白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

212. 花の叫び

2014年05月22日 01時10分33秒 | 神々の庭園
F.D.2548

P 1


 アカネはずっとイライラしていた。
 何もかも気に食わない。
 くじいて言う事を聞かない足も、そのことについてルカが謝りに来たのも。

「悪かった。僕の不用意な発言のせいだよね。僕の調査は後1週間で終わる。それまでもう絶対に君を不安にさせるようなことを言わないと約束する。だから、足が治ったらフィールドに戻ってきて欲しい。君が魅力的というのを別にしても、君と仕事してると楽しいんだ。全然違う視点でフィールドを見ることができた。新鮮……という言葉じゃ言い表せないな。目から鱗……というのかな? 衝撃だった」
 調査の話をしているのに、やっぱりアカネは落ち着かなかった。
「僕が最初に失敗した夜。あの前の所まで時間を戻したい。あそこまでは僕達、凄く良い相棒だった。そう思ってるのは僕だけじゃないよね?」
 アヤメは何も答えなかった。
「週末までゆっくり休んで。週明けから戻って来てくれ。必ず2人きりにならないようししておく。生態学者としての君が必要なんだ。あのフィールドのベテランがね。この星は凄いよ。今までの科学では説明できない。こんなに過酷なのに生き生きしてる。泉も石も蛍も……有機的に結びついているんだよね。この星のどんな小さな草も、星全体と繋がっている。これまで見たどんなフィールドもそうだったのかもしれないけど、気がつかなかった。でもイドラなら実感できる。蛍や草の言葉を翻訳してくれる人間が必要なんだ」

 アカネがやっぱり何も言えないでいると、
「アカネ、握手してくれ」とルカが頼んだ。
 アカネがぼんやり右手を差し出すと、ルカがギュッと握り返した。
「ありがとう。待ってるよ。足を大事にしてくれ」

 パーティーの間もずっとルカの視線を感じていた。
 目が合うと必ず微笑みかけてくる。
 でもアカネは微笑み返したりしない。
 髭の無いルカはびっくりするほど魅力的だったが、そのことを認めたくない。
 このイライラする状況から助け出して欲しい。
 誰に?
 リィンなら話を聞いてくれる。でも昔からリィンは私より私の気持ちをわかってくれる所がある。見透かされて、指摘されたくない。

 エクルーと踊りながら上の空だった。
 断じてエクルーに甘えることなぞできない。
 困らせたくない。
 せっかく幼馴染として、思いやり深く接してくれているのに。
 これ以上欲張っちゃ駄目。
 きっと私がすがるような心細そうな顔をしていたのだろう。
 曲が終わった時、エクルーは何も言わずにポンと腕を叩いて、励ますように微笑んだ。

 サイモンと踊りながら、アカネは驚いた。
 どうしてこの2人はそっくりだと思ったりしたんだろう。全然似てないのだ。

 ルカの方が生真面目。
 ルカの方が情熱的。
 ルカの唇の方が柔らかそう。

 アカネと目が合ってサイモンがにこっと笑った。
「足が治って良かった。もう痛まない?」
「ひねると少し……でも週明けから青谷に戻れるわ」
「それは良かった。何だかヤツは、植生回復における蛍と石の関与ってテーマに夢中でね。そうなると僕はお手上げだ。神様と話すには君が必要なんだよ」
「からかってるの?」
「とんでもない。真剣だよ。僕のぼんくらはテレパスじゃ蛍と交流できない。リィンに習って口笛で寄せてみたりしてるけど。要するに僕じゃ蛍は同情してくれないのさ。イドリアンなら赤ン坊でもできることが僕にはできない。君が心底うらやましいよ」
「神様にはお供えも効果的よ。提灯と甘いお酒といい音楽があれば、蛍と仲良くしやすいわよ?」
「ホント? やってみる」
 笑った顔はルカに似てる。
 でも、サイモンに手を取られても、腰に手を回されても、ちっとも怖くない。圧倒されない。髭は無くてもベージュのテディベアのように人畜無害に見える。

