紅点

空想上の無敵イケイケ総理大臣が頑張る物語です。
10~20話の予定です。

紅点 第5話:試作機色

2012-03-28 21:00:33 | 小説
紅点(BENI TEN)


第5話:試作機色

輸送機はリビアに到着。
機内で軟式甲冑を身に着ける隊員達。
いよいよ実践なんだと、ブツブツと泡立った実感が全身を這いずりまわり指先が震えだす者も少なくない。
全身になんともいえない痺れを感じ、これは夢なんじゃないかとすら思う。
隊員達は平和な日本に生まれ育ってきた。
そんな自分がこれから人殺しをするなんて、にわかには信じられない。
彼等は下野が政界から退いたあとの平和な世界で青春を過ごしたのだ。
それにしても軟式甲冑は柔らかく、人の体の動きに追従し軽い。
こいつの性能は良く知っているが、本当に自分の身を守ってくれるのか疑わしくなってくる。
そんな不安に心曇らせつつも若者たちに尊敬のため息をつかせているのは、杉田の鍛え上げられた体だ。
どっしりとした腹部は野太いインナーマッスルを予想させるのに何の不足も無い。
上体の肉付きは標準的だが体幹につながる背筋は見事に発達している。
足の甲は盛り上がり、足の裏にはバナナが一本仕込まれているのではないかと思うほどがっしりした筋肉が縦方向にある。
必要な筋肉は貪欲に備え、不必要なものは脂肪どころか筋肉や骨すらそぎ落とす。
徹底的に戦いに特化した物騒な体だ。
隣で着替えていた間島が、杉田の呼吸回数が異様に少ないことに気づいた。
心肺機能も人並みはずれていそうだ。
間島「大臣。」
自分が隣にいるのだ、皆の敬意を代表して言うなら自分だ。
杉田「なんだ?」
ギっと見られると、恐れ多く息を飲んだ。
間島「日本刀のようなお体です、驚きました。いったいいつ鍛えていらっしゃるのですか?」
杉田はこの若造になんと言って喝を入れてやるか、一間考えた後答えた。
杉田「例えば今だ。」
その台詞に皆どきりとした。
かっこよすぎると、周りにいた男どもがその台詞に惚れた。
右手で間島の頭を鷲掴みにする杉田。
杉田「常に戦っていろ。貴様のような子犬は地獄の門の手前で蹴り返されるだけだな。」
その迫力、間島は形ばかりに判りましたと答えるのがやっとだった。
皆より遅れて下野がやってきた。
ゆかな「おじさん、おそーい。」
これに照れ笑いで答える下野。
下野「俺もじぃちゃんなんだからさ、大目に見てくれよ。」
皆と同じパールホワイトに日の丸を背負った、美しい軟式甲冑を手にしようとして杉田に止められる。
別な軟式甲冑をずいと力強く差し出す。
それは無塗装。
素材である東レゼロFIIIのままの色。
つやの無い、やや黄色味がかった白。
杉田「白い悪魔はこの試作機色でなければなりません。」
下野に手渡されたそれは背に日の丸が無い。
しつこく書くが全くの無地だ。
下野「試作機色か、」
ここで、軟式甲冑が開発された経緯をちょっと書きたい。
大学を卒業した下野紘は、神谷の勧めで自衛隊に入った。
そして半年間の研修が終わった後、すぐに新しい防弾チョッキ開発の担当になった。
新入り隊員だが仕事内容は士官扱い。
共同開発者は東レ株式会社。
前年、東レが高速で衝突してきたものを表面で滑らせる性質を持つ、純白の素材を発表した。
低反発素材と組み合わせて、精密機械を衝撃から守るジャケットに使えると判断し、MIL-STD-810Gに準拠可能な試作品を展示会に出展した。
素材にはゼロFと言う名前が与えられている。
ブースの天井からぶら下げたiPadにジャケットを取り付け、ハンマーで思いっきりぶったたくデモを行っていた。
