ソフトバンクらによる5,000億ドルのAI開発投資計画など、いよいよ「AIバブル」のまっただ中――2000年代から現在まで続いてきた第3次AIブーム――と思っていた矢先、中国製の生成AI「DeepSeek-R1」の登場騒動でAI市場が一気に揺れました。
米国の有力投資家や研究者の間でも、「AIバブルの崩壊」という見解も増加しているようです。
ところで先日は、NHK-BSの『世界ドキュ』で、「AIがひらく危い世界“死者との対話が可能?”」という番組(ドイツ作製)を観ました。
死別した身近な親族や恋人などとAIを通じて交流する――メールのやり取りからヴァーチャル・リアリティまで各種あり――というものです。
むろんAIには、事前に亡くなった人のデータをしっかり学習させて臨むわけですが、そこで繰り広げられる「一喜一憂」の場面に、私はある種のおぞましさすら感じました。
中には、最初「今は天国にいて幸せ」とメールが送信されクライエントに喜びと安堵感を与えていた(AIの)元恋人が、数日後には「今は地獄で、酷い状況だ」と訴える場面も出てきました。
そこにはもはや、本当の死もなければ、本当の生もありません。
あるのは、嘘の情報に翻弄される哀れな現代人の姿です。
私はこれまで、ブログで紹介してきたように、目下のテーマ「Big Mismatch」(現代の新しいテクノロジーと古い機械論的思考の大いなるミスマッチ)を、核開発、バイオテクノロジー、AIというの3つの分野で具体的な展開を試みてきました。
そしてこの冬、英文としては最後の予定となる論文をオープン・ジャーナルに掲載しました――Applied Sciences Research Periodicals -ISSN 3033-330X February 2025, Vol.3, No,1 pp.62-79 “Big Mismatch between the New Technology and the Old Mechanistic Viewpoint”。
しかし実際には、AIに関しては専門分野的にも一番遠いということもあり、問題点の急所を十分には突いていないのではないかという感覚がいつまでも残り鬱々としていました。
ところが、ようやく「これだ」と思える著書に出会いました。
ジェフ・ホーキンスの『考える脳 考えるコンピューター』(ON INTELLIGENCE――How a New Understanding of the Brain Will Lead to the Creation of Truly Intelligent Machines, 2004) (2023年新版,早川書房)(以下、H-1と記す)、 『脳は世界をどう見ているのか』(A THOUSAND BRAINS――A New Theory of Intelligence, 2021)(2022年,早川書房)(以下、H-2と記す)な る2冊です。
何となくタイトルは平凡でとらえどころがないような印象ですが、これまで読んだものと全く異なり、的を得ているという感触を持ちました。
そもそも人間の知的な営みが脳容積の約7割を占める大脳新皮質によってなされることは周知のことなのに、その特徴のないひだとシワの白質・灰白質の塊とイメージがつながらなかったのです。
さらに、軸索や樹状突起をもつニューロンやシナプスという連結機能によって情報が伝わると言われれば、それが知性の発生かと、何となくと納得しようとしてきました。
ついには、脳の中のニューロン間の動きを人工的に模したとされるニューラルネットワーク(NWW)により機械学習で生成AI――そして今をときめくChat-GPT――が出現しました。
その危険性については、開発者も含めて警告を発しており、各国で規制も始まってはいますが、――市場の力には勝てません。
私は、NNWが現実の脳とは違うこと、故にブラックボックス問題やハルシネーションを起こすことを指摘しましたが、その原因として少なくとも量子力学的考察が必要ではないかと提案することしかできませんでした。
ホーキンスは、新皮質で具体的に何が生じているかを、その階層構造の下に長年かけで解明してきました。
その手法は大方の研究者と違って、例えば「長年にわたって、ほとんどの科学者は逆方向のつながりを無視してきた。
新皮質が感覚の入力を受けとり、それを処理し、必要な行動をとるという観点で脳の働きを解明しようとするかぎり、情報に逆の流れは不要だ。感覚野から運動野へといたる、順方向の流れだけを考えればいい。
だが、新皮質の重要な機能が予測をたてることだと気づいた途端に、脳のモデルは逆方向のつながりが必要になる。
最初の入力を受けとる領域へと、情報を送り返してやる必要がある。
予測をするためには、起きると思ったことと実際に起きたことを、比較しなければならない。
実際に起きていることが階層をあがっていき、起きると思うことが階層をくだっていく」(pp.169-170)という具合です。
本来であれば、その具体的な内容をこそ紹介すべきですが、私自身未消化部分もありで、ここでは割愛し、その代わりH-1の「まえがき」にある自問自答を紹介します。
というのも、ここに彼の考え方のエッセンスが要領よく述べられているからです。
H-1の方がH-2より17年も前に書かれているにもかかわらず、その考え方は基本的に同じで、しかも課題意識が鮮明にでていて分かりやすいのです。
実際、日本におけるAI研究の第一人者である松尾豊はH-1の解説(2023年6月)で「…新米の研究者としてAIの活動を始めてすぐ、先輩の研究者から勧められて読んだ。
そして、衝撃を受けた。
何度も繰り返し読んだ。
これほど繰り返し読んだ本は後にも先にもないというくらい精読した。
その後の私の研究者としての考えを形作った本である」(H-1, p.369)と述懐しています。
関心のある方はH-1だけでも読まれることをお勧めします。
さてその自問自答の概略ですが――番号は私がつけたものです:
① コンピュータは知能を持つことができるか?
