
読むべきアメコミが枯渇したので、いざという時に残しておいた (1963)65 号についてレビュー。今回のレビューは短い。
筋書きをDennis O’neil、画をNeal Adams、インクをTom Palmerが担当。添付画像はMarie Severinの表紙。このブログでSeverinの画を紹介するのは初めてじゃないかな。つい先日お亡くなりになったようだ。ご冥福をお祈りいたします。
今回も粗筋から。Professor Xの遺した(死んだことになっている)屋敷に戻ったX-MEN達は、屋敷に残っていたHAVOKとLornaからZ’noxなる宇宙人からの侵略の危機を知らされ、その先兵と戦うことになる。
気に入ったシーンや台詞を順不同で書いていく。Adamsの画とコマ割りはやはり凄いな。コマ割りで言うと、世界中の人々のコマ、彼等の思い遣りの心を合わせZ’noxに照射するCYCLOPS、それを受けたZ’noxの様子の連続を見開き2ページに費やすところだな。
この物語が描かれたのは1970年。ベトナム戦争の真っ最中。Z’noxなる仮想の敵を作っているが、作者O’neilのベトナム戦争に対する反戦のメッセージだろうと思う。だから、X-MENのミュータントとしての力ではなく、Compassion(前述の通り思い遣りの心と訳した)を使って、敵を撤退させている。
思い遣りの心を照射された時のZ’noxの台詞、”Our will to conquer being eaten away.”
X-MEN達の仲間割れは、彼らが若いからこそなのか。血気盛んな若者の集団という設定は面白い。
内容はヘロヘロだな。大体なんで、宇宙人の侵略を事前に察知し、また彼等の歴史と侵略の理由をProfessor Xが知ったのか。この号から数えて2号先からは暫く昔の作品の再収録号となる。それがわかるような品質。
それから、コマによって画の品質が違うのが気になる。Adams自身がインクを入れたコマとPalmerが入れたコマが違うのかな。それから、この表紙にも出て来るZ’noxの用心棒的生物。中身にも出て来るんだけど、これ本当にAdamsの画かな。酷い。