紅点

空想上の無敵イケイケ総理大臣が頑張る物語です。
10~20話の予定です。

紅点 第2話:出会い

2012-03-08 20:50:16 | 小説
紅点(BENI TEN)


第2話:出会い

午後8時きっかりにインターフォンがなる。
杉田が下野を迎えに来たのだ。
下野「お前が直接来なくてもいいだろう。忙しいのに。」
だが、逆に不思議そうな顔を向ける杉田。
杉田「私も出撃するのですから、行く道にあなたを迎えに来てもおかしくはないでしょう?」
下野「なんだって?お前も行くの?戦場に?自分の立場わかってる?」
杉田「あなたに言われるのは心外ですな。」
そんなやり取りが一段落した後、愛生が声をかける。
愛生「あなた…気をつけてくださいね。」
下野「まぁ、今更そんなに惜しくもない命なんだけどな。」
愛生「あなた!」
小娘のようにむくれて見せた。
下野「悪かった。ちゃんと帰ってくるよ。」
黒いリムジンに乗り込む二人。
分厚い防弾ガラスのドアがずしんと閉まった。
車を見送る愛生は…不安を紛らわすためだろうか…初めて下野紘と出会ったときのことを思い出していた。
愛生「あの人にはずっと、びっくりさせられっぱなしだったわ。」
目を伏せると何十年も前の記憶が、昨日の出来事のごとく鮮明によみがえってきた。

