紅点

空想上の無敵イケイケ総理大臣が頑張る物語です。
10~20話の予定です。

紅点 第9話:急降下

2012-04-25 21:14:20 | 小説
紅点(BENI TEN)


第9話:急降下

話を下野元総理大臣最後の戦いに戻そう。
戦いの舞台は今から数十年後となる。
リビアに到着した陸上自衛隊の9人は、軟式甲冑を装備した後、2台の2055式装輪装甲車に分かれて乗り込んだ。
一方の装甲車には105mm砲が、もう一方には2061式短距離誘導弾が装備されている。
この新しい装甲車はディーゼルエンジンと電気モーターによるハイブリッドエンジンで、吸気口と排気口を塞ぎ電気モーターだけで運転する場合、水中を最低1時間移動できる。
ディーゼルエンジンと謳われているが、スパークアシストであり、いざとなればサラダ油、エタノール、メタノールなどで走行が可能だ。
新しい複合装甲はとても軽いが、徹甲弾やフレシェット弾でも貫通されにくい。
特にアモルファス層が粘り、例え着弾の衝撃で変形し構造的に弱くなったとしても、破れたり穴があいたりはしにくいのだ。
万が一砲弾が貫通した場合でも、内側のハニカム層が跳弾を妨げ、被害を最小限に抑える。
複合装甲には磁石は吸着せず、なおかつ電波を反射しにくい塗装がされている。
タイヤはパンクしにくいのはもちろん、完全に空気が抜けたり一部が破損した状態でも舗装路を時速40km以上で走行可能だ。
この時代のタイヤは路外の走破性も履帯と肩を並べる性能を有し、あらゆる面で装軌装甲車より有利である。
以上の特徴から、この装甲車は”極限環境下で最後まで動いているのは2055式だ”と、専門家に評された。
ミッションユニットは105mm砲と2061式短距離誘導弾の他、2059式中距離地対空誘導弾、2055式中距離多目的誘導弾を装備できる。
通信設備は周波数可変の無線ネットワークアクセスポイントを有し、15kmおきに2055式装輪装甲車を配置することで、作戦地域にある全兵士の双方向通信を確立できる。
これらにより、陸上自衛隊は多くの特殊車両を2055式装輪装甲車に集約することが可能となった。
この意味は大きく、物的費用が削減されるばかりではなく、運用のための技術も一本化されノウハウ管理の知的コストも下がった。
隊員達が軟式甲冑用の予備のジェットエンジン、ジェットエンジン用の交換燃料カートリッジ、ドリンクカートリッジ、火器を満載したバックパックの換えを装甲車に積み込んでゆく。
そして、手足を拘束した下野狙撃未遂の実行犯も連供する。
自衛隊兵装の名称は2050年以降、それまでの2桁ではなく4桁の数字が用いられるようになった。
リビア国内はリビア軍の誘導で進み、国境を越えてからはスーダン正規軍の誘導で進んだ。
下野は右手のグローブをはずし、iPhoneで遊んでいる。
この時代のマンマシンインターフェイスは”指先の延長”という技術が主流である。
端末の側面などに配置された小さなセンサーに指を置き、動きを念じると微弱な電気を感知し、ポインタの移動やアイテムの選択、拡大縮小を行ってくれる。
ログインも生態電気パターンの組み合わせで行う。
これは非常に強度が高い反面、パターンを失念した場合の復旧措置が極めて困難であり、多くの場合再セットアップするしかない。
ソフトやコンテンツは1度買ってしまえば何度でもダウンロードできるので、時間さえあれば復旧は容易にできる。
このころは一人が何台もの端末を有しているので、住所録や個人で作った文書や画像、表計算のデータはプロバイダが提供するセキュアなストレージ上置くのが普通だ。
なにしろTVもパソコン化している時代である。
従って、重要な情報が消えてしまう心配無しに気軽に初期化が可能なのだ。
モニタは存在しない。
端末につけられた印を見ながら目との距離を調節すると、空中に画像が浮かんで見える。
網膜用プロジェクタである。
iPhoneの場合イヤホンも存在しない。
ソリントンによる非接触骨伝道方式でユーザーに音を伝える。