ハワイまで行って行って録ってきた、拳銃でジャケットを撃つ実験のビデオもブース内のテレビモニタで流されていた。
これを見た自衛隊の士官が、この素材を防弾にも使えないかと考えたのだ。
それは軽い思いつきだった。
その新し物好きの士官が持ち帰った報告が、小規模だがひとつのプロジェクトになったのは、たまたまその年に下野が入隊してきたから。
上層部は”下野に丁度良い”と判断した。
東レからは石田彰と言う博士号を持つ研究員が派遣されてきた。
角度や素材の厚さ、素材を引っ張る張力などを変えながらライフル等で撃ち、データを収集する毎日。
そのうち、銃で撃つ以外の他の方法でゼロFを攻撃をしたらどうなるかという興味がわいてきた。
実験の結果、電気も通さなければ耐酸性なども極めて高いことがわかった。
その優秀な実験データを見て、これを単なる防弾チョッキ以上のものに使う構想が下野の頭にうかぶ。
夢見るような目をしだしてからの数日、下野は演習場の片隅に設置された実験場に現れなかった。
レシピに従い、一人淡々と実験を続ける石田博士。
ある日突然、下野は実験場に戻ってくる。
手に数枚のスケッチを握っている。
下野「博士。実験を中断してください、研究室に戻りましょう。ちょっと打ち合わせをしたいのです。」
いったい何を打ち合わせしたいのかわからないが、とりあえず言うとおりにする。
下野は自衛隊では将来を背負う逸材とされていた。
そのことは上層部より、石田博士にもよくよく念押し伝えられている。
貴重な人材であるから、大切にせよと言われている。
特に”失敗をさせるな”と言われている。
石田「いいですよぉ。じゃぁ、ちょぉっと片付けちゃうから、5分待っていてくれるっかなぁ?」
勢いハイと返事をした後首を振り、自分も片づけを手伝う下野。
研究室に戻ってくる二人。
石田博士がコーヒーを煎れてくる。
すでに打ち合わせテーブルに座っている下野に差し出す。
下野「どうも。」
コーヒーを一口飲みながら、だらっと席につく石田博士
石田「でぇ~、、話があるんですよぉねぇ?なぁんですぅ?」
右手に握り締めていたスケッチをテーブルの上に広げる下野。
アニメに出てくるヒーローのようなものが描かれている。
一見幼稚なそれを見て、石田博士は一瞬コーヒーを噴出しそうになった。
我慢した反動で咳き込む。
石田「えぇーとーぉ。なんですか?これ?」
結局耐えかね、失礼な反応をしてしまったわけだ。
だが構わず真剣な表情で語りだす下野。
下野「石田博士、ゼロFはとんでもない代物ですよ。」
軽くうなづく石田博士。
これは”幼稚な発想だと馬鹿にしないで、ちゃんと聞いているよ”というポーズ。
また、自社製品が極めて優れているというアピールでもある。
下野「自分はゼロFを用いて、歩兵の戦力を戦車や戦闘機と拮抗するレベルまで高めることができると考えています。」
石田博士は”なるほど、そんな面白おかしいことを考えていちゃってたんだ”と困り眉をひそめる。
正直イタいと苦笑を押し沈めるのに必死だった。
だが相手は期待の大型新人、腫れ物を触るように扱わなければならない。
否定発言も、真綿でくるみリボンをそえて口にする必要がある。
石田「ええとぉですね。ゼロFは整形後の加工が非常に困難な素材なので、、この様な人の全身を覆う複雑な形だとっすね、加工費がかかりましてぇえ。何億円もする代物になっちゃうんですよぉねぇえ。」
億単位の金額を突きつければ、きっとひるむだろうと考えた。
しかし下野に引き下がる気配は無い。
テーブルをダンと叩く。
下野「それでもです。ゼロFを用いれば、そのずば抜けた防御力で対人兵器は無力化できます。」
