スーサでの合同結婚式と同時に、アレクサンドロス3世は親友ヘファイスティオンを帝国宰相に任命する。
ギリシア神話の英雄アキレウスは、親友パトロクロスをトロイヤ戦争で殺したヘクトルを生きたまま馬車で引きまわして全身ズタボロにして殺した。
自身をアキレウスの生まれかわりと信じていたアレクサンドロス3世は、幼い頃から、ヘファイスティオンに「オマエはパトロクロスだ。」と言っては、互いの友情をかみしめあっていた。
しかし、それから間もなくして、ヘファイスティオンが病死する。
唯一の友人ともいえるヘファイスティオンを失ったアレクサンドロス3世の悲しみは深く、これを機にその行動は精彩さと冷静さを欠いたものが増えていく。
バビロンに帰還したアレクサンドロス3世は、さらにギリシアとペルシアの融合を進めるため、ペルシア風礼式や行政制度を取り入れ、代官に現地有力者を任命した。
このアレクサンドロス3世の行動は、マケドニア人達の目には、ギリシアをないがしろにしたペルシア化と映り、多くの反感を買う。
アレクサンドロス3世は、バビロンからアラビア遠征を計画していたが、10日間高熱にうなされた末(マラリアだったという説が有力)、紀元前323年6月10日、死去する。
そして、アレクサンドロス大王の死後、その後継者争い(ディアドコイ戦争)が大きな歴史を生むことになる。
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