紅点

空想上の無敵イケイケ総理大臣が頑張る物語です。
10~20話の予定です。

紅点 第4話:純粋なる脅威

2012-03-21 20:33:08 | 小説
紅点(BENI TEN)


第4話:純粋なる脅威

輸送機が離陸した後、追いかけて護衛の戦闘機も離陸。
上昇の揺れが収まった後、やおら杉田が立ち上がりミーティングが始まる。
世界地図を前に作戦の説明を始める杉田。
杉田「長旅になる。地球の裏側まで行くぞ。」
地図を指差しながら、、
杉田「タイとサウジアラビアで補給を行いリビアへ向かう。リビアからは陸路を進みスーダンに入る。」
ここでスーダンの地図を拡大。
杉田「ひょっとしたら国境付近でひと悶着あるかもしれぬが、邪魔だてする者は殺せ。事前に警告する必要は無い。」
物騒な指示にぎょっとしている隊員もいる。下野が気を使って口を挟む。
下野「世界樹に札はかけてきたんだろう?」
これにうなずく杉田。
杉田「ええ、きっと問題なく国境通過できるでしょう。だが万が一のときは相手が誰でも構わん、力ずくで前に進め。」
続けてちょんちょんと人里離れた山間の一点を指差す。
杉田「敵はここに砦を構えている。周囲には地雷がみっちり埋まっているのでその手前で車を降り、徒歩で敵地に乗り込む。以上だ。」
下野とゆかな以外の全隊員がキョトンとしている。
お互いの顔を見合わせて何か言いたそうにしている。
”今のが作戦の全てだって?”
いや、いや、いや!大雑把過ぎるだろうそれ!!
おかしいだろ!!
たまりかねて一人が手をあげる、間島淳司隊員だ。
間島「大臣!質問をしてもよろしいでしょうか?」
杉田「ああ、いいぞ。」
間島「到着予定時間はいつでしょうか?」
面倒くさそうな顔で耳の穴をほじる杉田。
”なんだ、そんなことか”って顔をしている。
杉田「さぁーな。夜着けば夜だし、昼に着けば昼だ。」
そんな、、と視線をうつろにしながら次の質問を投げる。
間島「敵兵は何人ぐらいいるのでしょうか?兵装はどのように想定されていますか?」
ふいーっと、杉田は眠そうな顔。
杉田「うむ、それは聞いたなぁ、詳しい報告があった…だが、興味が無かったので記憶には残らなんだ。従って今、答えることはできない。」
この一言ににわかに隊員達がざわめきだす。
何かおかしい。
何だこの状態は?
皆、自分がいるその場の空気を読みかねている、、ゆかなを除いて。
そうじゃないはずだと、すがるように間島が続ける。
間島「地雷への対策はあるのでしょうか?」
逆に不思議そうな顔を返す杉田。
杉田「あーん?必要なのか?」
今までの杉田の応答から導き出される答えは”ほぼノープラン”だ。
これから命がけの戦いをしようというのに、それはありえないだろう!?
普通、綿密な計画ってやつをたてるだろう!?