➡ そう思わない:脳とコンピュータの働きは根本的に異なっている
② NWWは知能を備えた機械に発展しないのか?
➡ 脳のニューロンの働きを解明することなく、単純な構造のNWWに頼っているので
はコンピュータのプログラムと同様、知能を備えた機械に発展する見込みはない。 ③ 脳がどのように働くかを解明することは、なぜそれほど難しかったのか?
➡ いくつかの直観的な仮定が間違っていたために、研究者がまどわされてきた。
最も大きな誤りは、知能が知的な振舞いによって定義されるという思い込みにある。
④ 知能が振舞いで定義されないのなら、その本質は何なのか?
➡ 脳は記憶にもとづくモデルを使い、将来の出来事を絶え間なく予測する。
未来を予測する能力こそが知能の本質だ。
⑤ 脳は実際にどのように働くのか?
➡ 知能は(大脳の)新皮質に宿っている。
新皮質はきわめて柔軟で、さまざまな種類の能力を発揮するが、細部の構造は驚く
ほど均一だ。
部位によって、視覚、聴覚、触覚、言語などに機能が特化されていても、すべての
働きはいくつかの同じ原理に支配されている。
新皮質の謎を解く鍵は、これらの原理と、とくに、その階層的な構造の解明にある。
⑥ 新しい理論によって、つぎに何がわかるか?
➡ 創造性、意識、先入観、学習など・・・突きつめれば、人間とは何か、その行動は
なぜ起るのかという考察だ。
⑦ 知能を備えた機械をつくることは可能か?
➡ もちろんつくることは可能だし、実際につくられるだろう。
但し知能を備えた機械が人類に危害をおよぼすという考えには真っ向から反論する。
以上ですが、彼の考えに対する私自身のコメントを述べます:
〇 ③で研究者が惑わされてきたという「知能の定義」――知的な振舞いによって定義される――
は、行動主義の影響が大きかったからと説いています(H-1, pp.35-36)。
それはいわゆるチューリング・テスト「もしもコンピュータが人間の質問者をだまし、自分を人
間と思わせることができれば、知能が備わっているものと定義される」(同p.33)にもよく現れ
ています。
私にはこの行動主義の影響というのが、量子力学の解釈問題に対する真の解決を遅らせている実
証主義やプラグマティズムの影響に似ているように思われます。
〇 ⑦の結論「知能を備えた機械は作ることができる」については、大いに疑問を抱いています。
これについてはH-2の最後の章である「第16章 遺伝子vs.知識」でさらに展開されています。
「脳の70%を占める新しい脳は、新皮質というひとつのものでできている。
新皮質は世界のモデルを学習し、このモデルこそ、私たちが知的である所以だ。
知能が進化したのも、遺伝子を増殖させるのに役立つからである。
私たちは遺伝子に奉仕するためにここにいるのだが、古い脳と新しい脳の力関係が変わり始めて
いる。・・・
私たちがどれだけ賢くなっても、新皮質は古い脳とつながったままだ。
テクノロジーが強力になればなるほど、利己的で短絡的な古い脳の行動が。私たちを絶滅に導く
か、社会の崩壊と暗黒時代に追い込むおそれがある。・・・
私たちはジレンマに直面している。
「私たち」――新皮質に存在する知能による私たち自身のモデル――はとらわれている。
死ぬようにプログラムされているだけでなく、無知なけだものである古い脳の支配下にある、体
の中に閉じ込められているのだ。・・・
古い脳は過去に遺伝子の複製を助けてきた行動を引き起こすが、そうした行動には愉快でないも
のも少なくない。
私たちは破壊的で争いを引き起こす古い脳の衝動を抑制しようとするが、いまのところ、必ずし
も抑制できていない。
地球上の多くの国々がいまだに、財産欲、性欲、そしてお山の大将的支配欲という、主に古い脳
が決める動機をもつ専制君主や独裁者に治められている。
専制君主を支えるポピュリスト運動も、人種差別や外国人嫌いのような古い脳の特性にもとづい
ている」(H-2, pp.281-283)。
こうして彼は、古い脳を切り離して新皮質と同様の原理で作動する「知能を備えた機械」という
(私にとっては)驚くべき結論に到達します。
