♪京都 大原 三千院
♪恋に疲れた 女がひとり
という歌。8トラのカーステで親父とお袋が聞いていたのが幼心に印象深かったのか、物凄く良く覚えている。
当時でも、すでにリリースから10年くらい経っていたこの曲。「母を訪ねて三千里」というアニメに夢中だった自分は完全に、
♪京都 大原 三千里
だと思っていたのだけれど。

仕事で疲れた オッサンがひとり
バイクの朝練でw
いやあ、山あいのワインディングの朝練がてら、軽いノリでやってきたけれど。朝9時の開門から参道には上品な熟年夫婦や、妙齢の女性グループばかり。庭園のアジサイとか綺麗なのかな?
プロテクター満載のライディングジャケットのオサーン、かなりの場違い感。よし、三千院は奥さんとまた来よう。即、撤退。また帰りの山坂道を楽しもう!

と思い、バイクに戻ると、、、
何か案内板に書いてある。

バイクをそのままにして、右手にそのまま坂を登る。

いい。

ここか!
藤原時代(平安時代)の仏像=重要文化財がいくつも拝めるというのは。

いい。とくに三千院と違い、他に人が全然いないのが。

本堂。見事に誰もいない。ブーツを脱いでスリッパに履き替え、上がらせてもらえる。薬師如来、阿弥陀如来、釈迦如来の三体が開け放しの窓から見える。そりゃ、平安時代の仏像です、1,000年前。窓から拝めるだけだとばかり思っていたら、お堂の中に右手からお入り下さい、と書いてある。。。
おそるおそる本堂の中に入り、目の前で三像を拝む。やはり誰もいない。重文、平安時代の作品。目の前。なのに柵さえない。触ろうと思えば触れる。警備もいなければ、写真禁止とも書いていない。それでも写真撮ろうとも思わなかった。
それくらい、素晴らしいです。

セコムくらい付けているのかな??
なるほど日本は善意の国、性善説、正直者の平和な国なんだろうな。しかもそれはかなり昔から。
しかし、それ故に、嘘をつくことなどハナから平気だったり、確信犯的な悪意をもった者に対しては、あまりに無防備に過ぎる気が。。。
誰も見ていなくてもお天道様は見ている、とか、自分が誠意と真心で接すれば相手もそうしてくれる、とか素晴らしいことだけれど、文化も歴史も違う、特に悪意を持つ相手に通じるのか?と。例の油撒き事件や仏像盗難事件を見るにつけ。
とにかく善意などの感情や気持ちが先に立ち、現実や合理性は、場合によってはハナから存在さえしないのかも。そういう意味で、
「一億玉砕、本土決戦!一人たりとも生きて帰るな!」
と、
「一人の戦死者も、一発の弾を撃つことさえも許さない!」
は、実は心性としては全く同じ、表裏一体のような気がする。。。ラブアンドヘイト、容易に裏返しになるような。