トランプ政権がアメリカの学問の世界を圧迫し、気に入らない、政策に合わない学者や研究所、学問分野への資金をどんどんカットしまくっているので...
当然の結果としてこうなっています。
あの最も信頼ある科学誌、ネイチャーの調査ですからね。
米国で研究をしている科学者の75%が「出国を検討中」というのはなかなかに深刻なことです。
どうするのでしょう。もし「出て行く」ことを国が禁止する、留まることを強制するとなると、中国とやることが同じになっちゃいます。
まあ、トランプなら習近平と全く同じことをやりかねないのが実際のところなのですが。
そしてベルリン自由大学というところが、米国で研究するのに嫌気がさした研究者たちに対して「うちが歓迎する」という書簡を発表しました。
「移れるものなら移りたい」というのが、研究者たちの本当の気持ちなのは間違いないですけれど...
設備や環境がどんな所でもいい、というわけには行かない研究もありますからね。
それでもこれから数年の間に、多くの優秀な研究者が米国から流出することは避けられないでしょう。
じゃあどこへ行けばいいのかというのは本当に難しいところ。たとえば中国は研究資金が潤沢で設備、環境も整っているけれど...
学の独立、知の自由が保証されるかと言ったら、全然そうではないわけだから移る意味がない。
日本でも「こっちに呼べばいい」という声は上がっていますけれど、日本学術会議への政権からの干渉を見ても、大学への経済界の介入強化を見ても、ふさわしい場所ではなくなっている。
まあ、どこにせよ、権威主義的な国は駄目ですよね。
権威権力からのコントロールが比較的少なくて自由度が高く、設備や環境も整っている先となると、現状ではやっぱり欧州各国ということになるのでしょうか。
第二次世界大戦前にナチスドイツから多くの科学者、学者、思想家、芸術家が米国に亡命した結果、各分野で大きな成果がもたらされ、アメリカの絶対的覇権のもとになったのは有名な話です。
今度は米国から欧州への逆流が起きるのでしょうか。
もしそうなったら、アメリカの没落と欧州の復活に繋がることでしょう。
では、なぜ学の独立、知の自由がそんなに大切なのか。
自然科学でも人文学でも芸術でも、それに従事する人の自由な活動が保証された国や地域や都市において、進歩がもたらされたのは歴史を見れば明らかです。
逆に宗教勢力などの権威や、政治権力による介入、規制、取り締まりが厳しくなると、それが停滞・衰微するということが繰り返されてきたのです。
現代では権威権力に加えて、資本家や企業、もっと広く、社会からの経済的要請によるコントロールというものがそこに加わっていますけれど。
要するに「カネにならない学問や研究は不要」「儲かることをやれ」という傾向です。
でも、考えてみてください。
たとえば「地動説」というのは、利潤を生み出す、もっとはっきり言えば、カネになるものだったでしょうか?
人間から見れば、あくまでも天球が動いているように見えるわけで、それで生活に何か支障があるわけではない。生産や商業活動に何ら支障はなかったわけです。
ただ、継続して天体の動きを観察している人たちは、日々、同じ時間に同じ星々のいる位置が、徐々に動いて行くことは太古の昔から気づいていて。
それは一斉に同じように動いているのに、ただ一部の明るい星の中に、天球の中で他の星の動きに逆らって時々「逆行」するものがあった。
それが「惑星」と呼ばれる星だったわけです。彼らのうちの一部は「なんで惑星だけ逆行するのか?」という疑問に取り憑かれた。
それは何かの役に立つから、謎をとけば儲かるから、ではなかった。純粋な知的好奇心でしかなかった。
普通の人は「そういうものだから」で済ませて、そこにある意味や理由には全く興味を示さなかった。
権威筋は「神がそういう風にお作りになったから」で済ませました。
しかしそんな何の役にも立たない知的好奇心、謎を解きたい、この世界の真理を知りたい、という欲求に突き動かされる人がいる。
そのために生活を投げ打ち、場合によっては命まで捨てるくらいの覚悟で突き詰める人がいる。それが人間という存在なんです。
そして、なぜ惑星は逆行をするのか、しかも一様一定でない速度で逆行するのかという疑問を、幾何学的なアプローチから考え抜いた結果...
「もし天球ではなく地球が動いていると仮定したら...うまく説明できるじゃないか!」と気づいた人間によって、この宇宙がどうなっているかの基本が明らかになったのです(ニコラウス・コペルニクス)。
人間とはそういう存在なんです。何の役にも立たない(とその時は思われる)ことであっても「真実」「真理」を知りたいと熱望する、変わった人たちがいる。
また、雷の正体は何なのかという疑問に突き動かされて、命の危険をも顧みず、雷雨の中で凧を上げる実験をする人間がいた(ベンジャミン・フランクリン)。
普通の人からしたら狂気の沙汰です。
考えてみれば「月に行く」というアポロ計画のミッションだって、莫大なお金がかかっただけで、直接の利益を生み出したわけではない。
(何の得にもならないから、月に人を送り込むミッションは、その後何十年も打ち捨てられてきたんでしょうね)
でもそういう役に立たない研究で明らかになったことや、科学的なミッションで達成されたことが、いつかやがて、人の役に立つこともある。
その時、それそのものがすぐには役に立たなくても、やがてそれをもとに、世の中の役に立てたり人に利益をもたらす方法を考え付く、別の人間が出る場合もある。
そうやって人間は文明を築いて来たのです。
「役に立たないことはするな。考えてもしょうがないことを考えるのは馬鹿馬鹿しいからやめろ」ばかりだと、ここまで文明は発達しなかった。
一般人からすると「変人」でしかない人間の知的欲求を、潰すことなく自由に解き放つ。それどころか研究費や生活費を出して援助するような「物好き」まで歴史の中にはいた。
そこから生まれてきた成果にある意味「ただ乗り」して、自分の便利な生活に活かしたり、病気を治したり命を永らえたりしている、それが普通の人たちなのです。
それが「学知」というものの性質なんです。いま直接役に立たない研究や、権威権力からすると都合の悪い研究をやめさせたり...
無理やり役に立つものに変えさせたり、ねじ曲げたり...そういうことをやっていたら、伸びるはずだった「知」の芽はすぐに枯れてしまうんです。
だから、学の独立、知の自由は守られなければならない。
それを理解していない国や社会は、中長期的には、繁栄からも見放されて行くのです。
書物を焼き学者を穴埋めの刑に処した古代の秦帝国が、あっという間に滅びたのもそう。
中世のヨーロッパがキリスト教会のドグマに縛られて、イスラム世界に文化や技術革新で大きく遅れをとったのもそう。
文化大革命で反知性主義に陥った中華人民共和国が、長い間西側世界に遅れをとったのもそう。
そして今、気に入らない研究機関や大学や研究者を排除しようとするトランプのアメリカが、どういう道をたどるかは明らかに予見できます。
そして「カネにならない学問分野」や「政府が気に入らない研究者」を冷遇し、排除しようとしている私たちの国も、同じ運命を辿ることになると思います。
反知性は、間違いなく衰微や滅亡への道なのです。