ここで最も問題と思われる部分は、古い脳と新皮質とを機械的に分離して考えている点です。
ここには、社会の崩壊をもたらすものは古い脳から発生していると想定し、これを切り離せば、
純粋な知能が取り出せるという機械論的発想があります。
実際、新皮質は哺乳類しか持っていません。
ということは、哺乳類以外は古い脳しかないので、悪の塊ということになるのでしょうか。
〇 さらに言えば、知能を定義するのに本質的と見なされる「予測する能力」において、予測する
のは誰か――予測しようとしているのは誰か――という主体の問題があります。
新皮質も元はと言えば、生物が環境の中で生きてゆくために古い脳から進化してきたものです―
―ホーキンスも知能の発達史を記述しています。
人間の場合、(人類史的な)問題が発生してきたのは、環境として自然だけだはなく社会環境の
比重が大きくなってきてからです。
つまり、我々の知能は自然の認識(自然科学)という点ではかなり成功してきたが――これとて
も私のテーマであるミスマッチの問題が発生しているが)――社会科学や人間科学の分野ではあ
まりにお粗末です。
「知能を備えた機械」の開発の前に、社会や人間の認識の解明が急がれるのではないでしょうか。
米国の有力投資家や研究者の間でも、「AIバブルの崩壊」という見解も増加しているようです。
ところで先日は、NHK-BSの『世界ドキュ』で、「AIがひらく危い世界“死者との対話が可能?”」という番組(ドイツ作製)を観ました。
死別した身近な親族や恋人などとAIを通じて交流する――メールのやり取りからヴァーチャル・リアリティまで各種あり――というものです。
むろんAIには、事前に亡くなった人のデータをしっかり学習させて臨むわけですが、そこで繰り広げられる「一喜一憂」の場面に、私はある種のおぞましさすら感じました。
中には、最初「今は天国にいて幸せ」とメールが送信されクライエントに喜びと安堵感を与えていた(AIの)元恋人が、数日後には「今は地獄で、酷い状況だ」と訴える場面も出てきました。
そこにはもはや、本当の死もなければ、本当の生もありません。
あるのは、嘘の情報に翻弄される哀れな現代人の姿です。
私はこれまで、ブログで紹介してきたように、目下のテーマ「Big Mismatch」(現代の新しいテクノロジーと古い機械論的思考の大いなるミスマッチ)を、核開発、バイオテクノロジー、AIというの3つの分野で具体的な展開を試みてきました。
そしてこの冬、英文としては最後の予定となる論文をオープン・ジャーナルに掲載しました――Applied Sciences Research Periodicals -ISSN 3033-330X February 2025, Vol.3, No,1 pp.62-79 “Big Mismatch between the New Technology and the Old Mechanistic Viewpoint”。
しかし実際には、AIに関しては専門分野的にも一番遠いということもあり、問題点の急所を十分には突いていないのではないかという感覚がいつまでも残り鬱々としていました。
ところが、ようやく「これだ」と思える著書に出会いました。
ジェフ・ホーキンスの『考える脳 考えるコンピューター』(ON INTELLIGENCE――How a New Understanding of the Brain Will Lead to the Creation of Truly Intelligent Machines, 2004) (2023年新版,早川書房)(以下、H-1と記す)、 『脳は世界をどう見ているのか』(A THOUSAND BRAINS――A New Theory of Intelligence, 2021)(2022年,早川書房)(以下、H-2と記す)な る2冊です。
何となくタイトルは平凡でとらえどころがないような印象ですが、これまで読んだものと全く異なり、的を得ているという感触を持ちました。