しかしこの技術は実用化されたばかりで、音質に神経質なユーザーは高価なイヤホンを愛して離さない。
以上の技術により、50年後のiPhoneはスティックのような形状をしている。
ソフトウェアは単独で動作するものではなく、表には出てこない。
ユーザーは高度にカスタマイズされたデータを取り扱う。
MMO RPGの世界の中に計算表や動画を置くことも可能だ。
ただし著作権は厳密に管理されており、自分がオーナーであるデータ内に他人がオーナーであるデータを許可なしには置けない。
つまり映画配給元が権利を有する動画を、MMO RPGの世界に勝手に置き、公開することはできない。
またこの時代になると、データの見方は一つではない。
”こんにちは世界”という文字データがあったとしよう。
現在では単なる7文字の文字列でしかない。
しかし、未来においては音として扱い再生できるし、”こんにちは世界”という結果を得うるプログラムソースにもコンバートできる。
また、OSの機能で抽象化すれば”こんにちは世界に”類似したさまざまなデータを誘導可能だし、プロパティーを検索すれば関連情報を得ることができる。
プロパティーで文字列の言語を変換した後、音声データとして再生すれば簡単に自分の意思を外国人に伝えられ、相手の話した音声データをプロパティーの変更で言語を変換し、文字列データとして読めば外国人の意思を理解することができる。
しかし、機械翻訳が優秀なその時代であっても、特に重要な場面では人間による同時通訳が珍重されている。
フォルダなどと言う概念は無く、ただデータが存在する。
グループと言うデータを使えばフォルダのようなふるまいをさせることが出来るが、どのデータも複数のグループに同時に存在することが可能である点で絶対的に異なる。
空のデータを作る場合は今日のように”新規Exelワークシート”や”新規Word文書”を作る必要はない。
voidという空を意味するデータを任意の名前で作ればよい。
それがどのようなデータなのかは後で決めてやればよい。
従って、拡張子は存在せず意味が無い。
また、データが何処に保存されているのかユーザーは物理的な位置として知っているが、論理的には今日のPATHの様な明確な保存場所はOSからは示されず知らないままでいる。
しかしユーザーは様々な方法で必要なデータを見出すことが出来る。
それはキーワードでの検索であったり、最近使用したデータとしてであったり、予定表などからのプッシュ通知であったりする。
メールデータもプッシュ通知されるデータの一つだ。
そもそもユーザーがデータを見つける必要が無い場合も多々ある。
例えば朝出勤してパソコンに”社員番号xxxx出勤”もしくは”xxxx出勤”などと入力したとしよう。
OSは勤怠管理プログラムにこの情報とパソコンへのログイン情報を付加して、メッセージ送信する。
受け取ったサービスは出勤時刻を打刻し、その結果をユーザーが見ている画面に表示する。
また単に、各ユーザーが”xxxxのお盆休みは8月○○~△△日”というデータを作ってしまってもよい。
そのデータが出来たときはどのプログラムにも渡されないが、後日マネージャーが”部内のお盆休み予定”というデータを作った時それらは適切なプログラムにより回収される。
全てのデータは履歴で管理されている。
無論、自分がオーナーである、または自分に回覧権、更新権のあるデータの一覧を得ることもできる。
しかし、自らがオーナーでは無いデータは、オーナーの許可が無い限り決してコピーを作ることが出来ない。
多くの場合、ユーザーは他のユーザーをホワイトリストやブラックリストで管理している。
そしてそれを自分の所有する全ての端末に適応している。
さて、装甲車が停止した。
杉田から降車の号令があったので、下野はiPhoneをしまった。
目標に近い前線基地に到着したのだ。
正規軍の案内はここまで。
この先約50kmは自衛隊のみで進攻する。
先ずはスーダン陸軍との打ち合わせがある。
全員、装甲車から降りた。
