37、悔恨の階段
11月15日(火)、昨夜の雨がウソの様に晴れた朝。
昨日一日の擦った揉んだを忘れさせてくれる様な秋晴れの空の下、
私はいつもの時間、いつもの電車に乗って通勤。
満員電車に揺られるのも、
改札を出てそれぞれの会社に向かう顔ぶれも、
駅前を掃除するおばちゃんに、学校に通う学生さん達、
いつも変わらない人達、
さらさらと流れるような風景がここにある。
でも…いつもとひとつだけ違うとしたら、
それは私のバッグの中に、辞表が入っていること…
(回想シーン)
(蒼の自宅)
♪~♪~♪~♪~♪(茜の携帯着信音)
茜 「もしもし」
神道『茜ちゃん、神道だ。今話せるかな』
茜 「お疲れ様です。はい、話せます」
神道『蒼さんに話をしたかな』
茜 「はい。今、ヤスも一緒で話してました」
神道『そうか。彼女は納得してくれそうかな』
茜 「あ…。それは、まだ…」
神道『そう。そんなことだろうと思ってたんだ。
私は浅草にいるんだが、今からそちらに行っていいかな。
日にちがないんでね、私が蒼さんを説得するから』
茜 「え?…は、はい。分かりました」
神道『蒼さんには私が行くことは伏せておいて。
外出されると困るんでね。じゃ、後で(切る)』
茜 「あ、はい。失礼します…(切る)」
茜は電話を切ると、元気なく携帯をテーブルに置いた。
ヤス「おい、茜。どうした?」
茜 「う、ううん。何でもない。
二人とも食事済んだでしょ?
ひとまず食器を片付けてコーヒー入れるから、
蒼ちゃん、今のうちにお風呂入っておいでよ。
上がってきたらまた続き話そうよ」
蒼 「う、うん…、分かった。お風呂入ってくるね」
私は部屋に行き、部屋着を持ってバスルームにいった。
ヤス「茜。電話、誰。もしかして神道社長?」
茜 「うん…。蒼ちゃんに話したかって聞かれた」
ヤス「それで?」
茜 「それが…今から神道社長がここに来るの」
ヤス「え!?なんで!」
茜 「社長が蒼ちゃんに話すって」
ヤス「神道社長が社員の自宅に訪ねてくるなんて前代未聞だぞ」
茜 「うん。時間がないから蒼ちゃんを説得するって。
社長が来ることを伏せてくれって言われた」
ヤス「どうするんだよ…まだ話し纏まってないのに」
茜 「うん…」
ヤス「このこと東さんは知ってるのかなぁ…。
俺、東さんに連絡しようかな」
茜 「え?」
ヤス「だって、俺達じゃどうしていいか分かんないだろ?
それに神道社長と対等に話せるの東さんしかいないからな。
蒼ちゃんの話も東さんは聞いてるし、
今から電話して相談する。
茜、蒼ちゃんのこと頼むぞ」
茜 「うん」
ヤスくんは玄関から出ると、
エレベーターホール脇にある非常口の鍵を開け外に出た。
そして非常階段に座って東さんに電話をした。
30分が経過して、神道社長が私の自宅を訪ねてきた。
ピンポーン(インターフォンの音)
茜 「はい!」
神道『神道です』
茜 「はい。今開けます(ロックを解除する)
いやん!来ちゃったじゃない(焦)
ヤスったらまだ話し終わらないの?」
私はお風呂から上がると脱衣所で着替え、
ドライヤーをかけて髪を乾かしていた。
神道社長がうちに来ることも知らずに…
ピンポーン!(玄関チャイムの音)
茜 「はい。(ドアを開ける)」
神道「茜ちゃん、突然にすまないね。蒼さんは?」
茜 「はい、います。どうぞお入り下さい」
神道「ありがとう。お邪魔します(靴を脱いで中に入る)」
茜 「社長、狭い家ですみません。
あの、ソファーにどうぞ座って下さい。」
神道「ああ。ありがとう。二人は?ヤスはどうした?」
茜 「社長、どうぞ(コーヒーを出す)
あの、蒼ちゃんは今お風呂で、もうでてきます。
ヤスはちょっとコンビニまで出掛けていて。
(ヤス、早く帰ってきてよ…汗)」
