行ってきます・とただいま・の間。

2013,1に長男から貰った、SONY NEX-F3で撮っています。
その日の事柄と撮りたて写真で残してます。

3.11

2012年03月11日 08時48分07秒 | 日記

昨日に続いて、この春を前に、大変なことが地球に、日本に、東北に起こってしまったことを思うと、自分はどうしたら良いのか・・・。

 

毎日生きていれば、誰(お金持ち・お年より・美貌の持ち主・・etc)にだって喜怒哀楽はあります。
悩みは自分持ち、自分で知恵を出して前に進もうと踏ん張っていると思います。
試練は、自分が作ってしまうものもあれば、相手のいることで起こることもあるでしよう。
環境が、職場が、親戚が、家族が、親が、と責任転嫁してしまえば、解決するどころか、怒りや恨みが噴出してしまいます。

 

でも。

自然災害では、何をどう守ったら、誰もが命を奪われずに済んだのでしょう。
大きな力が力を出さず、手出す方法を未経験なことだからと、判断を見誤ったら、何を守ることができるでしょう。

今なお34万3935人が全都道府県に散って避難生活を送り、うち11万6787人が7県の仮設住宅に暮らしている。
死者は自然災害で戦後最悪の1万5854人に上り、3155人は行方が分からないまま。
岩手、宮城、福島3県で推計約2253万トンのがれきが発生したが、最終処理済みは6%にとどまる。被災自治体の復興計画は5~10年での完了を想定し、道のりは遠い。福島県はこれに加え、放射能汚染にも苦しんでいる。

数字で見て、本当に心に感じているのだろうか。
この数の中に、どれだけのものを私は感じているんだろうか。
自分の住む町の人口から想像してみても、漠然としてしまう。
この土地から建物が消え、人が消えることを想像することが難しい。
それが現実に起きている東北。

どこにいても、悩みはある。
どこにいても、病気になる。
どこにいても、別れる。
どこにいても、いつかは、死ぬ。

私はいつもそう思う。
自分はどこにも、どこへも、逃げられないと。
自分を取り巻く環境は、どこへ行こうと付いて回るものだと思っている。

踏ん張って踏ん張って、今尚被災地で生活をしていらっしゃる方たちに、頭が下がります。
その方たちは、自分のためだけでなく、そこに残った人たちのためにと、立ち上がった方たち。
一緒に生ききろうと涙を呑んで、コブシを挙げている。

逃げるのも良い。
勿論、危険を買って出るのが良しとは思わない。
危険区域に住まわれていた方たちが、安全な場所へと、避難するのは勿論のこと。検査も勿論のこと。

政治力も、素人の私には何も言えない。
出来る器量のあるなしがある。
ただ時だけが流れていく。

近くに福島から避難されてきた。
受け入れた市町村。
その中にも千差万別。福島ナンバーと見ただけで、車に傷を付ける。
帰れっと、悪戯書きをする。
自分の住んでいる町が汚されると、反発する姿。

じゃあ、福島に残っている方たちはどうなの・・?

外に出るな、そこにとどまれと言われるのか。

 

被災された方たちは、皆が運命共同体という認識があるのでしょうか。
もし、近所で、一軒だけが火災に遇うと、当事者は、恐れてパニックになる。
その後も、なかなか立ち直れない場合がある。
でも、町が、市が、県が、大規模な範囲で災害に遭い、隣にいる人も、知らない人も、家族も親戚も友人も、一緒に被災してことで、自分だけじゃないという気持ちも起きたのでしょうか。
亡くなられた方たちも多いが、生き延びた方たちが、苦悩の中で、力を寄せ合い今日を迎える。

 

まけてたまっか・・・・
と言ったあとに、胸の奥から染み出す悲しみも、本心でしょう。

支援は、ぜひ、ぜひ、

自分が上にいて引き上げることをいうのではなく、下から支え上げるようにすること。

 

泥沼にも蓮の花が咲くように。