ジジのためいき

田舎の小さな家の日々のできごと。

平野啓一郎著「高瀬川」

2004年08月25日 | 読書


【高瀬川】
 小説家の大野とファッション雑誌の編集者裕美子の青春ラブストーリー。
 平野氏自身の実体験ではないかと思わせる部分がある。情景描写と心理描写の巧みな表現力、構成力は感嘆すべきものがある。
 内容そのものは、ありふれた青春ラブストーリーかもしれない。だが、その表現力と感性はすばぬけている。天才画家が、抽象画に至る過程において、その初期の段階で具象画を描いていたように、平野氏の前期の仕事として記録に残る作品の一つなのかもしれない。

【氷塊】
 上下2段に別れた二つの物語が同時進行し、最後でつながるという構成にあっと驚かされる。上下を交互に読みながら、最後はどうなるんだろうという期待が膨らむ。

 上段で展開する物語は、幼いとき母に死に別れた少年が、死んだ母親と微かに似た面影のある女性を街角の喫茶店で偶然見かける。毎週決まった時間に顕れる女性に対して次第に思慕を募らせるのだが、それが異性に対する感情なのか、それとも親に対するものか曖昧なのだが、実の母親だと信じようとする少年は、とにかく一目会いたいという思いから、喫茶店の前の自動販売機の横に立ちつくす。
 一方、下段では、婚期を逸しかけた女が妻子ある男と不倫の関係を持つが、ある日、喫茶店を挟む道路の向かい側にある自動販売機の前で、毎週同じ時間に顕れて自分を見つめる少年に気づく。ふと、不倫相手の子供ではないかと疑いを持ち始める。もしそうであるならば、少年を不幸にしてはならないと、男との不倫の関係を清算することを決意する。
 思っていたほど深刻な話の展開にはならなかったけれど、上の段と下の段の進行の仕方のバランスが抜群で、物語の展開はもちろん、字数の計算をしながら文章を書けるという、小憎いほどの技の巧みさに思わず舌をまく。