間島「そんな無茶苦茶な。お言葉ですが大臣!今回の作戦はこの場にいる10名の戦力で十分か、把握していらっしゃいますか?」
この力ない台詞に腹を抱えて笑うゆかな。
ゆかな「間島ぁ。」
ギラギラした目で横からズサリと見下され萎縮する間島。
間島「な、なんだよ。」
親指を下に向けるゆかな。
ゆかな「お前、タイで降りて日本に帰れ。餞別だ、飛行機代はアタシがおごってやる。」
この一言の意味は誰にだって判る。
お前は紅点に向いていない。
今見聞きしているこのやりかたが紅点なんだ、少しでも不安を感じているようでは役には立たない。
そんな奴は今すぐにでも帰って除隊願いを出せ。
しかし彼も自衛隊員トップひとつまみの超エリートだ、意地がある。
笑われたら真っ赤になって恥じるさ。
間島「じっ!自分だって何時でも!誰とでも戦うさ!!覚悟はある!軟式甲冑に対して対人地雷が無力な事も判ってる。もし、今得られる情報があるなら、知っておけばより活躍できると思っただけさ!」
そういった後、はっとしてさらに顔を赤くする。
なんたる、唯の言い訳。
恥を上塗りしてしまった。
ニヤニヤと廻りを見渡すゆかな。
ゆかな「他の奴らも口にしないだけで、腹の中は間島と同じだろう?そんな顔してるぜぇ。」
皆一様にムッとしてうつむいている。
ああ、その通りだ。正解だよ。
あっているのが余計に腹立たしい。
ゆかな「帰れよ。この作戦、アタシ一人で充分だ。」
こんなこと言われてムッとしないやつなんていない。
ピリっと空気が強張る。
間島がやってきて彼女の袖を握り引く。
気を使っての行為だ。
間島「自分がくだらない言い訳をしたのは認めるし、君が飛び抜けて優れた兵士である事も認める。だが、今のは言いすぎだろう。」
ところが当のゆかなはそんなこと気にしていない。
くだらねーと、迷わず間島を殴り倒す。
ゆかな「気に入らないね、得に軟式甲冑に頼るような発言がさ。アタシならパンツ一丁で地雷の埋まった荒野を進む。なんなら目をつむってやっても良い。」
下野は”あ~ぁ、昔のオヤジにそっくりだわ”と右手で顔を覆う。
杉田は娘を止めようとしない。
もし全員が彼女にやっつけられ、日本へ送り返すことになっても、下野、杉田、ゆかなの3人で作戦を遂行する気だ。
ここで小娘一人にやられるならそれまでのクソ兵士。
エリート中のエリートだろうが、失ってまったく惜しくない。
このやり方についてこれない奴は必要ない。
いや、紅点の存在理由を脅かす馬鹿者、邪魔者ですらある。
立ち上がってさらに男共を言葉で叩きのめそうとする彼女の肩を押し下げる下野。
下野「まぁ、ここ10年以上日本を敵に回そうって奴がいなかったしな。紅点も世代交代をした。おそらく皆、これが初陣だろ?ちょっと紅点の流儀になれていないだけさ。」
ゆかな「え?ああ、、ま、まぁいいや。」
彼女は冷たい汗をかいていた。
実は下野が伸ばしてきた左手には気づいていたし、それを振り切って立ち上がるつもりだった。
だが、それができなかった。
まるで鋼鉄のショベルカーに押さえつけられた様だった。
ひょいとさりげなく出された左手、これがまたびくともしない。
生まれて初めて、絶対なる恐怖を感じた。
これが白い悪魔なのだと、改めて思い知った。
逆らってはいけない相手っているんだ、、と身にしみた。
いったん場が静まり返ったところで今度は宮野真守隊員が手をあげた。
彼は現役隊員では、ゆかなに次ぐ成績の持ち主で学歴も高い生え抜きだ。
杉田「なんだ?」
宮野「自分も一つ質問があります。」
杉田「言ってみろ。」
宮野「なぜ、実行犯を連れてきたのでしょうか?」