 曲が終わると、ルカがやって来て、サイモンから私を受け取った。
 やっぱりそっくりだけど、全然似てないわ。

 ルカには圧倒される。
 腰に回された手が熱い。
 身体中がぴりぴりする。
 息が詰まる。

 何か話して空気をやわらげたいのに、言葉が出てこない。
 ルカも一言も話さない。
 視線を離したいのに離せない。
 最後に一言だけ言い残して、ルカはホールドを解いた。
「青谷で待ってる」


 ルカは約束通り、礼儀正しく振舞った。
 ビジネススライクに、でも暖かい態度を崩さない。
 またふわふわの髭が顔を覆い始めていた。
 唇の上も顎も。
 意外になめらかそうな頬も。

 フィールドでは3年前には無かった植物がいくつか見つかった。そのうちの一つが珍しいフウチョウランで、半径100キロ以内には生息していない花だった。どこからどうやって来たんだろう。
 メドゥーラがあっさり答えを出した。
「蛍だろう」
 ルカはビックリした。
「蛍ですって? ヤツらがどこから移植したっていうんですか?」
「このコロニーも十分育ったから、またここからそのうち株を持ってくだろう。見てたらいい。蛍にも好みというものがあってね。ヤツラにとっては、この星は大きな庭みたいなもんなんだよ」
 見ていると蛍が寄ってこないので、ルカはこっそりカメラをしかけた。

 テントでモニターを見ていたルカが声を上げた。
「アカネ! ホタルが来た!」
 体長60cmばかりのホタルが5匹、蘭の群落の上をふよふよ飛んでいる。全部の株を丹念に見回っているように見える。
「C3の株だ。バルブが5つ出てたヤツ」
 アカネはルカの背後からモニターを覗き込んだ。
「バルブを分けてるわ」
「あんなに前足短いのに器用なもんだ。爪をうまく使ってる。でもどうやって運んでゆく気だ?」
「飛んで来たのよ? 飛ばせばいいのよ」
「ああ、そうか……でも、どこへ……」
「ほらe7の株も掘ってる」
 アカネは思わずルカの肩をつかんで、モニターに見入っていた。
 最終的にホタルは5つの株から2~3コずつバルブを分けて、元の株に丁寧に土をかけた。
 しばらくコロニー全体を見回していたと思うと消えた。
「飛んだ!」
「どこに植えるのかしら。ホタルは数年先の天気まで読めるの。干ばつの来ない、星が落ちてこない安全な所に移植したのね」


 2人の目が合った。 アカネはルカの肩に置いた自分の手に気付いたが、すぐには離さなかった。自分が置いたくせに、びくっとした。
 ルカに手を重ねられる……重ねて握って欲しい?
 ルカはただ微笑んで「見に行こう」と言った。

 コロニーは60cm級のホタルが5匹、はい回って土木作業をしたと思えないほど整然としていた。
「ホタルは随分優秀な庭師らしいね」
「そういえば母さんが……」
 アカネは思い当たってつぶやいた。
「イリスが?」
「母がいつも行く墓地があるの。宙港の近くに。そこに母の妹が埋葬されているんだけど……お墓の上に香りの良い白い花をつけるつる草が茂っているの。母は、その花が……母の妹だというのよ」
「比喩でなく?」
「比喩でなく」
「この星の花でないのは確かよ。でも誰かが持ち込んだのかもしれない。とにかく、ホタルはどういうわけはその花が好きなの。そしてその花のシース……むかごみたいな栄養体を色んな所に植えに行くのよ。それが、必ずしも環境の良い所ばかりじゃないの。砂漠の真ン中だったり、土もない岩場だったり。メドゥーラは、今良くないだけで未来は良くなる場所かもしれない、と言うの。あまり信じてなかったけど……」
「信じる気になった?」
「サユリを見ているとね」
「確かにあの子は不思議だよね。でももっと不思議なのは君のお母さんだよ。どんな星から来たんだろう」


 ルカに何もかも話したくなった。
 これまでアカネは警戒していたのだ。この余所者にどこまで石やホタルの秘密を話していいか。どこまで自分や母の秘密を話していいのか。
 ルカが裏切らなくても、ルカが持ち出した情報を悪用されたら? また悲劇が起こる。でもアズアもメドゥ-ラも頓着せずに、何でもルカに話しているのが意外だった。ルカを部外者にしておきたくて、ぴりぴりしているのは、どうやら自分だけらしい。