石田「ですねぇー。。」
これには頷かざるを得ない。
実験結果がそう言っているから否定できない。
石田「でも、戦車砲や迫撃砲撃たれちゃったら、ちょっと厳しいかもですよね?」
下野はまさにそこだと言わんばかりに身を乗り出してきた。
下野「直撃しなければ大丈夫です。ゼロFの性質を最大限に高める、力をそらすような動きも考えました。着弾後の衝撃回避動作になるので、自分はこれを”遅延回避”と名付けました。」
これはかなり本気だな、やばーいと思った。
”遅延回避”ですか、名付けちゃいましたか。
あるある、若いときはある。
石田「中二病乙。。」
下野「はい?」
いかん!いかん!つい口をついて出てしまった!!だが、声が小さすぎてはっきりとは聞き取れていないようだ。
あっぶなーっっ。
こりゃぁ、諦めさせるにはかなりてこずりそうだ。
どう断ったものかアイディアをひねり出すために、コーヒーをもう一口飲む石田博士。
下野「対戦車兵器等は歩兵を狙うことを想定していません。人という小さな的に直撃させるのは困難なはずです。防御力が同等なら的の小さい歩兵の方が断然有利なんです。」
うーん、これはこれはものすごく筋の通ったドリームだ。
なまじ頭がいいと妙なことをさも正しく言い切るからなー、困ったものだにゃー。
なんとなーくごまかしてやり過ごし、忘れたりあきらめたりするのを待つのは無理っぽいかにゃー。
そもそも僕は科学者であり、人をうまく誘導して扱うようなテクニックは持ち合わせていないんだよにゃー。
だが、あきらめてもらわないと困るんだよにゃー。
下野君に変なことさせたら怒られるの僕なんだよにゃー。
石田博士は変化球を使った説得はあきらめ、彼に自分の立場を判ってもらうことにした。
深い溜息と共に彼の名を呼ぶ。
石田「下野君。」
下野「はい。」
下野は真剣な表情を決して崩さない。
石田「君ぃ、、なんで入隊早々こんな研究を任されたか判ってるぅ?」
力強い答えが帰ってくる。
下野「いえ!考えたこともありません。自分は与えられた任務を全力で行うだけです。」
がっくりきた。
そーなんだ、考えたこと無いんだ。
ふーん、すげー。。ある意味立派だわぁー。
気を取り直して説明を続ける石田博士。
石田「君わさ、自衛隊の大型新人、期待の星なんだよう。」
下野は表情を固まらせ、それまでまっすぐに向けてきていた視線を逃げるように下にそらし照れた。
下野「そんな、自分なんて。何もできないひよっこです。」
その様子を見て、しめしめ今の一言は効いたなとほくそ笑む石田博士。
石田「うーん、それが本当にゃんだにゃー。でさ、上層部としては君を手っ取り早く昇進させたいわけなんだよねぇ。」
下野はうつむいたまま小さくなっている。
下野「は、はぁ。」
よしよし、抑え込めてる。
もう一息だ。
勝利を確信し、とどめの一言を放つ。
石田「でさ、君に防弾チョッキ開発の仕事を任せたわけー。何でも良いから昇進させる理由、つまり君の実績が欲しかったんだねー。だからさ、失敗する可能性のある青臭い夢見がちなプランに、僕はうんと言えないんだよぅ。悪いけどね。自衛隊が欲しいのは君の成功だっけなのさぁ。例えそれが取るに足らない小さな成果でもね。」
これで決まったろうと、下野を見るとむっとしている。
鋭い視線をナイフの様にのど元に突きつけられた。
下野「失敗上等です。国民の血税をつぎ込んで失敗したら、僕がその費用を一生をかけて返済します。」
うっひょー、想定の斜め上の答えが返ってきた。
”失敗したら研究費は自腹で返済する”って何語だよ?
僕の言い方どこが間違っていたんだろう?