この輸送機には下野元総理大臣をライフルで狙撃しようとした犯人も乗っている。
宮野はてっきり敵との何らかの交渉に使うのではないかと思っていた。
だが、この空気、、きっと何かおかしなことを考えているに違いない。
どうしても確認をしておきたかった。
杉田はぶっきらぼうに答えた。
杉田「うむ。そいつぁーなぁ…敵に返すためだ。」
ある意味予想通りだが、宮野は耳を疑った。
犯人を敵に返すなんてやりかた、聞いたことが無い。
宮野「なぜそのようなことをするのですか?敵の目的も本拠地も判り、作戦は進行中です。捕虜は警察に引き渡すべきです。」
この言葉に対しても不思議そうな顔をする杉田。
杉田「なぜ?だと?最後まで敵としてあってもらうためだろう?きゃつは敵に返す。そして今一度銃を持ち、我々の前に立ってもらう。」
この回答に唖然とする宮野。
内容もそうだが、さもそれが当然と話す大臣が信じられない。
つまり…犯人は敵として殺すために敵に返すと、、彼は日本の自衛隊の正義を信じている。
そんなことはしてはいけない。
間違いなく悪なる行為だ。
宮野「大臣、何を言っておられるのですか?その考えは間違っています。犯人は日本に返してください。」
杉田は話にならんといった表情でこれに答えず黙殺、相手をするのが本格的に面倒になって席に座り、居眠りをしようとしている。
ゆかなはおでこを手のひらで抑えて、宮野の発言にイライラしている。
そのイライラが爆発するように立ち上がる。
今度は下野も押さえる隙が無かった。
下野はしまったと顔をゆがめたがもう遅い、かわいい核弾頭は今爆発している。
ゆかな「お前らさ、紅点が何のためにあるのか、、判ってないだろ?」
宮野は”紅点は日本が誇る世界最強の国防の盾”的な言葉をいくつか思い浮かべた。
だが、そのどれを言ってもゆかなにコケにされる気がした。
そう、正論は全て否定される。
そういう空気の中にいるんだ。
それがじわじわと、しかも加速度を増して理解できてきた。
心の中はグラグラと大地震が起こり常識が揺らいでいるが、それをおくびにも出さず今すぐ返せる刀を考える。
宮野「じゃあ、教えてくれよ。適正検査で満点をとった人間の満点の答えをさ。」
にやぁーっともったいぶって、唇の端を釣り上げるゆかな。
杉田はまったく興味無い様で腕を組んで座り、うっつらうっつらと船を漕ぎ出している。
ゆかな「日本は核兵器を持たない国だ。」
宮野「ああ、そして被爆国として今後も核兵器を憎み持つべきではない。」
はっとする。
つい、正論を言ってしまった。
今、自分はそれが通用しない空間にいると気づいたばかりなのに。
彼女にひたすら反撃されるだけだ。
ゆかな「宮野はお利口だな。教科書どおり、頭の良い正義マンだ。さすが言うとおりだな、あってるよ、、確かに日本に核兵器なんていらない。紅点がいるからなぁ!」
彼女の言葉の迫力に気圧される宮野。
ゆかな「アタシ達は正義じゃない。た!だ!の!脅威だ。日本が保有する世界最強の脅威だ。日本に牙を向くものに最悪の結末を向かえさせる、それだけの存在なんだ。」
宮野は彼女の暴言を、自分でも意外なほど真摯に受け止めていた。
ああ、なるほどそうなのかもしれないと納得してた。
彼は下野が政権を握っていたとき、世界に行った蛮行を知っている。
当時の自分はまだ親にすがるだけの子供で、歴史なんて頭の隅にもなかった。
当時総理大臣だった下野は頻繁にテレビに映っていたので、親にこの人はだれかと聞いたような記憶がある。
宮野の父親は、日本の総理大臣だと説明してもぴんとは来ない幼い息子に”むちゃくちゃだけど日本を元気にする人だよ”と言い直した。
