⑧ 手づくりの民具
「手作りの民具たちが、時を越えてあなたに語りかけてきます」
町立博物館のカタログの言葉を繰り返すが、全くその通りだった。
館内で私はアイヌ世界に迷い込んでしまったような時を過ごした。
以前にも私は、アイヌ民族の生活を伝える展示物や本などに多少は触れてはいたのだが、
この町立博物館では、展示内容が豊富だったし、静内やアイヌ民宿での女将さんとの
交流経過も重なったせいかより深く引き込まれた。
世界の諸民族は日本人を含めて、近世まではそれぞれの先人の知恵を
積み重ねた“手作り”の暮らしをしていたわけだが、
冬の厳しい北海道で生き抜いてきたアイヌの人たちの暮らしぶりにも私は改めて感じ入った。
幕末から明治にかけて、北海道に渡り住んだ和人が生き延びるのに
必死の苦労をしたことも伝わっているが、現代日本に生まれ育った私が
今150年前の北海道にタイムスリップして暮らせと言われたら正直に言って生き残る自信がない。
展示からは、アイヌの人たちが単に動物のように生きたのではなく、
万物に心やさしく謙虚に実に人間的に豊かに生きたことを知ることができた。
豊かさ、心のゆとりのようなものの表れの一つとして、アイヌ文様がある。
衣服や木製品に施される渦巻文や括弧文に代表されるものである。
それは、美的に鑑賞して見事な美しさを感じるばかりではない。
これらの文様は、先祖代々母系により母から娘に伝えられるのだという。
衣服の袖口や裾回りに施すのは悪い霊がそこから入り込まないように、
ひと針ひと針縫いこんでいく。
素材つくりから文様まで祈りをこめて作られているわけだ。
年頃の娘は、思う人に求愛の印に文様を施した手甲や脚絆、そしてやがて着物を贈る。
一方、若者は文様を自ら彫刻したメノコマキリ(お守り用小刀)を娘に贈るのだという。
展示物の中には克明なアイヌ文様を刻した男物だと思われるマキリがいくつかあった。
中には手垢がついて使い込まれたことがはっきりわかるようなものもあった。
このマキリを作った人はどんな人生を送ったのだろう。
館を出ると穏やかな山が取り巻き、今はダムによって堰き止められた沙流川が目の前に広がっていた。
案内書を読むまでもなく、この風景こそ二風谷のアイヌ文化を育んできた自然景観であり
歴史的景観なのだと思いながら私はゆったりとその中に身を置いた。
同時に私は、幼時から育った岩手の花巻のふるさとの山川を思った。
また、人生の中でさらに長い時間接してきた安達太良山や阿武隈の山並や阿武隈川の里に思いが行ったが、
そこが放射能でまんべんなく汚されてしまっている現実が胸に迫ってきた。