豊崎愛生、都立奥沢高等学校1年。
春、高校生初めての1学期が始まってまだ1週間たらず。
そんなある日の昼休みに幼馴染の神谷浩史が彼女の教室まで訪ねてきた。
愛生は友人に囲まれ自席でお弁当を食べている。
のんびりと口を動かしながらマイペースで箸を進める愛生。
神谷「おーいたいた。あーちゃん、あーちゃん。」
名前を呼ばれ箸の先っちょをくわえながら、きょとんとしている愛生。
手提げ袋を持った神谷が駆け寄ってくる。
愛生の友達はキャーと黄色い声を上げて興奮している。
神谷浩史と言えば都内でも5指に入る剣士、我が高の絶対なるエース、剣道部部長である。
多くの女子は彼に清廉潔白にして古風、禁欲的な古武士のイメージを抱いている…そう皆が誤解している。
愛生はごくんと口の中のものを飲み込んでから答えた。
愛生「あれ~、おにいちゃん。何か用?」
神谷「ああ、ちょっとあーちゃんに助けて欲しいんだ。」
愛生「別にいいけど。何をすればいいの?」
と、ここでぽりぽりとあごの下を指で掻き、目をそらせる神谷。
すぐにずばっとは言いにくいようだ。
神谷「俺さ、剣道部の部長になったじゃん。」
愛生「知ってる、家で聞いたじゃない。”こんな早い時期に大抜擢、俺って天才ひゃっほー!”って。」
二人の両親は同じ会社に勤めており仲がいい。
二人が小学生のときまでは同じ社宅に住んでおり、親同士の付き合いは深かった。
神谷と愛生も何度も会ううちに仲良くなり、今では”あーちゃん”、”おにいちゃん”で通じる仲だ。
社宅を出た後も、同じ会社の仲のよい3家族でいわゆるコーポラティブハウスを建てた。
つまりは3家族共同で皆で住める大き目の家を1軒建てたということで、無論家族毎に玄関は違うが基本的に二人とも同じ屋根の下に住んでいる。
親が仲良しなので夕食を共にすることもしばしばだし、子供たちもまるでわが家のように他の家族の部屋に遊びに行っている。
と、言うか特に仲の良い神谷家と豊崎家は玄関こそ別れているが、両家の廊下にはお互いの部屋へ行き来できるドアが1つ設置されているのだ。
二人は兄妹同然に育った。
神谷「でさ、今年はなんと言うか新入部員が少ないというか…実は現時点でゼロなのだが、、兎に角苦戦しているんだ。」
愛生「ふーん、大変だねぇ。」
この娘、深刻さを表現するのに適した顔はしていない。
マイペースでお弁当の続きをはじめる。
それを見てがっくりくる神谷。
神谷「おーい、判ってるかー。剣道部ピンチなんだぞー。」
まずそこを判ってくれないと次の話ができないのだが。
愛生「うん、今聞いた。ぷはー、暖かいお茶おいしー。」
だめだこりゃ。
愛生の顔を両の手のひらで挟み自分のほうに向ける。
神谷「お前、俺のこと助けてくれるんだよな?言ったよな?」
愛生「だふぁりゃ、にゃにほすへびゃひーにょ?」
ほっぺたを押さえつけられているのでしゃべりにくい。
神谷「剣道部のマネージャーになってくれ。」
露骨にいやな顔をする愛生。
愛生「ごふぇんなひゃひ」
深々と頭を下げる…断られたぜ。
神谷「たーのーむー!」
顔の前でバチンと手を合わせ拝み倒す。
愛生もさすがに困った様子だ。
愛生「なんでマネージャーなのーっ。」
神谷「わが剣道部は新入部員獲得のために、人寄せパンダを必要としている。」
愛生「なんで私なの?」
神谷「あーちゃんさ、自分ではどう思っているか知らないが、見た目は結構いいんだよ。」
愛生「でっへー、まじですかー。」
照れて身をよじった。
神谷「加えてその性格。ぼんやりぼやぼやマイペースでのほほーんとしてて、ド天然。ひっじょーに憎まれないキャラクターだ。」
愛生「おにいちゃん、それ褒めてるの?」
一転し、愛生の疑念に満ちた視線。
神谷「ああ、ウルトラスペシャルゴールデンマキシマムマーベラスインクレディブル…あと、えーと、えーと、、とにかく最上級の評価だとも。」
力強く言い切ったその顔は真剣そのもの。
愛生「うそだー。性格を褒めるときって、しっかりしてますねーとか、よく気が利きますねーとか言わない?」
それを完璧に否定するため、手のひらをびしっと横に振る神谷。
神谷「そんな完璧超人、人寄せパンダにはならん。断じてならんっ!」
愛生「えーーっ、何理論なのそれ。」
神谷「犬や猫、そしてパンダがなぜ愛される?見た目と、人の心の隙をつくマイペースで意外性のあるすっとぼけた行動だ!あーちゃんはそれを持っている!生まれついての小動物キャラだ。このハムスターめがっ!!」
びしっと力強く愛生を指差すと、ぐるぐると目の回った混乱顔。
愛生「え!えええぇぇっっ!!」
いや!ハムスター可愛くて私も好きだけど。
同等であると評価されてまんざらでもないけど。
”可愛さ”で評価してくれたんだよね?”知力”とか、”無力なところ”とか…違うよね、そうじゃないよね?
神谷「お前中学生のときも、その無添加天然素材遺伝子組換えで無いっぷりで男女問わず人気者、友達ホイホイだったじゃないか。今一度頼むっ。豊崎愛生という才能を、我が剣道部のために使わせてくれっ!」
自分に対し土下座しようとする上級生をあわてて制する。
愛生「わかったから土下座はやめて!皆見てるから。」
幼馴染のOKの返事を聞き、満足そうに堂々と立ちそびえる神谷。
神谷「よし。では今日から早速活躍してもらおう。」
愛生「何するのかわからないけど、部室に行けばいいの?」
首を横に振りつつ紙袋を差し出す神谷。
神谷「それでは遅い。HRが終わったら即刻、これに着替えて校門前に来てくれ。勧誘のためテーブルを一つ置く。お前は看板を持って横に立っていてくれればよい。文字通り看板娘ってわけだ。わはははは!」
愛生「いや、いや。うまくないから。」
手首から先を激しくふり否定しつつ、紙袋を受け取る愛生。