勉強家の彼は高校、大学で歴史を学び、頭脳明晰である彼なりの考えと漠然とした正義を持っていた。
ゆかなの言葉は宮野が心の中のモヤモヤした正義をより明確な形にしてゆく。
宮野「ああ、そうだな。君の言う通りだ。」
けらけらと笑うゆかな。
宮野「本当に良く理解できたよありがとう。自分は紅点という存在を今一度考え直すべきだ。」
この台詞に満足そうなゆかな。
ゆかな「本当に判ってくれたみたいだな、表情でわかる。それでいい。アタシらが何をしにゆくのか、誤解したままついてきてほしくなかった。ほかのやつらもそうだぜ?死んだ後、天国に行きたいなんて奴ぁあ今すぐにでも降りてちょーだい。」
言いたいことを全て言った後、どすんとシートにケツを落っことし、ぶすっとそっぽを向く。
やれやれ、、これはフォローが必要だなぁ。。
下野はふらっと静かに立ち上がり、一人一人の頭にてを置いて廻る。
下野「まぁ、なんだぁ。宮野君だけでなく、みんな良く考えるといいよ。善でも悪でも紅点は成り立たない。純粋な脅威でなければならない。君たちは心をもった人間でありながら、核兵器やイージス艦と同じものさしで測られる存在なんだ。無理してこなくてもいいぞ、君たちには選ぶ権利がある。」
宮野「はい。」
返事をしたのは、返事をできたのは宮野唯一人だった。
横風にちょっと機体が揺れた。
杉田「んが?」
壁に頭をぶつけて起きた。
下野「おう、起きたか。」
まだ半分閉じた目で首の辺りをボリボリと掻く。
杉田「おう、いかんいかん、ちぃっと寝ちまったか。」
腕時計を見る。
杉田「ちょっと世界樹の葉を拾ってきますわ。」
そう下野に言って無線機の方へと歩いて行った。
”小僧共が眠たいことを言うから、本当に寝ちまったじゃないか”などとぶつくさ言っている。
ゆかなが首を傾げる。
ゆかな「さっきから世界樹って言ってますよね?何のことですかぁ?」
さっきまでの鬼気迫る表情から一転、くりっとした可愛い目で下野は見つめられた。
あまりの可愛らしさに照れ笑いしつつ下野が答えた。
下野「俺たちの隠語でね。世界樹ってのはウチの愛生のことだよ。」
ゆかな「えーっ!?愛生おばさん!?」
びっくりした。
ここで彼女の名を聞くとは。
おっとりしてやさしい彼女の名を。
愛生が人の血をあおり続けた彼らと仕事で繋がっているなんて、信じられない。
下野「愛生は世界中に広く深い人脈を持っていてね、そう…まるで世界の隅々に根を張るようにだ。俺らは時折そのつてを頼っていたのさ。おそらく今回ゆかなちゃんのオヤジさんは、タイとサウジで補給すると決めただけで、実際には両国とは何の交渉もなしに離陸したのだろう。」
ゆかなはほうほうと聞き入っている。
下野「愛生が追っかけ作戦に合わせて両国と話をつけたはずだ。君の親父はその結果を聞きに行ったんだな。愛生のことだ、きっとうまくやってくれている。」
ふーんとゆかなは顎の下を握っている。
ゆかな「それを”世界樹の葉を拾う”って言うんだ。」
下野「ゆかなちゃんは俺の娘の姓が下野じゃないって知っているだろう?」
ゆかな「うん、英梨さんでしょ?安保上の理由で小さい時から親と離れて暮らしていたんですよね。表向きは喜多村家の娘として。さすがのアタシも可哀想で泣きましたよ。」
下野「それと同じで、表向きは愛生が政治には関わっていないふりをしているんだよ。まぁ、この場合安全を保障しているのは愛生の友人たちなんだがね。」
ゆかな「あーぁ、なーる。」