長い間座っていて血流が滞っていたのか、ゆかなが歩きながら伸びをする。
ゆかな「んっん~っ。ほっんと、よく禿げあがった青空よね~。」
全員力が抜けて、わらわら、ずだずだと倒れた。
下野「ゆかなちゃん。判ってるとは思うけど、”晴れあがった”…ね?」
皆が気を取り直して立ち上がったときに、先に歩いていたゆかながくるりと皆の方を向いた。
腕をぐんぐんと天に突きあげている。
ゆかな「今日は絶好の戦闘日和だ!ガンガン死のうぜっっ!!」
全員力が抜けて、わらわら、ずだずだと倒れた。
下野「ゆかなちゃん。判ってるとは思うけど、”ガンガン行こうぜ”…ね?」
そんな感じで、紅点の9人は前線基地に入場した。
陸軍少将と通訳の男が迎えた。
9人、その人数の少なさに驚きと不安を隠せない、スーダン陸軍少将。
たった2台の装甲車とは…スーダン陸軍から”スーダン空軍に援護を要請しよう”と言う提案が出た。
しかし首を振り、これを断る杉田。
杉田はスーダン側が用意した通訳にこう言った。
杉田「正規軍の撤退だけやってくれればいい。我々は正規軍かゲリラ兵か区別せずに、皆、殺す。死にたくなければ我々の行く道にいるな。」
かなり直接的な表現だ。
同時通訳者はやや遠まわしに、言葉がとがらないようにスーダンの少将に伝えた。
だがやはり不安げな顔に変わりが無い陸軍少将。
それもそのはず、正規軍が膨大な戦力を投じて何年もてこずっている相手に、たった9人で、しかも聞いてみればびっくり、さしたる作戦もなしに戦いを挑もうというのだ。
そんなことができるのは、多くの人が理解する限り核兵器だけなのだ。
紅点の武勇伝は聞いているが、実際に実物を見るとそれらがおとぎ話であったようにすら感じる。
疑う気は無いのだが、経験豊富であるが故、直感的に不安を感じてしまう。
杉田「そんなに心配ですか?では、一つだけお願いしよう。」
少将の顔がぱっと杉田のほうを向く。
何か手伝わせてくれたほうがありがたい。
言ってくれれば戦闘機を護衛につけるし、自衛隊に先立って絨毯爆撃もやる、世界の恐怖紅点が来てくれているのだ、この機会に総力戦を仕掛けてもいい。
紅点に対人兵器は通じない、それは自分が疑っても翻らない事実だ。
どんな手を使っても彼らを無傷で敵の拠点に連れてゆけば、必ず敵を一掃してくれる。
少将は杉田の一言に期待していた。
協力して、手強いゲリラ兵の拠点を確実にたたきつぶしたい。
杉田「牛丼を9人前お願いしたい。」
通訳がスーダン軍少将の言葉を訳した。
”ビーフボウルを何に使うのです?”
杉田はガラの悪い表情でにやけている。
杉田「私たちが食うのですよ。帰ってきたら丁度晩飯時です。いやーっ!そんな心配をしてくれるなんてさすがですな。我々は戦うことしか考えていなかった。」
全く、しらじらしい…だれがいつ晩飯の話をしたのだ?
悪ふざけにもほどがある。
通訳はこれをどう伝えたものかと悩んでいる。
スーダン側をコケにした発言だからだ。
下野は”やれやれ、杉田は変わらんな”とため息。
少将は通訳をじっと待っている。
通訳はなるべく言葉をやわらかくして伝えたが、それでも少将は舌打ちし”勝手にしろ”と怒りをあらわにした。
当然である。
ほとほと困り果てた通訳は少将の悪態を”御武運をお祈りします”と言い換えた。
杉田は自分が相手にどう思われようが、敵を何人作ろうがまったく意に介さない。
目的を達成するために最も早い手段をとる。
それが相手を怒らせることなら、迷わずそうする。
まもなく、スーダン正規軍の再配置が完了したという報告が来た。
自衛隊の進攻ルートにいるのは敵ゲリラ兵だけだ。
杉田「瀧澤!遊佐!吉野!」
3人の隊員が杉田の前に集まり敬礼。
杉田「お前たちは外だ。間島!3人の補給はお前がやれ。これより進攻を開始する。総員システムを起動せよ。」
全員が”kickstart”と唱え、NetBSDが起動し音声認証画面になる。
下野「たい焼き焼けた。」
杉田「ミジンコぴんぴん。」
ゆかな「ぴぴるまぴぴるま、ぷりりんぱ。」
間島「神よ我等を許すなかれ。」
げしっ!