自分の台詞を今一度思い出す石田博士。
石田「え~っっ。」
困り果ててまじりっけの無い弱音が口から出る。
テーブルに両手をつき頭を下げる下野。
ごつっとテーブルにおデコを叩きつける音がした。
下野「自分は本気です。やらせてください。お願いします。」
ぐわー、きたきたっ。
土下座キタ。
いや、頭下げられてもムリだから。
上層部から怒られたら、僕の会社丸ごとやばい感じになるから。
どうしよう?
でもでもでもなんかもう、ある程度妥協するしかない感じだにゃー。
あきらめ気味に腹をくくる石田。
石田「じゃぁ、とりあえず一着だけ、試作機作ってみる?」
それであきらめてくれと言う願いをこめて言ってみた。
未だ頭を下げたままの下野。
下野「博士!ありがとうございます!!」
その日から、試作機の設計が始まった。
CADで設計した形に整形したゼロFの布地を、下野の肩など該当部にあてがってみる。
不満そうな下野。
下野「これだと、肩を上げたときに厳しいですね。ほら、ちょっと突っ張る感じです。」
うーんとうなる石田博士。
石田「えーまじすかぁ?じゃあここも分割しないとダメっすかね?でもコスト上がりますよぉ、ちょっと突っ張るくらい、我慢できませんかぁ?」
迷わず答える下野。
下野「コストダウンは後で考えることです。まずは必要な性能を実現しましょう。パーツを分割して解決できるならそうしてください。」
がっかりする石田博士。
石田「パーツ点数減らしてコスト下げるためにこの複雑な形考え出したのにー、神発想だったのにぃぃいいーーっ。」
ごねられようが、固く首を横に振る下野。
下野「ダメです。別けてください。」
己れのこだわりを貫き通す下野。
10ヶ月をかけて、設計図”軟式甲冑0ノ24型”は完成した。
設計図を東リ本社に回し待つこと3週間。
試作機”軟式甲冑0ノ24型”が二人の元に納品された。
素材の色そのままの純白。
梱包を解き、設計図とつき合わせて各部をチェックする。
股間やひざの裏の形状に変更が加えられていた。
二人はできるだけ体に密着していたほうが良いと考えて寸法を決めたが、製造は一部のパーツについては人体との間にわずかな隙間ができるように作ってきた。
唇に拳を添える石田博士。
製造ミスかなという下野の視線をちらりと確認する。
石田「うーん、こっちのほうが良いって言う製造の判断かもなぁ。奴らも試着しながら作ってきたはずだからねぇ。。」
そういうものなのかと、ちょっと感心する下野。
急にただの物である試作品から人のにおいがしてきた。
作り手の魂を感じた。
下野は開発プロジェクト初体験、そういった他部署とのやりとりは判っていない。
そこらへんの裁量は石田博士におんぶに抱っこ、お任せするしかない。
下野「博士が良いと思うなら、自分も良いと思います。」
へらへらと笑顔を作る石田博士。
石田「いいと思うよ。あのおやっさんが、寸法間違えるはずないもんねぇ。考えがあってのことさぁ~。」
早速下野が試着する。
頭のてっぺんからつま先までゼロFの素材で作られた、軟式甲冑0ノ24型。
石田「どんなもんっすかね?」
ヘルメットを被っていて表情は見えないが、声でわかる。
下野「軽いです!」
今の彼の表情は、手応えを実感する笑顔のはずだ。
更に2週間後、川崎重工に発注していた軟式甲冑用の器具類が納品されてきた。
左腕につける小型ジェットエンジン。
火器を収納するバックパック。
脚部のダンパーだ。
早速装着してみるとバックパックの背中にあたる部分がよくなく、うまく収まらない。
設計図を見ながら採寸する。
下野「寸法は合ってますね。」
石田「ガチョーン。こりゃあ痛恨の設計ミスっすね。」