神道「ありがとう(コーヒーを飲む)そうか」
私は髪を整え化粧水をつけ終わると、
タオルと持ってリビングに行った。
するとそこには…
蒼 「え!?…し、神道社長!?」
私は一気に心拍数が上がり、
何が起きてるか把握できず、
風呂上がりなのもあって頭がボーっとしていた。
神道「蒼さん、急にお邪魔してすまないね。
君と話がしたくてね」
蒼 「あ、はい…お話って…(茜、何で言わないのよ!)」
茜 「……(蒼ちゃん、ごめん!)」
私はソファーの斜め右側にあるクッションの上に座り社長を見た。
蒼 「神道社長、お話とは…」
神道「じゃあ、率直に言おう。(バッグから何か取り出す)
今回の仕事の契約書だ。これに今からサインしてほしい」
蒼 「え!?」
茜 「社長!」
神道「蒼さん。ツイン・ビクトリアの時とは訳が違うんだ。
中途半端に仕事を受けて貰っても困るんだ。
後1ヶ月しか準備期間がないし、
こちらも君のわがままな条件ばかり飲んではいられないんだよ。
君も長く今の会社に勤めてきた一社会人なら、
それくらいは言わなくても分かるだろう。
仕事とはそういうものだよ」
蒼 「はい…。お仕事の件は…モデルとして受けます。
そうしろと仰るなら契約書にサインもします。
でもひとつお願いがあります。
契約後も奏士とは逢いますし、彼とは別れません。
彼にも仕事のことは話しましたが、社長が茜に仰った、
契約後に彼と勝手に会わせるなというのは納得がいきません。
彼との関係を拘束されるなら、この仕事はお断りします。
私は契約を交わしても、彼とは今まで通りお付き合します。
彼を愛していますから…彼は、私にとって大切な人なんです。
それを承諾して頂けるなら書類にサインします」
神道「そうか…分かった。では、それでいい。
契約書にサインしてくれれば私はそれでいいんだ。
(指を差して)こことここに署名と捺印して、
日にちは記入しなくていい。
君が明日辞表を提出して解職が決定したらこちらで記入する」
蒼 「はい、分かりました」
茜 「神道社長!ちょっと待って下さい」
神道「茜ちゃん、何かな」
茜 「私…、あの、私がモデルとしてドイツに行きます!」
蒼 「茜!?何言ってるの!?」
神道「ん?…それは?
『実写ツイン・ビクトリア』を降板すると言うことかな?」
茜 「は、はい!」
蒼 「茜!何言ってるの!?女優の夢がかかってるのよ」
茜 「蒼ちゃんはちょっと黙っててよ。
私は来春結婚しますし、女優を続けるのは難しいと思います。
ヤスとも相談したんですがモデルを続けます。
ですから、蒼ちゃんの代わりに私がドイツに行きます。
ツイン・ビクトリアの撮影を蒼ちゃんに代役して貰いたいんです」
蒼 「ち、ちょっと茜!そんなこと…」
神道「あははははっ(笑)…しかし、君達は…ふっ(笑)…
何を言い出すかと思えば…君達は私を馬鹿にしてるのか。
そんな簡単に勝手な事が出来るわけないだろっ!」
バンッ!(テーブルを叩く音)
神道社長は凄い剣幕で茜を怒鳴りつけた。
蒼 「社長!あ、あの、妹の失言をお許し下さい。
私、ちゃんと契約書を書きますから」
茜 「蒼ちゃん…(涙ぐむ)」
私はバッグからペンと印鑑を取り出して、
契約書の指示された欄にサインし捺印した。
神道社長は書類を手にするとそれを確かめて、
神道「うん、これでいいよ。受理した。(書類を渡す)
これは君の契約書の控えだから保管しとくようにね」
蒼 「(書類を貰う)はい」
神道「これで蒼さんはもうスター・メソドの社員だから身内だよ。
うちに縁ができた限りは幸せになって貰えるように、
私も出来る限りの手助けも協力もするから安心しなさい」
蒼 「はい」
茜 「…(ヤスの馬鹿!一体何やってるのよ!)」
神道「一色くんの事も君の言うとおり認めよう」