下野「愛生から情報を得るときは”世界樹の葉を拾う”、愛生に仕事を依頼するときは”世界樹に札をさげる”ってね。愛生も友人を大切にしていて、誰とどうやって交渉し無理を通したのか誰にも教えない。愛生の友人を危険に晒し、迷惑をかけるだけだからな。これは夫婦の間でも触れてはいけないところでね。愛生は私の前でも仕事をしているそぶりは見せないし、俺も何をやっているのか聞きたださない。それが我が家のルールなんだよ。」
話を聞いて、ゆかなはシートの背にぶんぶんと元気に背をぶつけて興奮している。
ゆかな「ひょー!愛生おばさん、ちょっとかっちょよくねー?」
これには過去を噛み締めるように答える下野。
下野「愛生なくして、俺らの無茶苦茶な政治は成立し得なかったよ。」
本当に、心のそこから愛生には感謝しているのだ。
その気持ちはゆかなにも伝わってきた。
ゆかな「なんか判るぅー。」
がらにも無く乙女チックに瞳でくねくねしている。
二人の関係がうらやましくさえ思えたのだ。
なんだかんだいって、ゆかなも若い女の子なのだ。
下野はそれを見てもう一言付け足してやりたくなった。
下野「俺は最悪最強の意味で白い悪魔と呼ばれた。だが本当に最強だったのは愛生さ。あいつぁ敵を作らない。世界の全てがあれの味方だ。愛生には誰も勝てないよ。」
ちょっとありきたりすぎかなと思ってゆかなを横目で見ると、これがまたドツボにはまったようでなーんともうっとりとした表情。
ゆかな「いいなぁ。アタシも結婚するなら、そんな最強の人がいいーっ。」
そういった後、腕を組んで難しい顔をする。
ゆかな「自衛隊で会った男は見事にボンクラばっかですよ。頼れそうな奴なんてひっとりもいやぁしない。あーぁ、アタシ一生結婚できないかもしれないわー。」
びっくりした。
こんなゆかなちゃんでも結婚なんて考えていたんだ。
表情からその失礼な思考を悟られないよう、そのうち見つかるさと言いつつ、下野はさりげなく顔を背けた。
タイに到着し、輸送機から出て補給するわずかな時間を楽しむ隊員たち。
ゆかなはシャワーを浴びている。
間島は倉庫に行き、一人、軟式甲冑一ノ52型に向かい合って座り目を瞑っている。
宮野はスマフォを取り出し、自分の手記を読み返している。
そして出発予定時刻。
輸送機前に全員が集合した。
点呼を取ったその後、宮野が挙手をする。
杉田「宮野、なんだ?」
少し唇を噛み締めた後、勇気を振り絞ってその思いを言葉にする。
宮野「自分は日本に戻ります。」
言い終わった後、真っ先にゆかなの表情を確認した。
ニヤニヤと自分のことを馬鹿にして笑っているはずだ。
だが違うんだ、自分は戦いを恐れて敵前逃亡をするのではない。
しかし、彼女は笑っても怒ってもいない。
我関せずとびっくりするほど穏やかだ。
杉田「そうか、判った。話は通しておいてやる。お前はここに残れ。」
オヤジさんの方もいたって事務的に対応してくる。
宮野「ありがとうございます。」
そう礼を言いつつ、皆に”一人で日本に逃げ帰る卑怯者”と思われているだろうなと思い、耐え難い屈辱を噛み殺していた。
今一度ずいっと隊員たちを見渡す杉田。
杉田「他には無いな。」
間島が手を挙げた。
杉田「お前も戻るのか?」
間島「いえ、違います!宮野と話をさせてください。」
眉間にしわを寄せる杉田。
杉田「宮野を引き止める必要は無い。去りたい奴は去ってよい。」
ここで話を終わらせるわけにはいかない。
友の誇りを守るため必死に声を張り上げる。
間島「ひ!引き止める気はありませんっっ!!」
杉田「それでは何の用事だ?」
間島の気持ちを察した下野が微笑む。
下野「なんだか良い子ちゃんばかりになっちまったなぁ。」
小声で言われたその一言をやや気にしたが、間島はがんばって言葉を続けた。
だって、ここままじゃあ宮野は誤解されたままだ。
俺の親友はそんなちっちぇー男じゃない!!
