テニスと読書とデッサンと!

夏の夜の夢。

ぼくは夕方の山道を歩いている。

坂の勾配がきつくて10分も登ると

すぐに息を切らしてしまった。

もう少し歩くと道は鋭角に右に折れ

山肌をむき出しにした岩壁が

7〜8メートルほど続く。

岩壁には防空壕らしき穴がひとつ。

いつもは人が立ち入れないように

トタンのフタで閉じられている。

その防空壕の反対側には

ちょっとした広場がある。

ぼくはそこで少し休もうと思った。

ところがそこにさしかかったところで

信じられないような光景を

目の当たりにして凍りついた。

防空壕を背にして少年が

黙って立ってこちらを見ている。

明らかに戦時中のような学徒服、

学徒帽、脚絆を巻いた足元。

広場には兵隊らしい格好をした人が7〜8人。

あれ?もしかしたら何かの

撮影なのだろうか。

でももし仮にそうだとしても

それらしい撮影クルーもいないし

カメラも見当たらないのはなぜ?

 

これは現実じゃないな。

なにか時空の歪みが生じて

時間軸がエラーしているに違いない。

一刻も早くこの場から立ち去りたい。

そう思って足早に通り過ぎようとした刹那、

その少年がぼくに向かってこう言った。

「あのぅ、失礼ですが飯盒を

お持ちではありませんか?」

ぼくは耳を疑いつつ

聞こえないフリをして歩を止めない。

少年の前を通り過ぎたぼくの

背中に向かってその少年は

もう一度声を発した。

「あのう・・・」

少年の声は明らかに切羽詰まっていた。

ぼくは振り返って震える唇で

「ハンゴウ?」と聞き返す。

「そうです。お持ちですか?」

広場にいる兵士らしき人たちが

光を発するような鋭い目で

一斉にぼくを睨む。

ぼくの答えを待っているのだ。

ぼくは空気の振動が伴わないような

かすれた声をやっと絞り出す。

「ごめん、いま散歩の途中なんだ。

持っているのはこの水筒だけ。

もし役に立つようならどうぞ」

「いいえ、それには及びません。

足を止めさせてしまってご迷惑でしたね。 

申し訳ありませんでした」

ぼくは視線を少年から広場に向ける。

兵士らしき人たちはみんな

落胆したように俯いてしまった。

今度は背負っていたリュックを地面に降ろし

それに座っている老兵士が口を開いた。

「あなたはこの辺りに

住んでいらっしゃるのですか?」

「はい」

「まもなく日が暮れます。

防空壕の中に病人が2名寝ていて

かなり衰弱しているので

日が落ちて寒くならないうちに

何か食べさせてやりたいと・・・」

ぼくは壁面に掘られた防空壕を見る。

不思議なことにフタは、ない。

新たな怖さと気の毒な感情が

頭の中で整理されないまま

何か言わなければと感じた。

「それは大変です。家に帰っても

飯盒はありませんが、

何か食べるものを探して

戻ってきましょうか?」

「ありがたい。ご厚意に感謝します」

少年も深々と頭を下げた。

ぼくは来た山道を戻りながら、

今起こっていることを

必死に理解しようと考えたけれど、

現実のこととはとても思えなかった。

ただ"怖い"という感覚は

ほとんどなくなっていた。

戻る途中、外灯に明かりがついた。

明かりがつくと他の場所が

余計に黒く感じた。

 

家に着いて玄関のドアを開けると

先ほどの少年が立っていた。

ぼくは"やっぱり"って思った。

なんとなくそんな予感がしたのだ。

「どうしたの?」

ぼくが聞くと少年はこう答えた。

「食料は無事調達できました。

もう私たちのためにお出向き

いただく必要はありません。

祖父からそれをお伝えするようにと

言い使って参りました。

ありがとうございました」

少年は目に涙をいっぱい溜めていた。

「あの方は君のお爺様だったの?」

「はい」

「それはよかったね。

でもまだ病気で寝ている方が

いらっしゃるんでしょ?

毛布か何か持っていこうか」

ぼくがそう言っている途中で

少年の姿は輪郭だけになり

まもなく完全に消えてしまった。

 

土の匂い、少年の声、夕焼けの色、

兵士のギラギラした目、風の冷たさ、

坂を下る足音、少年の消え方。

なにもかもが実際に起こっている

ようなリアリティのある夢。

これはなにかのサジェスチョン?

耳に違和感を覚え手で触ると

かなり濡れている。

ぼくは夢の中で泣いていたのだ。

 

あの山道は明らかにいつもの散歩道。 

よく知っているけれど、

防空壕もあの広場も実際にはない。

きっとどこか別の道を歩いていて

記憶されていたものが

ごちゃ混ぜになったのだろう。

こんな夢は初めて。

でも何とかあの人たちの役に立ちたかった。

いまはそんな残念な気持ちに支配されている。


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コメント一覧

boomooren5933
@carp1402 carp1402さん、フォローをありがとうございます。さくらこさんのお友だちなんですね。くだらないことばかりを投稿していますが、今後ともよろしくお願いいたします。
Unknown
あっ、フォローさせていただきます。よろしくお願いします!
Unknown
こんばんは。sakurako62さんのご紹介で読ませていただきました。私は怖い夢は見たことないので興味深いお話だと思いました。
boomooren5933
@sakurako62 驚くほどはっきりした夢でした。夢見ている時は夢だって気がつかないから、とても怖かったです。
Unknown
こんばんは😃🌃

😱😱😱😱😱このお話しは
フィクション?
ノンフィクション?
気になって今日は眠れません〰️☺️
          sakurako
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