蒼 「え?…本当ですか?」
神道「ああ。但し、もし撮影に支障が出たり、私や光世の仕事、
それから取引先の会社にも、
損失を与えるようなスキャンダルを起こした場合は、
君だけじゃなく一色くんにも、
法的責任を取って貰うことになるから、
そこのところを充分に気をつけて、節度ある行動を頼むよ」
茜 「え…そんなの…」
蒼 「法的責任…」
神道「蒼さん、要は騒ぎを起こさなければいいんだ。
この間のようなことをね。
だから一色くんにもその旨話して協力してもらうといい。
誤解しないでほしいんだが、私は君の敵じゃないんだ。
君が一色くんを愛しているなら応援する。
将来を考えながら彼と楽しく付き合いをすればいい。
それに給与面も保障面も心配はいらない。
初任給だが、最初の2ヶ月は時給2000円と諸手当、
それ以降は仕事次第で変わってくる。
だが、君が今貰っている給料よりは遥かに良くなるはずだ。
そういう詳細はまた後日話そう」
蒼 「はい。分かりました」
神道「よしっ!蒼さん、これから宜しく頼むよ。
茜ちゃんもしっかり撮影頑張れよ!」
蒼 「はい、宜しくお願い致します(頭を下げる)」
茜 「はい…」
神道社長は私の手を取り両手で握手した。
その顔は契約前とは打って変わって、穏やかな笑顔だった。
そこに…
ヤス「茜、ごめん!遅くなって!今東さんがきた…から…」
ヤスくんが慌てて部屋に入って来た。
東さんを連れて…
東 「(部屋に入る)生!何してるんだっ!」
神道「光世、お前こそ何でここにきた」
東 「何故僕に言わずに勝手に蒼さんの契約話を進めてる」
神道「モタモタしてると日にちがないからだよ。
今のお前は個人的感情に流されて、
自分の立場を見失ってるからな。
でも、もう大丈夫だ。
蒼さんに今契約書を書いてもらったところだ。
蒼さんはもううちのスタッフで身内だからな。
光世も明日から気合い入れて頼むぞ。
じゃあ!蒼さん、茜ちゃん、夜遅くに長居してすまかったね。
また明日会社で!」
神道社長はバッグを持って玄関にいくと靴を履いた。
東 「おい!生!ちょっと待てよっ!」
そして、東さんの引き止める声も聞かずに玄関を出た。
♪~♪~♪~♪~♪
私のバッグから携帯の着信音が微かに聞こえてる。
東 「蒼さん、何故契約書を書いたんだ。
明日会って話そうっていっただろ。
モデルの当てができたんだ。
君が今日書かなければ仕事を受けずに済んだんだぞ」
茜 「東さん、蒼ちゃんは私の為にサインしたんです」
東 「え?それはどういうこと?」
ヤス「そうだよ、茜。
何で茜の為に蒼ちゃんが書類にサインするんだよ」
茜 「社長が途中で怒り出したの…
あの、私が…ヤスの言った計画を話したから」
ヤス「は!?まさか…すり替わり作戦を神道社長に話したのか!?」
茜 「う、うん…」
ヤス「えー!?お前さ。
あれだけ俺を馬鹿呼ばわりして、木杓子で俺の頭叩いといて、
何でそれを茜が社長に言うかなー!」
東 「すり替わり?どういうこと?」
ヤス「あぁ、さっき俺が東に電話で話したことですよ。
茜がドイツでモデルの仕事して、
蒼ちゃんにビクトリア遣ってもらうっていう」
茜 「結局駄目でしたけど、馬鹿にしてるのか!って怒鳴られたから」
ヤス「同じ言うならもっと煮詰めてから言えよ」
茜 「だってヤスが傍に居なかったし、
どうにかして契約させないようにしなきゃって思ったら、
咄嗟に出ちゃったんだもん…」
蒼 「もういいんです。
社長が契約後も奏士と付き合いを続けていいって言ってくれたし、
私に協力すると言ってくれたので」
東 「え、生がそんな事を?…」
ヤス「蒼ちゃん、甘いよ。
蒼ちゃんは神道社長がどんな人か分かってない。
一色さんとすんなり続けられると思う?
