料金を払う。係りの人が見張っていてくれるので安心だ。駐車料金を徴収に来た制服の青年は実に丁寧だった。 




門をくぐって入場料を払うと、主要言語のオーディオガイドが無料で与えられる。丁寧な説明が始まり、愚行の数々が行われた現場ごとに進んでいく。とてもここで書き連ねる内容ではない。酷すぎる、惨たらし過ぎる。


修学旅行だろうか、中学生らしいグループが足元を気にしながら歩いていく。



溢れてくる涙を止めることは出来なかった。通路になっている小路には人骨があちこちに残る。下から浮き上がってくるのだ。無論すでに掘り起こしての調査はとうに完了している。頭骨は全て採取したが、それ以外の骨の多くは埋まったまま。雨が降れば骨は出てくる。そんな小路をガイドの番号どおりに進んでいく。オーディオガイドのナレーションとともに。



愚行と言うにはあまりに愚か過ぎる。自然災害でも納得のいかない大量死。増してや人的に殺されたという事実。大量の人の死は東日本震災ボランティアと重なって、感情の高ぶりを押さえるのが難しかった。



施設の門を出て振り返り、合掌する。自分の出来ることは、ただそれだけだ。
駐車係の青年が合掌して挨拶してくれた。キリングフィールドを後にする。もう一度振り返る。



宿に戻ると黄金にライトアップされた王立博物館が美しい。プノンペンに戻ると、忌まわしい過去など感じられない。きらびやかに輝く仏塔を眺めていると、心に深く刺さった傷が時間とともに効いてくる。もうプノンペンは十分だ。他に見たいものなど無い。





だが傷を負ってでも訪れてよかった@BE2
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