そもそも人間の知的な営みが脳容積の約7割を占める大脳新皮質によってなされることは周知のことなのに、その特徴のないひだとシワの白質・灰白質の塊とイメージがつながらなかったのです。
さらに、軸索や樹状突起をもつニューロンやシナプスという連結機能によって情報が伝わると言われれば、それが知性の発生かと、何となくと納得しようとしてきました。
ついには、脳の中のニューロン間の動きを人工的に模したとされるニューラルネットワーク(NWW)により機械学習で生成AI――そして今をときめくChat-GPT――が出現しました。
その危険性については、開発者も含めて警告を発しており、各国で規制も始まってはいますが、――市場の力には勝てません。
私は、NNWが現実の脳とは違うこと、故にブラックボックス問題やハルシネーションを起こすことを指摘しましたが、その原因として少なくとも量子力学的考察が必要ではないかと提案することしかできませんでした。
ホーキンスは、新皮質で具体的に何が生じているかを、その階層構造の下に長年かけで解明してきました。
その手法は大方の研究者と違って、例えば「長年にわたって、ほとんどの科学者は逆方向のつながりを無視してきた。
新皮質が感覚の入力を受けとり、それを処理し、必要な行動をとるという観点で脳の働きを解明しようとするかぎり、情報に逆の流れは不要だ。感覚野から運動野へといたる、順方向の流れだけを考えればいい。
だが、新皮質の重要な機能が予測をたてることだと気づいた途端に、脳のモデルは逆方向のつながりが必要になる。
最初の入力を受けとる領域へと、情報を送り返してやる必要がある。
予測をするためには、起きると思ったことと実際に起きたことを、比較しなければならない。
実際に起きていることが階層をあがっていき、起きると思うことが階層をくだっていく」(pp.169-170)という具合です。
本来であれば、その具体的な内容をこそ紹介すべきですが、私自身未消化部分もありで、ここでは割愛し、その代わりH-1の「まえがき」にある自問自答を紹介します。
というのも、ここに彼の考え方のエッセンスが要領よく述べられているからです。
H-1の方がH-2より17年も前に書かれているにもかかわらず、その考え方は基本的に同じで、しかも課題意識が鮮明にでていて分かりやすいのです。
実際、日本におけるAI研究の第一人者である松尾豊はH-1の解説(2023年6月)で「…新米の研究者としてAIの活動を始めてすぐ、先輩の研究者から勧められて読んだ。
そして、衝撃を受けた。
何度も繰り返し読んだ。
これほど繰り返し読んだ本は後にも先にもないというくらい精読した。
その後の私の研究者としての考えを形作った本である」(H-1, p.369)と述懐しています。
関心のある方はH-1だけでも読まれることをお勧めします。
さてその自問自答の概略ですが――番号は私がつけたものです:
① コンピュータは知能を持つことができるか?
➡ そう思わない:脳とコンピュータの働きは根本的に異なっている
② NWWは知能を備えた機械に発展しないのか?
➡ 脳のニューロンの働きを解明することなく、単純な構造のNWWに頼っているので
はコンピュータのプログラムと同様、知能を備えた機械に発展する見込みはない。 ③ 脳がどのように働くかを解明することは、なぜそれほど難しかったのか?
➡ いくつかの直観的な仮定が間違っていたために、研究者がまどわされてきた。
最も大きな誤りは、知能が知的な振舞いによって定義されるという思い込みにある。
④ 知能が振舞いで定義されないのなら、その本質は何なのか?
➡ 脳は記憶にもとづくモデルを使い、将来の出来事を絶え間なく予測する。
未来を予測する能力こそが知能の本質だ。
⑤ 脳は実際にどのように働くのか?
➡ 知能は(大脳の)新皮質に宿っている。
新皮質はきわめて柔軟で、さまざまな種類の能力を発揮するが、細部の構造は驚く
ほど均一だ。
部位によって、視覚、聴覚、触覚、言語などに機能が特化されていても、すべての
働きはいくつかの同じ原理に支配されている。
新皮質の謎を解く鍵は、これらの原理と、とくに、その階層的な構造の解明にある。
⑥ 新しい理論によって、つぎに何がわかるか?