ドイツに行ったら、
一色さんから終わりにするって言われてるんだろ!?
本当に終わったらどうするんだよ!」
蒼 「その時は…」
東 「蒼さん、茜ちゃん、ヤスも。
何も心配するな。僕がどうにかする。何か手を考えるから」
蒼 「東さん…」
東 「生の性格は知り尽くしているからな。
じゃあ、僕も帰るよ。蒼さん、明日約束の時間にね」
蒼 「はい。宜しくお願いします。
東さん、来て下さってありがとうございます」
東 「ああ(笑)じゃあ、みんなおやすみ」
蒼 「東さん、おやすみなさい」
茜 「おやすみなさい」
ヤス「東さん、ありがとうございます!(頭を下げる)」
東さんは笑顔で手を挙げると、玄関のドアを閉めて帰っていった。
(KATARAI店内)
奏士「可笑しいなぁ。何度かけても出ないや…
(携帯を切る)何かあったのかな…」
頼 「風呂でも入ってるんだろう。
もしかしたら、疲れてもう寝てるのかもしれないだろう?
お前達は今日もまた、いろいろあったみたいだからな(笑)
もう遅いから、明日逢ってきちんと報告したらどうだ。
報告メールだけでも入れといてやれよ。
蒼さんもきっと喜ぶぞ」
奏士「はい…」
その時奏士くんは、とてつもなく不吉な予感を感じていた。
奏士「まさか…蒼…」
(蒼の会社のビル玄関前)
私は立ち止まりビルを見上げた。
蒼 「昨日奏士から何度も着信入ってたな…
今日逢おうってメール入ってたけど。
東さんとの約束があるし…
それが終わってからでもいいか、昼休み電話してみよう。
奏士ならきっと話せば分かってくれる。大丈夫よ…蒼」
私はそう独り言を呟きながら会社に向かった。
長い長い悔恨の螺旋階段を下りていってるとも気づかずに…
私は、大きく深呼吸して会社の玄関を入っていったのだった。
(続く)
この物語はフィクションです。
11月15日(火)、昨夜の雨がウソの様に晴れた朝。
昨日一日の擦った揉んだを忘れさせてくれる様な秋晴れの空の下、
私はいつもの時間、いつもの電車に乗って通勤。
満員電車に揺られるのも、
改札を出てそれぞれの会社に向かう顔ぶれも、
駅前を掃除するおばちゃんに、学校に通う学生さん達、
いつも変わらない人達、
さらさらと流れるような風景がここにある。
でも…いつもとひとつだけ違うとしたら、
それは私のバッグの中に、辞表が入っていること…
(回想シーン)
(蒼の自宅)
♪~♪~♪~♪~♪(茜の携帯着信音)
茜 「もしもし」
神道『茜ちゃん、神道だ。今話せるかな』
茜 「お疲れ様です。はい、話せます」
神道『蒼さんに話をしたかな』
茜 「はい。今、ヤスも一緒で話してました」
神道『そうか。彼女は納得してくれそうかな』
茜 「あ…。それは、まだ…」
神道『そう。そんなことだろうと思ってたんだ。
私は浅草にいるんだが、今からそちらに行っていいかな。
日にちがないんでね、私が蒼さんを説得するから』
茜 「え?…は、はい。分かりました」
神道『蒼さんには私が行くことは伏せておいて。
外出されると困るんでね。じゃ、後で(切る)』
茜 「あ、はい。失礼します…(切る)」
茜は電話を切ると、元気なく携帯をテーブルに置いた。
ヤス「おい、茜。どうした?」
茜 「う、ううん。何でもない。
二人とも食事済んだでしょ?
