2023/6/3(土) 晴
今日は最高気温29°の真夏日に近い晴天に、早目の昼食を取り午後13時からポタリングに出る。向かい風になるように、目的地を北方向の玉名市「西郷小兵衛戦死之地」とする。
往路は向い風でペダルは重く、陽射しは暑い。が、復路にこの思いをするのは尚辛いと、自分を慰めつつペダルを踏む。
県道31の九電北熊本変電所前の歩道脇にヤマモモの木(写真1・2参照)がある。今年もいっぱい実を付けている。赤く色付くのも、そう遠くなさそう。
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高瀬に到着して、高瀬裏川の秋丸眼鏡橋から高瀬眼鏡橋方向(写真3参照)を見る。花しょうぶも咲いている。観光の人も多く歩いている。花しょうぶ祭りも継続中のようである。
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JRの線路を潜った先に、八重垣神社(写真4・5参照)が鎮座する。
遷宮記念碑に、主祭神「素戔鳴神・稲田姫神」とある。延文(1356~1361)年間に、菊池武光により建立されたとある。(詳細は割愛する)
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境内に、裃姿の石像の祠(写真6・7参照)がある。
説明板には、「櫻井又吉翁頌徳碑
玉名郡中村(現玉名市中)出身の村役人、社会事業家。18歳で坂下手永の会所に出仕した又吉は、勤勉な仕事ぶりが認められ、寛政6年(1794)永徳寺村庄屋、文化4年(1807)には惣庄屋直触、同6年には郡代直触までなりました。
又吉は、土木工事にも長じており、永徳寺村庄屋時代の享和3年(1803)には、700mにもおよぶ新塘を築いて村を水害から守り、その塘に自費でハゼの木数百本を植えて堤防強化と村の共有金確保に努めました。
文政13年(1830)、73歳で他界した翁に対し、村民は八重垣神社境内に翁の祠を建立し、没後170年経ったいまも、毎年9月には「又吉さんまつり」を行って翁の遺徳を偲んでいます。玉名駅前の妙性寺が菩提寺です。」とある。
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「西郷小兵衛戦死之地」碑は、この「又吉さん」の祠の後ろから繁根木川堤防に上り左方向に100mほど行くと、左側堤防下(写真8・9・10・11参照)にある。
説明板には、「西郷小兵衛は西郷隆盛の末弟。明治10年(1877)、西南の役の薩軍一番大隊一番小隊長として出陣。2月27日の高瀬をめぐる攻防戦で、繁根木川を境にして繁根木八幡宮に立てこもる官軍大部隊と激戦を展開、堤防上で陣頭指揮をとっていた小兵衛は銃弾を胸に受けて戦死しました。31歳の若さでした。
銃弾に倒れた小兵衛を担ぎだすために、薩摩兵たちが橋本鶴松家から雨戸1枚を貰い受け、それに乗せて高瀬川を渡り、桃田方面に向かったこと。戦後、小兵衛夫人松子から橋本家に寄せられた丁寧な礼状は6通にもおよんだこと。はじめの墓標は、薩軍側についた熊本隊佐々布遠の筆によるものなど、小兵衛をめぐる語り草はいまも土地の人々に語り継がれています。」とある。ここを折り返し点として帰途に就く。
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18時に帰宅する。今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)25km→三日山如来寺25km→熊本(自宅)
総所要時間5時間(実4.5時間) 総計50km 走行累計54,630km
西南戦争高瀬戦場跡
2017/12/25(月) 晴
高月官軍墓地を後にして、国道208玉名大橋を渡り、堤防右岸を左折した所に公園がある。
堤防を少し下り、JR線路の南側の旧船着き場跡に西郷小平の錦絵(写真6参照)がある。
西郷小兵衛は、西郷隆盛の末弟で、この地で戦死した。
小兵衛をめぐる逸話は今も土地の人々に語り継がれている、とある。
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