間島「宮野とはもう会えない気がするのです。」
はっとする宮野。
間島は、彼だけは自分のしたいことを判ってくれている気がした。
間島「自分はただ、宮野と最後の話をしたいのです。」
杉田はそれを却下しようとしたが、下野が右手を顔の前でちょんちょんと振り”お願い”の合図を送っているのに気づいた。
杉田「判った。3分だけ話してよい。」
間島「ありがとうございます!」
勢い良く頭を下げた、まずは大きく大臣へ次は小さく下野へも。
宮野「間島…」
泣けてきた。
判っている、、彼は自分に話す機会を与えてくれたのだ。
間島がなんと言ってくるか判っていたが、あえて待つ。
間島「宮野。お前ほど責任感のある男が任務を放棄するのだ、きっと潔く除隊するつもりだろう。だがその後、お前はどうするつもりだ?」
やはりあっていた。
思ったと通りの質問をしてくれた。
自分は戦場を前に臆病風に吹かれ、逃げ帰るのではない。
紅点を作り上げた下野。
紅点を動かしている杉田。
紅点になるべくして生まれてきたような女、ゆかな。
3人にはっきりと宣言してから去れる。
宮野「この世界に核兵器も紅点も必要無い。自分はそれらをこの世からなくすための活動に、一生をささげるつもりだ。」
言えたぞ!言ってやった。
3人の前で、彼らを否定する言葉を勇気を持って言えた。
よくぞ言ったと間島も奮い立つ。
間島「自分の考えは少し違う、もっと現実的に考えるべきだ。世界を良く見てみろ。国内が安定し、平和を手にしているのは強い国だけだ。そして日本は紅点という世界を脅かす脅威を手にし、頼ってきた。判るか?もう紅点が無かった過去には戻れないんだ。良くも悪くも日本はそこに来てしまったんだ。自分は日本を支える”形ある脅威”になるため、地獄に落ちる覚悟を決めたよ。」
つくづく間島とは気が合うな、と宮野は思っていた。
彼の言葉は全身に染み渡る。
ああ、判るよ。
言っていることが、何の誤解も無く全て判る。
出した答えは異なるが、互いに向かっている場所は同じだ。
宮野「形ある脅威、純粋な脅威。わかります。下野元総理は一般市民を含む1万人以上を虐殺した”日帰り戦争事件”を起こしました。また、テロリストに捕らえられた一人の日本人を見捨てる”ガラスの盾事件”も起こしました。数あるあなたの武勇伝の仲でその二つが不思議でなりませんでした。なぜそんな判断をしたのか、ずっと理解しかねていましたが”紅点は脅威である”と定義すれば全ては明快になります。なぜ今まで気づかなかったのか、なるほど…やはり自分には許せません。被爆国である日本が核兵器を超えるような脅威をあえて生み出し、それを運用するなんて。」
核兵器を超える脅威とは大げさな表現ではない。
日帰り戦争事件で、下野と杉田は一歩兵の戦力を持って核兵器を退けて見せた。
日本の有する歩兵が世界に存在するいかなる兵装より強力であると、証明した事件だった。
それをきっかけに世界のパワーバランスはがらっと、それまでとはまったく違うものになった。
杉田がくるりと向きを変える。
杉田「時間だ。全員搭乗せよ。」
彼はこういう男だ。
今の宮野になら杉田を理解できる。
彼は脅威として純粋で完璧であろうとしているのだ。
自分と間島の魂の叫びは、彼には絶対に届かない。
輸送機に戻る前に、下野は宮野の前を通り小声で耳打ちする。
下野「強くなれ。政治家になっても心折られるだけだぞ。」
言ったあと、そんなおせっかいをするなんて、我ながら良いじぃさんになったと自分に笑った。
宮野は下野の言うとおりだと思った。
強くなければ何も出来ない。
夢の世界とは平安の世でもなを姿を変えない、弱肉強食の理が支配する領域なのだ。
強いものだけが夢を叶えられる。
輸送機の入り口に消えてゆく皆を見送る宮野。
丁寧に、そして深く頭をたれる。
宮野「今日この時まで本当にお世話になりました!!宮野真守、命を懸けてあなたたちと戦います!」
輸送機は滑走路へと去ってゆく。