ひとまず食器を片付けてコーヒー入れるから、
蒼ちゃん、今のうちにお風呂入っておいでよ。
上がってきたらまた続き話そうよ」
蒼 「う、うん…、分かった。お風呂入ってくるね」
私は部屋に行き、部屋着を持ってバスルームにいった。
ヤス「茜。電話、誰。もしかして神道社長?」
茜 「うん…。蒼ちゃんに話したかって聞かれた」
ヤス「それで?」
茜 「それが…今から神道社長がここに来るの」
ヤス「え!?なんで!」
茜 「社長が蒼ちゃんに話すって」
ヤス「神道社長が社員の自宅に訪ねてくるなんて前代未聞だぞ」
茜 「うん。時間がないから蒼ちゃんを説得するって。
社長が来ることを伏せてくれって言われた」
ヤス「どうするんだよ…まだ話し纏まってないのに」
茜 「うん…」
ヤス「このこと東さんは知ってるのかなぁ…。
俺、東さんに連絡しようかな」
茜 「え?」
ヤス「だって、俺達じゃどうしていいか分かんないだろ?
それに神道社長と対等に話せるの東さんしかいないからな。
蒼ちゃんの話も東さんは聞いてるし、
今から電話して相談する。
茜、蒼ちゃんのこと頼むぞ」
茜 「うん」
ヤスくんは玄関から出ると、
エレベーターホール脇にある非常口の鍵を開け外に出た。
そして非常階段に座って東さんに電話をした。
30分が経過して、神道社長が私の自宅を訪ねてきた。
ピンポーン(インターフォンの音)
茜 「はい!」
神道『神道です』
茜 「はい。今開けます(ロックを解除する)
いやん!来ちゃったじゃない(焦)
ヤスったらまだ話し終わらないの?」
私はお風呂から上がると脱衣所で着替え、
ドライヤーをかけて髪を乾かしていた。
神道社長がうちに来ることも知らずに…
ピンポーン!(玄関チャイムの音)
茜 「はい。(ドアを開ける)」
神道「茜ちゃん、突然にすまないね。蒼さんは?」
茜 「はい、います。どうぞお入り下さい」
神道「ありがとう。お邪魔します(靴を脱いで中に入る)」
茜 「社長、狭い家ですみません。
あの、ソファーにどうぞ座って下さい。」
神道「ああ。ありがとう。二人は?ヤスはどうした?」
茜 「社長、どうぞ(コーヒーを出す)
あの、蒼ちゃんは今お風呂で、もうでてきます。
ヤスはちょっとコンビニまで出掛けていて。
(ヤス、早く帰ってきてよ…汗)」
神道「ありがとう(コーヒーを飲む)そうか」
私は髪を整え化粧水をつけ終わると、
タオルと持ってリビングに行った。
するとそこには…
蒼 「え!?…し、神道社長!?」
私は一気に心拍数が上がり、
何が起きてるか把握できず、
風呂上がりなのもあって頭がボーっとしていた。
神道「蒼さん、急にお邪魔してすまないね。
君と話がしたくてね」
蒼 「あ、はい…お話って…(茜、何で言わないのよ!)」
茜 「……(蒼ちゃん、ごめん!)」
私はソファーの斜め右側にあるクッションの上に座り社長を見た。
蒼 「神道社長、お話とは…」
神道「じゃあ、率直に言おう。(バッグから何か取り出す)
今回の仕事の契約書だ。これに今からサインしてほしい」
蒼 「え!?」
茜 「社長!」
神道「蒼さん。ツイン・ビクトリアの時とは訳が違うんだ。
中途半端に仕事を受けて貰っても困るんだ。
後1ヶ月しか準備期間がないし、
こちらも君のわがままな条件ばかり飲んではいられないんだよ。
君も長く今の会社に勤めてきた一社会人なら、
それくらいは言わなくても分かるだろう。
仕事とはそういうものだよ」
蒼 「はい…。お仕事の件は…モデルとして受けます。
そうしろと仰るなら契約書にサインもします。
でもひとつお願いがあります。
契約後も奏士とは逢いますし、彼とは別れません。
彼にも仕事のことは話しましたが、社長が茜に仰った、
契約後に彼と勝手に会わせるなというのは納得がいきません。
彼との関係を拘束されるなら、この仕事はお断りします。
私は契約を交わしても、彼とは今まで通りお付き合します。
彼を愛していますから…彼は、私にとって大切な人なんです。
それを承諾して頂けるなら書類にサインします」
神道「そうか…分かった。では、それでいい。
契約書にサインしてくれれば私はそれでいいんだ。
(指を差して)こことここに署名と捺印して、
日にちは記入しなくていい。
君が明日辞表を提出して解職が決定したらこちらで記入する」
蒼 「はい、分かりました」
茜 「神道社長!ちょっと待って下さい」
神道「茜ちゃん、何かな」
茜 「私…、あの、私がモデルとしてドイツに行きます!」
蒼 「茜!?何言ってるの!?」
神道「ん?…それは?