そして放課後。
校門の前、神谷はすでに来ており、テーブルに入部届けの束を置き椅子に座っている。
一体何十人入部させるつもりなのだ?ギネスに挑戦か?
愛生が持たされる予定の看板は彼の後ろに横たわっている。
そこに愛生がやってきた…ごくふつーに制服のままで。
神谷「なぜ着替えてこない。」
顔を真っ赤にして紙袋をつき返す。
愛生「むり。」
神谷の顔にはこう書いてある”遺憾である”。
神谷「俺はあーちゃんの100%が欲しいんじゃない!120%が欲しいんだっっ!!」
急に立ち上がり、愛生の制服のボタンに手をかける。
思いあまり、ここで着替えさせる気だ。
愛生「むり!むり!むり!むりぃーっ!」
ぼすんと地に落ちる紙袋。
中身は胸元が大きくハート型に開き、スカート部も超ミニのチャイナ(エロ)ドレスだ。
逃げようとする愛生の腰に手を回し阻止する神谷。
愛生は神谷の頭をぽかぽかたたいたり、腕や肩を押したりして抵抗する。
さぁ観念しろと神谷は抵抗する愛生を押し倒そうとしている。 
下野「あのぉ、」
そこにやって来たのが、同じく新1年生の下野紘だった。
後ろに転がっている看板をちょこんと指差した。
下野「剣道部の勧誘をやっているんですよね?たぶん。」
二人の動きがピタリと止まる。
恐る恐る、しかし期待に胸高まりつつ神谷がたずねる。
神谷「ひょっとして、入部希望?」
下野はややうつむき加減に答える。
下野「まだ迷っていて…。ひょっとしたら今、相談するいい機会なのかなと思って。」
愛生はその様子を見て、シャイなおとなしい子なんだなぁと思った。
そう、とても日本刀で人を切るなんてできそうに無い、虫も殺せない優しい男の子に見えた。
神谷「まぁ、兎に角座ってくれよ。」
下野は肩をすくめて小さく座っていた。
愛生は最初感じた印象をさらに深めた。
神谷「迷ってるって言ったよね。剣道の経験が無いってことかな?」
下野「はぁ、そうですね。竹刀は振ったことがあるのですが、剣道の経験は無いかもです。」
どういうことだろう?
竹刀を振ったことがある=剣道をしたことがある…ではないのか?
お互いの顔を見合わせる神谷と愛生。
神谷「ええっと、今までは遊び程度のたしなむ程度だったけど、本気でやってみたくなったって理解でいいかな?」
誤解を恐れ、あわてたように否定する下野。
下野「いえ!剣道の試合とか、大会とかには興味ないんです…全然、まったく…あの、それがちょっと言いにくいことだったのですけど。」
ますますわけが判らない。
音の無い状態が数秒続き、なぞの手がかりを得るべく神谷が声を発した。
神谷「じゃあ、君は何がしたいのかな?教えてくれれば力になれるかもしれないぜ。」
前向きなその一言に救われたように下野の表情が明るくなった。
下野「剣道場の裏にちょこっとだけ空き地がありますよね。」
神谷は剣道場と部室棟に挟まれたわずかな空間をすぐに思い浮かべた。
神谷「ああ、あるね。」
下野「あそこを使わしてもらいたいんです。」
謎は深まる一方だが、とりあえず剣道部部長として言うべきことを言った。
神谷「いいけど、うちは剣道部だから、剣道に関係ないことはできないよ。」
すると、また下野は小さくなりしょんぼりしてしまった。
神谷「剣道に関係ないことなのかい?」
下野「昔は竹刀や木刀だったんですけど…」
判らない。
まったく判らない。
この1年生は何がしたいのだ。
推測不可能だ、答えを聞いてしまえ。
神谷「何がしたいのかずばり言ってくれよ。言うだけならタダだぜ。」
そうですねとぐっとこぶしを握り締める下野。
その様子がかわいくて、愛生は思わずくすりと笑みを漏らした。
基本良い子なんだなと思った。
下野「あの空き地に鉄骨を立てて、鉄筋で打ち込みをしたいんです。」
え?神谷と愛生はまったく同じタイミング、まったく同じ表情でぽかんとした。
高校生には縁の薄い単語が二つ登場した。
”鉄骨”と”鉄筋”だ。
神谷「鉄骨って”てつのほね”って書く鉄骨?」
下野「はい。」
愛生「鉄筋って”てつのすじ”って書く鉄筋?」
下野「そうです。」
答えは文字列として判明した、だが、まったくをもって理解しかねる。
答えの意味が判らない、鉄骨を鉄筋で叩くって何の工作過程なのだ、それとも体で表現する芸術の一種か。
神谷「ふつーに竹刀じゃだめなの?」
困った顔で下野が答える。
下野「ええ、鉄じゃないとだめなんです。父に頼んで家の庭に鉄骨を立ててもらったのですが、鉄筋で打つ音がうるさいと近所から苦情が来まして…。どこか他にいい場所が無いか悩んでいたのです。」
神谷「念押しの確認だけど、君がやることは剣道…」
下野「…っぽいことです。」
テーブルに突っ伏して涙目の剣道部部長。
神谷「っぽいことなんだ。そいつぁーまたこれ微妙だなーっ。」
だが、どうしても新入部員が欲しい。
まず一人欲しい。
一瞬顧問の先生の顔を思い浮かべいけるかなーと思う、そしてやっちまえと下野に入部届けとボールペンを差し出した。
下野の顔がぱあっと明るくなる。
下野「いいんですか!?」
神谷は部長としての苦悩をかみ殺し、ただ親指を立てた。
嬉々として入部届けを書く下野。
そして満面の笑顔で神谷に差し出す。
横から覗き込む愛生。
愛生「えーと、下野くん。」
と名前を呼びつつ、小動物系のにっこり笑顔をつくる。
この笑顔で友達3桁作ってきたのだ。
下野「はい!下野紘です。よろしくお願いします、先輩。」
その言葉にびっくりして目の前で手を振る愛生。
愛生「ち、違うよぉ!私も一年生だから。」
下野「あ、そうだったんですか、すいません。勧誘してるからてっきり…。でも、やっぱり女の子も剣道するんですねー、強いんですか?」
いや、いや、いや、私はやんないから。
さらに激しく手を横に振る愛生。
言葉にできていない幼馴染にあい変わり、神谷が答える。
神谷「このコは豊崎愛生。剣道部の…」
下野「剣道部の?」
神谷「…マスコットだ。」
このせりふに一番驚いたのは愛生だった。
愛生「マネージャーじゃないの!?」
下野「マスカット…ですか。」
神谷「そんなフルーティーなもんじゃねーよ。まぁ、剣道部にハムスターが一匹、うっかりちゃっかり生息していると解釈してくれ。練習に疲れたときにでも適当に愛でてくれればいい。頭なら撫で放題だ。」
下野「へー。」
なぞの関心顔。
愛生「おにーちゃんまたハムスター言った!下野君も納得しないっっ!!」
≒妹の抗議を完全スルーした神谷は下野に右手を差し出す。
神谷「俺は部長の2年生、神谷浩史だ。よろしくな。」
下野「1年2組下野紘です。よろしくお願いします。」
握手を交わしたとき、神谷は分厚い手の感触に驚いた。
彼の見た目はこんなに幼いのに、手の大きさも容姿なりなのに、人間離れしてがっしりした感触はまるでサイボーグ…カーボン繊維で編みこまれたような握り心地の違和感。