 彼を信じて、裏切られたくない。
 一人でエクルーを思っているだけなら安全だった。誰も私を傷つけることができない。
 でも、ルカは私を簡単に傷つけることができる。それが怖い。

 馬鹿馬鹿しい。
 ルカに何ができるっていうの?
 失恋ぐらいで死にやしない。怖がって、何も手に入らられないくらいなら、火傷覚悟でつかめばいいのだ。びくびくしているのに飽き飽きだ。

「案内するわ。叔母の花を見て。それから分布を調べてみましょう」
「気候変動の予測ができるかもね」
「ホタルの言葉がわからなくても、これなら目に見えるでしょう?」
「やってみよう」


 ルカのヨットで墓地に行く前にリィンの泉に寄った。
「こんにちは。サユリ、来てる?」
「来てるよ。おむつを替えて絶好調だ」
 3匹のホタルがサユリをあやしていた。

 アカネはサユリを抱き上げると、話しかけた。
「あのね。今から叔母さんのお墓参りに行くの。母さんの妹よ。シレネーっていうの。シレネーはホタルが大好きなお花なんですって。会いたくない? 一緒に行かない?」
「シレネー? ループー、ピールー」
「何だって?」とルカが聞いた。
「さあ? でもホタルには通じたみたい」
 ホタルが、りーるー、りーるーと騒いでいる。

「あんたたちも来なさい」とアカネが言うとパッと消えた。
 先に飛んだらしい。
「リィン?」
 アカネが見上げると、リィンはため息をついた。
「お供しよう。専属ナニーだもんな」




 墓地に着いたアカネは驚いて立ち尽くした。
 昨年の秋に来た時と風景が丸っきり違う。元々茂って墓石を埋め尽くしていたが、半年で4倍くらいの面積に広がってた上に、びっしりと花が咲いていた。
 甘い香りでむせ返りそうだ。

「昨年までも花が咲いていたけど、もっとまばらだった。どんどん地下茎とつるを伸ばして、むかごで増えてたのに……むかごが全然ついてない」
 アカネが茂みの中に分け入って、調べている。
「季節的なものじゃなくて?」とルカが聞いた。
「多分。以前、夏に来た時もこんなに花が咲いたことなかった。何だか怖い」
 背後でサユリがうきゅきゅっと言った。リィンが花を摘んで、蜜を吸わせている。

 自分も花をくわえながら、リィンが言った。
「チビ、この花はお前の叔母さんなんだってさ。おいしくて、綺麗な叔母さんで良かったな? ほら、名前を呼んでやれよ。シレネーだって」
「ぷう、シレネー?」
 茂み全体がざざざと鳴り騒いだ。
「風も無いのに、何?」
「シレネー! ぴーぷー!!」
 サユリが叫ぶと、葉がざわめいた。
「ぷー、ぷー。シレネー! ママー!!」

 サユリが火がついたように泣き出した。
 リィンの腕の中で身をよじって泣き出した。
「どうした、どうした。ママはおうちにちゃんといるぞ? この花はママじゃない。叔母さんだ」
「ママ、ママ、ママ!!」
 サユリの泣き声につられて、ホタルが集まって来た。
 リィンは大ぶりのホタルを1匹捕まえた。
「しょうがないな。先に連れて帰る。またな」
 ホタルと一緒に2人の姿が消えた。

 ルカはあっけに取られてアカネに聞いた。
「彼はホタルをタクシー代わりにできるのかい? ……アカネ? どうしたの?」
 アカネの顔は真っ白だった。
 まだシレネーの茂みがざわざわと揺れ動いている。花の香りが一段と強くなって息がつまりそう。
 青白く光る半透明のホタルが次々と集まっている。手のひらくらいの幼生から1mくらいのものまで大小混ざって、りー、るー、と鳴きながら100匹ぐらい花の間を飛んでいる。花の間をごそごそやって、赤い実を摘んではふっと消える。
 全部のホタルが実を持って消えるまでざわめきが続いた。

