流れのほとりに

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ぼちぼち書くかな。

2022-10-10 13:39:51 | 日記
前回の投稿が2019年11月3年前。月日が経つのは早い。早すぎる。この頃はまだ父が生きていて、コロナ前。父は調子が悪いながらまだ自分の足で歩き食事もできていた。抗がん剤が効かなくなってやめた途端どんどん悪くなって寝たきりに。私は父を病院で亡くならせるようには絶対しない決意でケアマネの友人の助けを借りて訪問診療、訪問看護、ヘルパー訪問入浴を利用。父は翌年の1月21日に自宅で息を引き取った。その時私は仕事中で母が側にいた。父は意識がまだある時は病院に行きたがっていた。それは病院に行けば楽になるし良くなる期待もあったのかと思う。でも私にはわかっていた。病院に入院したらモニターをつけられて放置されることを。入院したら父が言葉を話したり、ナースコールを押せないことをいい事に?モーニングケアや巡回の時にしか父の側に誰も行かない事を知っている。だからもしかしたら私が父を最後入院させなかったのはその時の父の意志に反していたのかもしれない、でも私は父が元気な時に「病院では死にたくない」と言っていたのを覚えているよ。父は亡くなる朝、私が仕事に行く前にいつものように演歌をPCで流すと鼻歌を歌っていたね。意識も朦朧だったしもう父は何がなんだかわからなかったと思う。もうその時は死の恐怖に怯えることはなかったのではないかと思う。病院で1つの仕事として忙しい医療者に看取られるくらいならこれでよかったんだと思う。そう思っている。


茶葡萄はスズメバチが集っていたので収穫できずにいたら枯れてしまった。