やてもたーっと後ろに反り返る石田博士。
もう一度バックパックを下野が背負ってみる。
石田博士が想定した位置よりやや下にバックパックが納まっている。
そうか、、やや垂れてくるんだと後方によろける。
人体が柔らかいてことを考慮に入れてなかった、肩のあたりが沈んでいる。
下野「どうです?作り直しですか?」
問題の箇所をじっと見る石田博士。
ここらへんに収まり上の遊びを作ってやればいいはずだ。
石田「うーん、いーやぁ。。肩側の構造材をちろっと削ればいけるかもー。」
早速電話で事情を話し、川崎重工の技術者にきてもらうことにした。
電話を切ってから10分もしないうちに、下野のPCにメールが来た。
明日”鈴木達央”という技術者を向かわせるので、入場申請をしておいて欲しいという。
石田「はっぇ~。川崎重工、神対応っすなぁ。」
翌日の朝10時、予定通りに鈴木は軽自動車に乗ってやってきた。
先ずはお決まりの名刺交換。
下野「急に来てもらってすいません。」
顔の前で手を横に振る鈴木。
鈴木「とんでもないですよ。それより状況を詳しく教えてもらえますか?さっさとやっつけちゃいましょう。」
バックパックを背負う下野を前に説明する石田博士。
鈴木「なるほどね。確かにちょっと削ればいけそうですね。ここは肉厚だから削りしろは十分にあります。で、どこで作業をすればいいですか?ここだと部屋が鉄粉まみれになっちゃいますけど。」
顔を見合わせる石田と下野。
下野「表へ、実験場に行きましょう。」
うなづく石田。
鈴木「了解っす。じゃ、車に戻って工具持ってきますわ。」
下野が判りましたと答えるより先に石田が、もっと効率の良いやり方を提案する。
石田「下野君はバックパックを持って先に行っていてくれるかな?僕は鈴木さんといっしょに駐車場に行って、実験場まで案内するよ。」
それがいいと頷く下野。
そして実験場。
鈴木は慎重に構造材を削ってゆく。
ちょっと削ってはあてがい、またちょっと削ってはあてがう。
5回ほどそんな作業が続いた。
下野「あ!これ良いです!ぴったりです。」
その一声に石田と鈴木のほっとした表情。
収まりを目視確認してみると確かにぴったり。
石田「いやー、いい仕事してますねい。」
自慢げに鼻の下を人差指で一擦りする鈴木。
鈴木「へへっ。ま、ざっとこんなもんですわ。他には何か?」
下野が振り返って答える。
下野「いえこれだけです。ありがとうございました。助かりました!」
礼を言うと工作バカのまっすぐな笑顔が見えた。
鈴木「またなんかあったら俺を名指しで呼んでください。こういう面白そうな代物、たまんなく大好きなんですよ。そいじゃ!まいどありがとうございましたっ。」
なんだかさわやかに帰っていった。
一ヶ月後、石川英郎陸将補が研究室にやって来た。
石田が笑顔で出迎える。
石田「これわこれわ石川さん。ようこそいらっしゃぁいまぁーしたぁ。」
下野は無言で敬礼。
石川「下野、来い。」
下野「ハイ。」
そのまま何の説明もなく研究室を出てゆく石川。
遅れじとついてゆく下野。
ヘリがエンジンを止めずに待機している。
石田「乗れ。」
下野「ハイ。」
ヘリで移動なんて驚いたし、質問は多々あるが黙って従う。
たどり着いた会議室に入ると、総理大臣以下そうそうたる顔ぶれが揃っている。
さすがの下野も生唾を飲み込み半歩引いた。
一礼し席に着く石川。
下野へと振り返り隣の席を指さす。
石川「座れ。」
下野「ハイ。」
下野の腕を引き、耳元で事態を説明する。
石川「テロリストに日本人男性が一名拉致された。」
驚いたが、声は出さず、唯一回うなづく下野。
