あおいこころ

わたしがこの世で生きていくこと🍎

みんなが救世主😶

2023-01-09 09:24:09 | この世に思うこと


日本は神道だし
ネパールあたりは仏教だったし
中国あたりは道教や儒教
キリスト教は中東あたり

救世主は
その地域を救いたくて
その地域の価値観や習慣に合うように
その地域に根差した
分かりやすい教えを説いている
だから
その教えが
その地域から出てしまうことは
もう間違っている

信者を増やしたいだの
他の地域の人も救いたいだの
人間の浅知恵が動いた時点で
その宗教は終わりだ
あとは人間の欲を満たすために
巧妙に利用される

人間の欲が神をかたり
どれだけ人間が乱れてきたか
歴史を見れば分かることだ

シャカやキリストは
お経も聖書もかいてない
儀式的な礼拝も
偶像崇拝も教えてない
それはのちの人間が
つくりだしたものだ

でも
この世の中を救えるのは
人間なんだ
だって
シャカもキリストも
肉体を持った人間だった

きっと教えは
とてもシンプルで
難しい儀式も
読めない経典もいらなくて

与え続けるばかりの
自然のエネルギーと
自分の命をつないでくれた
亡くなったものたちに
ありがたいと
日々思うことができたなら

世の中が変わりだすと思う

意味があるから生きる🙃

2023-01-07 20:41:41 | この世に思うこと


時折やってくる無気力感
すべてが面倒に思えてくる
わずらわしいものから
解放されて
楽になりたい

そんなときもあるさ
でも生まれ出た以上
生ききらなければ



人は完璧ではなく
みんな未熟に生まれ
未熟なまま死んでいく

人の役割や
存在の意味や理由とは
人は問いかけ続ける

けど
生きてる内に
答えは出ないようになっていて
だから
未熟な人が答えを出すために
どう行動したかしかなく

どうしても答えが知りたいなら
こんな答えはどうだろう

地球上に
意味や理由がなくなったものは
すべて消え失せている事実がある

この地球上にあってもなくても
環境に影響がない存在が人間
今ではむしろいない方が
地球環境にいい存在が人間

それでも人の存在が
地球上に許されている
この事実があらゆる人の
存在理由であり
この世に生きるという事実だ

そもそも
こんな問いは
愚かな人間が
生きるための意義を
見つけたいだけの言い訳探しでしかない
人間の存在自体が
完璧な存在意義だというのに

生きる意味ではなく
意味があるから生きるのだ
この地球上に
この愚かな人間たちの
存在価値があるのだ

価値があるうちに
すべての人は
根っこでつながっていて
すべての人は
1つであることに
気づかなくてはいけない

もう何千年も人間が
気づけないで
何度も繰り返した
愚かな蓄積
それでも
地球上に人間の存在意義が
あると示される

途方もなく悲しくなる

人の存在価値が
あるときなくなったら
そのとき人間は消え失せるのだろう

観音さまはあらゆる姿に変わって人を助けに来るらしい✨

2022-07-17 18:26:15 | この世に思うこと


ずっとあなたが好きだけど
はじめて逢った時よりも
今のほうがずっと好きだ
この好きは
毎日更新されていく

はじめてあなたを見たときに
後光がさしていたから
たくさんの人の中から
すぐに見つけることができたけど
その瞬間
好きになってはいけない人だ
きっと相手にされないだろう
生きる世界が違う人だ
と感情をおしころした
はずだった

あなたとずっと一緒にいるけど
これから先どんなに私を
怒らせても悲しませても
ずっとあなたが好きなのは変わらない
ことは決まっている

あなたは私を
泥海から引きずり出し
洗ってくれて
光の世界へ連れてきてくれた
私を助けに来てくれた
私の観音さま
あの日に見た後光は
観音さまの後光だった

私の観音さまは
ずっと私の
お尻が好きだ
と言う
これから先も
お尻が好きだ
と言ってくれるだろう

観音さまは
好きなお尻がなくなってしまうことに
きっと耐えられないと思うから
観音さまがこの世を離れる時は
私がこの世に残ってお見送りをする
と決めている

愛おしい日々😊

2022-06-15 18:13:42 | この世に思うこと



頑張って
後悔のないように
懸命に生きられるのは
余裕のある人で

今日を大切に生きたと思えれば
それでいい。

頑張って生きているっていえない
後悔ばかりで
懸命に生きた証なんてどこにある?

そんな日々も
この世を去るとき
すべてが稀少な経験だった
すべてが愛おしい記憶となる。

だから今を大切に思えれば
それでいい。

少し余力があれば
今より少し楽しくなるように
ちょっと頑張ってみればいい。

うまくいっても
いかなくてもいい
愛おしい記憶が増えるだけだから。

そして頑張った証は
魂に刻まれているのだから。