突然、ゆかなが間島を殴り飛ばした。
間島「なっ!何すんだゃあっ!!」
びっくりして舌が回っていない。
ゆかな「でりゃっ!」
次は蹴り飛ばした。
間島「おまっ!!俺だって怒るぞっっ!!理由を言えっ!」
ゆかな「だーーっ!まーーっっ!!れーーーーっっ!!!!!!!!」
その甲高い爆音に全員がスピーカーのボリュームを下げた。
ゆかな「あんた!何かっこつけてんのよっ!!」
”かっこつけ”という評価にややテレ気味に逆切れする間島。
間島「俺はカッコなんてつけてねぇー!」
親指を逆さに立ててぎゅんぎゅんと下に振るゆかな。
ゆかな「つーけーてーまーしーたーぁ。”神よ我等を許すなかれ”?ハイ有罪ですね!?まっじ恥ずかしーわーっ!!」
みたび間島を殴り飛ばす。
杉田「馬鹿二人はほっとけ。出発するぞ。」
杉田が装甲車に乗り込むと、瀧澤、遊佐、吉野以外の全員が後に続き乗り込む、、二人を残して。
2人はまだ喧嘩している。
間島「いーだろ、何言ったって!!」
ゆかなは間島の胸ぐらを掴んでつるし上げる。
ゆかな「アンタほんと流れをつかめてない!空気読めてない!うちのオヤジなんて聞いた!?あのキャラで”ミジンコぴんぴん”よ!ぴんっぴんなのよっ!!…ってぅわーーっっい!!!!」
びっくりした。
気がつけば装甲車が二人をおいて走り出している。
ゆかな「ぎゃーっ!!馬鹿オヤジっ!!あにさらすんじゃ!まてーいっっ!!」
ゆかなと間島は左腕のジェットエンジンを点火して、装甲車に飛び乗った。
間島は補給係なので装甲車の上部ハッチを開け、誘導弾を背もたれ代わりに屋根に座る。
装甲車は荒野を時速90kmで進む。
外を任された3人はジェットエンジンで低く遠くジャンプしながら装甲車についてゆく。
車内。
ゆかなの顔を首を動かさずに目だけでちらりと見る下野。
ゆかな「なーに?」
ヘルメット越しだから気づかれないかと思ったら、さすがゆかなちゃん。
こういうとこ野生動物並みだなーっ。
下野「すまんな。たいした用事じゃないんだ。」
ゆかなはヘルメットをこつんこつんとあててくる。
ゆかな「オジサンちょっとぉ、ごまかしは無しに、し・て・く・だ・さ・い。はっきり言ってくださいよー。」
ほんっとにもう、杉田の馬鹿やろうが二人いるとしか思えない。
めんどくさい性格してるよなーっっ。
これは観念するしかなかった。
下野「いやぁね、ゆかなちゃんてっきり、外回りやりたがるんじゃないかと思ってさ。大人しくしてるのが不思議でさ。つい見ちゃったんだよ。ほんと、ごめんよー。」
下野の反対側に体を大きく傾け、また、くいーんと戻ってくる。
ゆかな「べっつにぃー。仕事でっすしぃー。」
ふ、不満げだ…下野は”あ、やっぱり外やりたかったんだ”と思った。
装甲車が進む両側には背の低い岩山があり、襲うにはうってつけのはずなのだが、不思議と敵の気配は無い。
レーダーも反応無しだ。
22km進んだ地点で、外の3人のジェット燃料が残り20%を切った。
一人ずつ順番に間島の元へ行き、換えのジェット燃料とドリンクのカートリッジを受け取る。
ジェット燃料のカートリッジは左腕の前側から引っこ抜き大地にポイ捨て、新しいものを装着する。
ドリンクはバックパックの上にカートリッジがあり、これを交換する。
ヘルメット内側に突き出しているチューブを口に含み、ごくりと飲む。
吉野「うっひょーっ!冷たくてうめぇー!」
まもなく前方に岩山が見えた、装甲車はそれを大きく迂回するように通る。
下野と杉田の視線が厳しくなる。
杉田「来るならここでしょうな。」
頷く下野。
下野「迂回で俺らの速度が下がる。それにここなら1箇所に陣取った状態で、何度も俺たちを攻撃できる。優位な上方からだ…探りいれるにはもってこいだな。」
杉田はうーんとうなっている。
杉田「本番の攻撃はこの次ですかね?」
下野はへっへと笑っている。
下野「”ですかね”ってよ、お前の専門だろう?」
ふと我に返ったような気持ちになる杉田。
つい昔、下野を頭に頂き戦場を駆け巡っていたころに気持ちが戻っていた。
そんな自分にたまらずフッフと笑う杉田。
いかんな、この人がいるとつい甘えて心が一兵卒に戻ってしまう。