石川「1時間ほど前に犯行声明があり、身代金を要求されている。」
今一度うなづく下野。
石川「滅多にもない事態だ。お前はここに座り一部始終を見、経験をしろ。」
一旦言葉を置いたあと、念を押すように言う。
石川「判断は私たちがする。お前は黙って座っているのだ。」
うなづく下野。
だが今回のそれは今までと違い、服従を示すものではない。
姿勢を正して座り、成り行きを見守る下野。
会議はテロリストの要求を飲む方向で進み、昼休みになった。
石川の昼食の誘いを断り、駅へと向かって駆け出した。
iPhoneを取り出し、石田博士に連絡する。
石田「はっいはーい。いっしぃーでぇーす。」
全力で走りながら話す下野。
下野「軟式甲冑とジェットエンジンを自分のマンションまで持ってきてください。場所はわかってますね?」
突拍子も無い要求に困惑する石田。
石田「え?なに…」
何か言っている途中だが、構わず電話を切る。
続けて愛生に電話。
彼女は声優になっていた。
今日は仕事もオーディションも無く暇で、だるーくカフェでくつろいでいた。
愛生のインフォバーが鳴る。
愛生「っんやー、ひろちゃんからだ。なんだろう?」
小指をピンと立ててインフォバーを耳にあてる。
愛生「なーんざます。」
そのふざけた声に、緊張感を打ち砕かれる下野。
下野「え、えーと。豊崎さん?」
かけてもいないメガネをちょんちょんと突き上げるような仕草をしながら答える愛生。
愛生「んまっ!わらわの声を忘れたかのような言い草。ゆるせません!ゆるせませんわっ!!」
この空気に飲み込まれてなるものかと下野。
下野「豊崎っ!!」
その声にびっくりして、瞬間耳からインフォバーを離す愛生。
下野「なぁ?豊崎さ、ひょっとして米軍にも友達いないか?」
電話の向こうでうーんという唸り声が聞こえる、さすがの愛生でも居ないのかな?と諦め始めた。
愛生「少ないけど居る。」
居るのかっ!!かぶりつくように問う。
下野「な!何人だ?」
愛生「60人ちょっとって感じかなぁ。」
その数字を申し訳なさそうに答える愛生に驚き、顔の表面がひきつる。
愛生は”ロシア軍なら100人以上知り合いがいるんだけど、米軍は手薄でしてー”などと小声で言っている。
いや、いけそうだよ!60人すごいよ!やはり頼むなら愛生しかいない。
下野「なぁ、これから会えないか?」
だるそうに左腕をぷらぷらさせている愛生。
愛生「いーよー、暇だし。そーだ、なんかおごれ。私、駆け出しの声優だから貧乏なんだよ。」
びくともしないなこの娘の空気の緩さ、歪み無いわ。
下野「あのさぁ、僕のマンションに来て欲しいんだ。住所…いや、GoogleMapのURLメールするからスマフォでナビって来てくれよ。急ぎなんだ。」
ケタケタと軽くだっるぅーい笑い声が聞こえてきた。
愛生「うぇへへへ。なに、なに?私を部屋に連れ込んで、何する気なの?告白するの?成功率は50%ね、雰囲気作りが鍵とだけ言っておこう。いきなりキスすんなよ、禁止な。うひゃひゃひゃひゃ。」
ホントにもう、緊張感のかけらもない。
下野「そんなんじゃないよ。内容がちょっと極秘というか、間違っても誰かに聞かれたらまずいんだ。じゃ、頼んだからね!」
プー、プー、
愛生「あ、切れた。自分の要件だけ言って切りやがった。」
1分ほどで、下野からのメールが来た。
URLをタップして開く。
愛生「うわー、めっちゃ23区内。」
Googleアースで下野のマンションの画像を見る。
愛生「ほほう、この一等地で、しかも高層マンションかい。」
ゆるーく、感動している。
下野は地下鉄で移動中、その目は穏やかならず。
下野「日本はテロリストに決して屈しない。」