『実写ツイン・ビクトリア』を降板すると言うことかな?」
茜 「は、はい!」
蒼 「茜!何言ってるの!?女優の夢がかかってるのよ」
茜 「蒼ちゃんはちょっと黙っててよ。
私は来春結婚しますし、女優を続けるのは難しいと思います。
ヤスとも相談したんですがモデルを続けます。
ですから、蒼ちゃんの代わりに私がドイツに行きます。
ツイン・ビクトリアの撮影を蒼ちゃんに代役して貰いたいんです」
蒼 「ち、ちょっと茜!そんなこと…」
神道「あははははっ(笑)…しかし、君達は…ふっ(笑)…
何を言い出すかと思えば…君達は私を馬鹿にしてるのか。
そんな簡単に勝手な事が出来るわけないだろっ!」
バンッ!(テーブルを叩く音)
神道社長は凄い剣幕で茜を怒鳴りつけた。
蒼 「社長!あ、あの、妹の失言をお許し下さい。
私、ちゃんと契約書を書きますから」
茜 「蒼ちゃん…(涙ぐむ)」
私はバッグからペンと印鑑を取り出して、
契約書の指示された欄にサインし捺印した。
神道社長は書類を手にするとそれを確かめて、
神道「うん、これでいいよ。受理した。(書類を渡す)
これは君の契約書の控えだから保管しとくようにね」
蒼 「(書類を貰う)はい」
神道「これで蒼さんはもうスター・メソドの社員だから身内だよ。
うちに縁ができた限りは幸せになって貰えるように、
私も出来る限りの手助けも協力もするから安心しなさい」
蒼 「はい」
茜 「…(ヤスの馬鹿!一体何やってるのよ!)」
神道「一色くんの事も君の言うとおり認めよう」
蒼 「え?…本当ですか?」
神道「ああ。但し、もし撮影に支障が出たり、私や光世の仕事、
それから取引先の会社にも、
損失を与えるようなスキャンダルを起こした場合は、
君だけじゃなく一色くんにも、
法的責任を取って貰うことになるから、
そこのところを充分に気をつけて、節度ある行動を頼むよ」
茜 「え…そんなの…」
蒼 「法的責任…」
神道「蒼さん、要は騒ぎを起こさなければいいんだ。
この間のようなことをね。
だから一色くんにもその旨話して協力してもらうといい。
誤解しないでほしいんだが、私は君の敵じゃないんだ。
君が一色くんを愛しているなら応援する。
将来を考えながら彼と楽しく付き合いをすればいい。
それに給与面も保障面も心配はいらない。
初任給だが、最初の2ヶ月は時給2000円と諸手当、
それ以降は仕事次第で変わってくる。
だが、君が今貰っている給料よりは遥かに良くなるはずだ。
そういう詳細はまた後日話そう」
蒼 「はい。分かりました」
神道「よしっ!蒼さん、これから宜しく頼むよ。
茜ちゃんもしっかり撮影頑張れよ!」
蒼 「はい、宜しくお願い致します(頭を下げる)」
茜 「はい…」
神道社長は私の手を取り両手で握手した。
その顔は契約前とは打って変わって、穏やかな笑顔だった。
そこに…
ヤス「茜、ごめん!遅くなって!今東さんがきた…から…」
ヤスくんが慌てて部屋に入って来た。
東さんを連れて…
東 「(部屋に入る)生!何してるんだっ!」
神道「光世、お前こそ何でここにきた」
東 「何故僕に言わずに勝手に蒼さんの契約話を進めてる」
神道「モタモタしてると日にちがないからだよ。
今のお前は個人的感情に流されて、
自分の立場を見失ってるからな。
でも、もう大丈夫だ。
蒼さんに今契約書を書いてもらったところだ。
蒼さんはもううちのスタッフで身内だからな。
光世も明日から気合い入れて頼むぞ。
じゃあ!蒼さん、茜ちゃん、夜遅くに長居してすまかったね。
また明日会社で!」
神道社長はバッグを持って玄関にいくと靴を履いた。