 アカネは棒を飲んだように、まっすぐに立って身体を震わせている。
 目をかなたの何かを見ている。
 北の山の向こうを。
「どうしたの? アカネ? こっちを見ろ!」
 ルカがほっぺたを軽く叩いた。
 アカネの目がやっと焦点を結んで、ルカを見た。

「あ……ごめん。キスよりはいいかと思って」
「ええ、キスよりはいいわ。ありがとう」
「とにかく座んなよ。どうしたの? 何というか……この花のざわめきとシンクロしてるように見えた。何か怖いものが来るのか? 北から?」
 アカネは花の無い地面に移動して、へたりこんだ。
 大きく息を吸って、落ち着こうとした。

 ルカはアカネが不安にならない程度に離れて、でもアカネが心細く思わない程度の近さで座った。よく地面を見て、植物を踏まないように座ったのでアカネは思わず微笑んだ。

「何かビジョンを見た?」
「ええ。イメージというのかな。北の空が白く光って、地面が鳴動するの。シレネーは怖がっている。花を沢山つけるのは不安だからよ。急いで花咲け、急いで実をつけ、逃げろ、逃げろ、災厄から……」
 またアカネがトランスに落ちそうだったので、ルカが肩を揺すぶった。
「災厄って何だろう?」
「多分、隕石。ペトリが崩壊してから、数年に一度降ってくる。上空で衛星が見張って迎撃してくれるから、ほとんど地面に届かない。大気圏突入で燃え尽きて、せいぜい青谷みたいに衝撃波が来る程度」
「それでも凄い災害じゃないか。あの面積が火事になったら気象にも影響があるだろう?」
「ええ。長雨、冷夏、地穀変動、極ジャンプ、……彗星が……凶星が災いを連れてくる……花咲け、実をつけ、生き延びよ……」

 ルカがアカネをぎゅっと抱きしめた。
 アカネが我に返ったのを見て、ぱっと手を離した。
「ごめん。ショック療法。効いたろ?」
「ありがと」
 ルカが立ち上がってアカネに手を貸して立たせた。
「またトランスに落ちる前にここを離れよう。次はキスしてしまいそうだ」
「ご配慮ありがとう」


 2人はヨットで、ジンのドームに戻った。
「サユリは落ち着いた?」
「うん。大変だった。舌をかみそうに。痙攣して泡吹いて泣いて……。一体どうしたんだろう」
 リィンは膝の上のサユリの寝顔を覗き込んで、指でほっぺたの涙を拭った。
「母さんは?」
「それが泣き叫ぶサユリを抱いてる内に真っ青になって倒れちゃったんだ。今、ジンが診てる」
「私も行ってくる」

 寝室をそっと覗くと、ジンがイリスの手を握って何か話しかけていた。それから静かに立ち上がるとイリスの額にキスをして、ドアの方を向いた。
 アカネを見つけて、口に指をあてて静かに、というゼスチャーをした。アカネの背に手を添えて一緒に寝室から出た。
「寝てる。話は後だ」
「何があったの?」
「こっちこそ聞きたいよ。どうしてサユリはあんなに泣いてたんだ?」

 アカネは墓地での出来事を説明した。
「つまり災厄の予兆をシレネーが感じてて、その夢にシンクロしてお前やサユリも不安になったというわけか」
「そういうことだと思う。父さん、メテオ・システムはどのぐらい信頼していいの? 青谷の後も3つ小惑星が降ってきたじゃない?」
「100%とはいかない。迎撃した後、破片が落ちる場所まではコントロールできないからな。できるだけ海に落ちるようにしているが。システムが古くなってきたんで、3年前からアルに見直してもらってバージョン・アップしているとこだ」
 アカネはまた身体がすうっと冷たくなった。
「父さん……今彗星が近づいてるでしょう? どうなるの? 彗星のせいで重力バランスが崩れて、ペトリの欠片が一斉に降ってきたら……衛星はいっぺんにいくつまで対応できるの?」
「父さんとアルはできるだけやってる。心配するな」
「恐ろしいことが起きる予感がするの」
 アカネの手をジンが包んだ。
「不安にのまれるな。そういう時は自分にもできる事を探すんだ」
「できる事……何を?」
「例えば父さんに珈琲を煎れてくれるってのはどうだ?」
 アカネは微笑んだ。
「すぐ煎れるわ。待ってて」

