
エルコンドルパサーが亡くなって、もう5年も経つんだなぁ…。
孫もいるしねえ。
健康そうに社台のパドックを走り回っていたパサさんが、7歳で亡くなるとは思ってもみなかったしなー。
馬は弱いなぁと痛感した一瞬だった。
メジロドーベルとの愛娘のメジロヒラリーはわがままいっぱいのお嬢様のまま、ターフに現れる事なくさっさと嫁入りし、タキオンとの息子を可愛がっていた。
メイショウサムソンの3冠挑戦を見たくて出かけた菊花賞で、誰よりも先にゴールへ戻ってきたのは、パサーさん最終世代のソングオブウィンドだった。
出走前、「風之歌」のキレイに編まれたたてがみを円形のパドックで眺めていたら、どー見ても馬券を購入できないであろう年齢の少年の群が私の隣にあった。
出走メンバーもよく知らない彼らは、私の新聞をチラ見しつつ、「メイショウサムソンはいいんじゃないの」
「アレ誰だよ?」
「アレなんて名前?ソングオブウィンド?誰?知らないけど、アレが1番いい!」
とそのうちのひとりが断言していた。
「絶対いいよ」
彼はあの時、馬券を購入できたのだろうか?だったら大もうけしたはずだが…。
父よりも、母父のサンデーの面影を色濃く映す黒い「風之歌」と共に、香港へも行った。
あれが引退レースになるとは。
考えてみれば、キセキ君は3歳の春に引退したし、タキオンもダービー前、フネもカメも冬を越さずに引退している。
それを思えば、ソングオブウィンドは冬までもったと言うべきか。
パサーさんの血を繋げてもらいたいと心から。
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