東 「おい!生!ちょっと待てよっ!」
そして、東さんの引き止める声も聞かずに玄関を出た。
♪~♪~♪~♪~♪
私のバッグから携帯の着信音が微かに聞こえてる。
東 「蒼さん、何故契約書を書いたんだ。
明日会って話そうっていっただろ。
モデルの当てができたんだ。
君が今日書かなければ仕事を受けずに済んだんだぞ」
茜 「東さん、蒼ちゃんは私の為にサインしたんです」
東 「え?それはどういうこと?」
ヤス「そうだよ、茜。
何で茜の為に蒼ちゃんが書類にサインするんだよ」
茜 「社長が途中で怒り出したの…
あの、私が…ヤスの言った計画を話したから」
ヤス「は!?まさか…すり替わり作戦を神道社長に話したのか!?」
茜 「う、うん…」
ヤス「えー!?お前さ。
あれだけ俺を馬鹿呼ばわりして、木杓子で俺の頭叩いといて、
何でそれを茜が社長に言うかなー!」
東 「すり替わり?どういうこと?」
ヤス「あぁ、さっき俺が東に電話で話したことですよ。
茜がドイツでモデルの仕事して、
蒼ちゃんにビクトリア遣ってもらうっていう」
茜 「結局駄目でしたけど、馬鹿にしてるのか!って怒鳴られたから」
ヤス「同じ言うならもっと煮詰めてから言えよ」
茜 「だってヤスが傍に居なかったし、
どうにかして契約させないようにしなきゃって思ったら、
咄嗟に出ちゃったんだもん…」
蒼 「もういいんです。
社長が契約後も奏士と付き合いを続けていいって言ってくれたし、
私に協力すると言ってくれたので」
東 「え、生がそんな事を?…」
ヤス「蒼ちゃん、甘いよ。
蒼ちゃんは神道社長がどんな人か分かってない。
一色さんとすんなり続けられると思う?
ドイツに行ったら、
一色さんから終わりにするって言われてるんだろ!?
本当に終わったらどうするんだよ!」
蒼 「その時は…」
東 「蒼さん、茜ちゃん、ヤスも。
何も心配するな。僕がどうにかする。何か手を考えるから」
蒼 「東さん…」
東 「生の性格は知り尽くしているからな。
じゃあ、僕も帰るよ。蒼さん、明日約束の時間にね」
蒼 「はい。宜しくお願いします。
東さん、来て下さってありがとうございます」
東 「ああ(笑)じゃあ、みんなおやすみ」
蒼 「東さん、おやすみなさい」
茜 「おやすみなさい」
ヤス「東さん、ありがとうございます!(頭を下げる)」
東さんは笑顔で手を挙げると、玄関のドアを閉めて帰っていった。
(KATARAI店内)
奏士「可笑しいなぁ。何度かけても出ないや…
(携帯を切る)何かあったのかな…」
頼 「風呂でも入ってるんだろう。
もしかしたら、疲れてもう寝てるのかもしれないだろう?
お前達は今日もまた、いろいろあったみたいだからな(笑)
もう遅いから、明日逢ってきちんと報告したらどうだ。
報告メールだけでも入れといてやれよ。
蒼さんもきっと喜ぶぞ」
奏士「はい…」
その時奏士くんは、とてつもなく不吉な予感を感じていた。
奏士「まさか…蒼…」
(蒼の会社のビル玄関前)
私は立ち止まりビルを見上げた。
蒼 「昨日奏士から何度も着信入ってたな…
今日逢おうってメール入ってたけど。
東さんとの約束があるし…
それが終わってからでもいいか、昼休み電話してみよう。
奏士ならきっと話せば分かってくれる。大丈夫よ…蒼」
私はそう独り言を呟きながら会社に向かった。
長い長い悔恨の螺旋階段を下りていってるとも気づかずに…
私は、大きく深呼吸して会社の玄関を入っていったのだった。
(続く)
この物語はフィクションです。
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