 居間ではリィンとルカがビールを飲んでいた。
「ルカの話を聞いて思ったんだが、シレネーの分布をホタルが植えたんなら、ホタルに聞いたらどうだろう?」
「そう思って、サユリを墓地に連れてったのよ。それがあんな事になって……」
「そうか。じゃあさ、メドゥーラに通訳してもらったら? 君が見た夢の事もメドゥーラに話した方がいい。」
「そうよね。何かできる事を探さなきゃ」
 ルカがビールのグラスを飲み干して立ち上がった。
「僕は青谷に戻る。まだメドゥーラが捕まえられるだろう。アカネ、君はお母さんとサユリについててやりなよ」


 アカネは裏庭に停めてあるヨットまで、ルカを見送りに出た。
「今日は……色々ありがとう」
「ありがとうって何について?」
「私がパニックになった時にしてくれた、色んな心遣いよ」
「ああ」とルカが空を仰いだ。
「キスをしなかったことについてお礼を言われてるわけだな」
「それもあるけど……私の妄想をまじめに受け止めてくれたのが嬉しかった。単なるヒステリーを取られても仕方ないのに」
「ああ、そのことか。僕もボンクラだけどテレパスだからな。切れ切れだけどイメージが見えた。だから信じる」
「ありがとう」アカネが微笑んだ。
「僕とサイモンの調査予定は明後日までだけど、メイリンを説得してできるだけ早く帰ってくる。シレネーが心配する災厄ってのは、そんなに遠い未来じゃないんだろう? シレネーの分布を調べて、何か予知できるなら被害を減らせるかもしれない」
「ありがとう。私たちの星のために考えてくれて」
 ルカはにっと笑った。
「余所者の意地だ」
「そうね。頑張って」
「応援ありがとう。とにかくまた戻ってくるから今はキスさせてもらえなくても焦らない。君も慌てて僕を切り捨てないでくれ。これでも結構役に立つ男かもしれないよ?」
 アカネは笑ってしまった。
「そうね。期待してるわ」

「父さん! 父さんまでビール飲んでるの? まだ3時よ?」
「アカネがルカと話し込んでて珈琲を煎れてくれないから仕方なく」
「もう。じゃあ私も飲んじゃおう」

 アカネはビールを一口覆ってため息をついた。
「大丈夫か? まだ顔色悪いぞ?」
 リィンが聞いた。
「ええ。まだ油断するとすぐさっきの悪夢に落っこちそう。サユリもまだ眉間にシワが寄ってる。かわいそうなことしちゃった」
 ジンは急に深い穴の底を覗き込んだような顔をした。
「父さん? 大丈夫?」
「いや……イリスはこのためにサユリを生んだのかと思い当たって」
「何のこと?」
「いや、上に5人いるだろう。子供はもう十分かと思ってたんだが、イリスが急にもう一人子供を作ろうと言い出した。強力な泉守りが必要だとか泉への賄賂だとか…この星はまだ危うい、とかも言ってた」
「本当にこんな赤ン坊に、そんな事を背負わせる気ですか? 災厄を避けるだの、隕石だの……大人にでき無い事をチビにやらせるんですか?」
 リィンがいきまいた。
「じゃあ、大人にできることは大人でしよう。俺はメテオ・システムを見直してみる。彗星の影響も考慮に入れて、どの欠片がどう落ちてきそうか予測をつけてみる。アカネ、シレネーの分布を調べたければエクルーんとこの苗床ロボットを借りればいい。216体いる。俺が設計したんだ。30種ぐらいの植物なら結構精度良く識別する。ジェット・パックを背負わせれば300キロくらいなら自分で飛んで帰ってくる。昨日今日植えた種やむかごはともかく、育って根付いていれば検知できる。GPS付きですぐ地図に落としてくれる。リィンは……できるだけサユリについててやってくれんか。またパニックにならないように」

 急に何もかも動き出した。毎日青谷のクレーターを見ながら、それでも天空に散らばるペトリの小惑星群を怖いなどと思ったことはなかったのに。
 母は何を見ているのだろう。小さな妹は何を感じて怯えているのだろう。
 私たちに、何ができるんだろう。






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