杉田「総員よく効け!そろそろ攻撃が来るぞ。最初は丘の上から軽くジャブが飛んでくる。次に空から本気の右ストレートだ!」
誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
ついに殺し合いが始まる。
一瞬しびれたように皮膚の感覚が失われた。
全身に力が入り、それ以前より体を動かすのが疲れる。
いや、呼吸でさえ鉄アレイの上げ下ろしに似た運動に感じる。
ヘルメットに送られてくるレーダーの情報を頻繁に見る。
杉田「ゆかな!間島!」
装甲車の上でびくっと肩をすくめる間島。
よっしゃきたきたーっと立ち上がり、興奮して装甲車の天井を殴りつけるゆかな。
杉田「1km前方の岩山に敵がいるはずだ。ちょっと行って排除して来い。」
同時に装甲車は速度を下げ、徐行運転。
いよいよかと、青く美しい空を見上げ背徳的な気持ちに沈む間島。
ゆかなは嬉々として右腕にジェットエンジンを装着している。
ジェットエンジンをもう一つ持って装甲車の上に上がる。
その途中でオヤジから声がかかる。
杉田「ゆかな、アッテネーター。」
ふと脳波の受信レベルを見るとオーバーフローしてステータス異常になっている。
ゆかな「あ、やべっ。」
アッテネーターを調節し、興奮して強くなりすぎた脳波を減衰させた。
念のためアンテナマーク4本が点灯している状態まで下げた。
バリ5までの1本はさらに脳波が強まってしまったときのための保険だ。
天井ハッチから上半身を外に出す。
ゆかな「ほれ。」
渡されたジェットエンジンを右腕に装着する間島。
ゆかな「敵は目の前だ、時間は無い。」
間島はああとうなづく。
右腕のジェットエンジンに点火し、ほぼ垂直に上昇してゆく
地上4kmで上昇を停止、右腕のジェットエンジンを破棄した。
無線が入る。
杉田「全滅だ。いいな、一人も生かして返すな。」
ゆかなはひねりを入れた宙返りで空に踊る。
ゆかな「いまさら言うことかっつーのっっ!」
左腕のジェットエンジンで調節しながら目標に向けて急降下を開始する。
紅点はこの方法で、ほとんど音をたてずに敵陣に切り込むのだ。
間島は4kmという高さから地球を見回し、ため息をついた。
特に美しいと感じたわけではない。
今、目の中にいつもより多くの土地が一度に見えている。
こんなに世界は広いのに、自分は異常な一点にいなければいけない。
バックパックから2055式40mm自動てき弾銃と2049式7.62mm小銃を取り、手にした。
両方とも紅点用カスタムで、特に後者は極端に全長が短い。
0ノ74型以降の軟式甲冑は高分子ゲルシートが封入されており、通電により硬化し反動を抑え、より大きな銃弾を扱えるようになった。
12.7×99mm NATO弾も伏射に限らず、膝射もしくは立射が可能である。
銃は脳波による命令でグローブに固定され、手を広げても落ちることは無い。
また、軟式甲冑システムはバージョンが上がるたびに防御力と攻撃力が高くなり、結果、重くなっていった。
今や、ジェットエンジンなしに十分な速度で移動できない。
ヘルメットのモニタに高度が表示されている。
もうすぐ高度2000m。
ゆかな「500で榴弾発射、同時に減速を開始しする。いいな?」
しかし、間島からの答えが無い。
ゆかな「間島?」
何かおかしい?
近づいてゆき肩を揺さぶる。
間島「か・・ん、・・に・・」
声が小さくて聞き取れない。
ボリュームを上げる。
間島「母さんゴメン、僕は地獄に行くよ。」
何言っちゃってんだ!コイツ!!ぎょっとした。
ゆかな「間島しっかりしろ!!」
高度500m。
ゆかなは地上の敵兵を確認し、榴弾を2発放った。
ゆかな「間島!減速しろっ!!」
もし、間島が正気を失っていたなら、彼を抱きかかえ減速するつもりで、肩が触れ合う位置までさらに寄ってきた。
そのゆかなを突き飛ばす間島。
間島「神よ!俺を!この俺を絶対に許すなっっ!!」
榴弾を1発撃ち、左腕のジェットエンジンで減速を開始する。
敵が二人の姿を見つけたときには、すでに榴弾の爆発に多くのゲリラ兵が飲み込まれていた。
吹き飛ぶか弱き人影にたまらず涙をこぼしそうになる間島。
自分は今、人の身には余る力を行使している。