翌日、教員室に来た神谷は下野と鉄骨の件を顧問の櫻井孝宏に伝える。
櫻井「へぇ、面白そうな1年だな。」
入部届けをまじまじと見る。
神谷「ええ、握手したときの感触…只者じゃない感じがしました。」
それを聞いてさらにうれしそうにへっへとわらう。
櫻井「よしよし、いいぜいいぜ。でも、校長に話しつけるからちょっと時間くれよ。」
ぽんと神谷の肩をたたく。
神谷「お手数をおかけします。」
櫻井「いいって、いいって。俺はこういうのが大好きなんだ。まぁまかしときな。」
神谷はかしこまって一礼し立ち去りつつ、櫻井先生ならこう来ると思ったとほくそ笑んでいた。
結局、鉄骨を立てる工事は、翌週の土曜日に行ってよいことになった。

さてさて、それまでの1週間。
剣道部の放課後の勧誘活動は続いた。
メイド服で看板を持つ愛生。
ドエロ仕様のチャイナドレスは断固拒否し、露出の少ない定番のメイド服で手を打った。
しかしマスコットガールの効果は絶大で、結構な人数席について神谷の話を聞いてくれる。
最終的に1週間で+6人の1年生をゲットできた。
例年より少ないが絶望的な状態は回避できた、部長大満足。
神谷「俺ってやはり天才だなーっ。新入部員0の危機など、俺にとってはなんの障害でもなかったわ!はははのはーっ!」
増長した末欲は膨らみ、今後も定期的に勧誘を続けることにした。
ぶっちゃけ愛生を使えばまだいけると確信していた。
そして来る土曜日。
学校に1台のユニック(クレーンつきのトラック)が学校にやってくる。
乗っているのは下野とその父親。
工事の立会人として、櫻井先生が出迎えた。
そして、剣道場の裏に行き、3mあまりの鉄骨をクレーンで吊り上げる。
鉄骨の断面はH型で一辺は30cm程度ある。
最初、スコップで土を30cmほど掘り、鉄骨を差し入れる。
次にクレーンのアームを慎重に下げ、横から鉄骨を支えるようにする。
この間下野は鉄骨が反対側に倒れないよう手で押さえていた。
後は父親がハンマーで鉄骨の頭をガンガン叩くのだ。
ユニックの荷台に大きな木箱を置き、その上でハンマーを振るう。
1m以上打ち込んだので、地表に突き出ているのは2m弱…丁度人の背丈ほどだ。
次にその根元に竹刀程度の長さの野太い鉄筋を5本おいた。
5本とも錆止めの赤い塗装がしてある。
まっすぐに立つ鉄骨を見て、本当にうれしそうな下野の顔。