妻がいて孤独

基本的にふざけろ

2008-02-24 11:22:15 | Weblog
 義男から連絡があったことを、親が知ったら喜ぶかなと思った。翌日へちま山での仕事を終えてアパートに戻り、妻が夕餉の支度を始めるのを待って、
「部屋入るぞ」
 と声をかけた。
「なんで」
 台所から、やや不興気な声が返ってくる。
「電話」
「ええ?」
「電話だよ」
 返事はなかったが、コンロに火がつき、なにかを炒める音が聞こえてきた。
 歩いていって、四畳半の襖を大きく開ける。ゴムの質感を伴った闇が六畳間を通って中空に霧散するのを待ってから、じめじめした畳に踏み込んだ。ほの暗い部屋のすみに、きちんと畳まれた蒲団があって、反対側の壁ぎわに鏡台と書棚とこぶりな洋服箪笥がある。床のあちこちに、ねずみやカエルといった、小動物のおもちゃやぬいぐるみが落ちている。
 腐りかけた木の雨戸を苦労して開け放ち、残りの闇を手でぱたぱた追い払う。すずしい風が吹き込んで、壁のカレンダーが揺れて乾いた音をたてた。
 ぼくたちの住む部屋は二階の角部屋なので、小道をへだてて対面にならぶ住宅の門や庭木を見下ろすかたちになる。はす向かいの家では、やはり夕餉の時間なのだろう。リビングにいくつかの人影が動き回っている。オレンジ色の明かりが庭に漏れて、横倒しになった三輪車を照らしていた。
見上げれば西の空はまだ暮れきらず、済んだ藍色に輝いている。アパートの隣人や近所のひとたちと、ぼくたちはほとんど交際することはない。
 町の電気屋でフンパツして買ったPanasonicの電話機は、受話器を取り上げると同時に、小さなディスプレイと数字ボタンが黄緑に点灯する。買った当初は物珍しくて、妻とふたりで点けたり消したり、その人工的な光を飽かず楽しんだものだ。
 今はむろん、そんな無邪気さを共有する気持ちは、お互い残されていない。
 着信音もいくつか選べて、それを月ごとに変えたりするのも楽しいものだったが、いつしかドヴォルザークのままになってしまった。
 ほとんど電話がかかってこないので、情熱が冷めたのだ。
 畳にあぐらをかき、唯一「電話帳」に登録されている「鱸晴一」に電話をかける。
 何度かコール音がして、途切れた。
 むこうはずっと無言。
 母親である。
 居間にある電話に出るのは、家族の中では母親の役割だった。
 ただこのおんなは、昔から電話に出てもなにも言わないのである。はい、ももしもし、もスズキです、もない。ガチャッと取って、相手の出方をえんえんとうかがい続けるのである。いつまでも。相手がなにか喋り始め、用件の輪郭をつかんでからようやく、人間らしい反応を示すのだ。
 こういう電話の出方をするおんなを、ぼくはほかに知らない。
 相手が面食らって、そのまま電話を切ってしまうこともしばしばで、子供のころから度々そういう場面を目撃した。そんなとき、母親はまことにいい表情になった。知恵比べに勝った禅僧もかくやといった、晴れがましいような、それでいて引き締まった顔。
 諸事こだわらない性格の親父は、このことでもなにも言わなかった。だからぼくもそういう母親を、眺めるしかなかった。弟だけが、友達が気味悪がって電話をしてくれないといって泣いた。昭和四十年代の話で、もちろん携帯電話なんて誰も持っていない。
 電話のむこうの静寂を懐かしく聞いたのち、
「松男です」
 と言ってみた。
 たぶん二、三年ぶりくらいの息子の声も、母親のフォームを突き崩すことは出来なかったようだ。
 で、勝手に喋り始めた。
「義男がね、昨日電話してきたよ」、と。
 あんまりうまくいってないらしい野郎の細部については伏せながら、経営思わしくないケチャップ工場を半年前に辞めて、現在は将来有望なマヨネーズ工場で働いていること。その工場がぼくの住むアパートになぜかほど近いこと。金はないらしいが健康だということ。付き合っているおんなが、少なくとも重度のアル中でも職業的泥棒でも殺人鬼でもなさそうだということ。
「でね、今度の日曜日に遊びに来るって」
 そう言ったら、
「あら」
 と母。
「あら、かいな」
 とぼく。
「そうね。うふふ」
 そこそこ柔らかい声を聞けた。
「親父はいるの」
 少しほっとして訊いたら、ガサガサ音がして、
「お父さーん。松男。松男が」
 と、前触れなしに親父に代わった。妙なおんなだとつくづく思う。
「松男か」
「ああ」
「今NHKで手塚治虫の特集やってるぞ」
「ああ、そうなの」
「お前、見てたか」
「いや」
「手塚治虫、知ってるか」
「たぶん」
「そうか」
 と親父。
「『ジャングル大帝』、大したもんだなア」
「そうだねえ」
「『三つ目が通る』もすごい」
「『火の鳥』しかり」
「そうとも」
 親父は三流どころの私立大学で、国文学の教授をやっている。
 春子を初めて家に連れて行ったとき、白いスーツでかしこまっている未来の嫁を見て、
「きれいなひとじゃないか。お前にしては上出来だ」
 と型通りに持ち上げて、
「サソリじゃなくて、ほっとした。ガハハ」
 という浮世離れした応対をした男である。
 義男の話をしたら、
「マヨネーズか」
 そこだけピン・ポイントに反応を示し、なぜかしんみりとした口調で、
「うまいマヨネーズ送れって。義男にはそう伝えとけよ」
 電話を戻し雨戸を閉めた。台所では妻が煮炊きの最中で、おたまにすくった汁を、ふたまたに分かれた舌で味見しているところだった。暖気に満ちた台所で、エプロンごしに後ろから抱きつく。
「ちょっと」
 と妻。
 それは夫なる男に突然抱きすくめられて上げた嬌声でもなく、喜びを隠しおもねるよう言う「ちょっと」でもなく、単純に行為を中断させられたことに憤る、ごくごく冷たい「ちょっと」である。それでもぼくは、その細い身体をいつまでも抱きしめ続けた。妻はそういうぼくを放っておいて、尻尾でごぼう汁をかき混ぜる。
 ごぼうは春子の好物である。