➡ 創造性、意識、先入観、学習など・・・突きつめれば、人間とは何か、その行動は
なぜ起るのかという考察だ。
⑦ 知能を備えた機械をつくることは可能か?
➡ もちろんつくることは可能だし、実際につくられるだろう。
但し知能を備えた機械が人類に危害をおよぼすという考えには真っ向から反論する。
以上ですが、彼の考えに対する私自身のコメントを述べます:
〇 ③で研究者が惑わされてきたという「知能の定義」――知的な振舞いによって定義される――
は、行動主義の影響が大きかったからと説いています(H-1, pp.35-36)。
それはいわゆるチューリング・テスト「もしもコンピュータが人間の質問者をだまし、自分を人
間と思わせることができれば、知能が備わっているものと定義される」(同p.33)にもよく現れ
ています。
私にはこの行動主義の影響というのが、量子力学の解釈問題に対する真の解決を遅らせている実
証主義やプラグマティズムの影響に似ているように思われます。
〇 ⑦の結論「知能を備えた機械は作ることができる」については、大いに疑問を抱いています。
これについてはH-2の最後の章である「第16章 遺伝子vs.知識」でさらに展開されています。
「脳の70%を占める新しい脳は、新皮質というひとつのものでできている。
新皮質は世界のモデルを学習し、このモデルこそ、私たちが知的である所以だ。
知能が進化したのも、遺伝子を増殖させるのに役立つからである。
私たちは遺伝子に奉仕するためにここにいるのだが、古い脳と新しい脳の力関係が変わり始めて
いる。・・・
私たちがどれだけ賢くなっても、新皮質は古い脳とつながったままだ。
テクノロジーが強力になればなるほど、利己的で短絡的な古い脳の行動が。私たちを絶滅に導く
か、社会の崩壊と暗黒時代に追い込むおそれがある。・・・
私たちはジレンマに直面している。
「私たち」――新皮質に存在する知能による私たち自身のモデル――はとらわれている。
死ぬようにプログラムされているだけでなく、無知なけだものである古い脳の支配下にある、体
の中に閉じ込められているのだ。・・・
古い脳は過去に遺伝子の複製を助けてきた行動を引き起こすが、そうした行動には愉快でないも
のも少なくない。
私たちは破壊的で争いを引き起こす古い脳の衝動を抑制しようとするが、いまのところ、必ずし
も抑制できていない。
地球上の多くの国々がいまだに、財産欲、性欲、そしてお山の大将的支配欲という、主に古い脳
が決める動機をもつ専制君主や独裁者に治められている。
専制君主を支えるポピュリスト運動も、人種差別や外国人嫌いのような古い脳の特性にもとづい
ている」(H-2, pp.281-283)。
こうして彼は、古い脳を切り離して新皮質と同様の原理で作動する「知能を備えた機械」という
(私にとっては)驚くべき結論に到達します。
ここで最も問題と思われる部分は、古い脳と新皮質とを機械的に分離して考えている点です。
ここには、社会の崩壊をもたらすものは古い脳から発生していると想定し、これを切り離せば、
純粋な知能が取り出せるという機械論的発想があります。
実際、新皮質は哺乳類しか持っていません。
ということは、哺乳類以外は古い脳しかないので、悪の塊ということになるのでしょうか。
〇 さらに言えば、知能を定義するのに本質的と見なされる「予測する能力」において、予測する
のは誰か――予測しようとしているのは誰か――という主体の問題があります。
新皮質も元はと言えば、生物が環境の中で生きてゆくために古い脳から進化してきたものです―
―ホーキンスも知能の発達史を記述しています。
人間の場合、(人類史的な)問題が発生してきたのは、環境として自然だけだはなく社会環境の
比重が大きくなってきてからです。
つまり、我々の知能は自然の認識(自然科学)という点ではかなり成功してきたが――これとて
も私のテーマであるミスマッチの問題が発生しているが)――社会科学や人間科学の分野ではあ
まりにお粗末です。
「知能を備えた機械」の開発の前に、社会や人間の認識の解明が急がれるのではないでしょうか。