懐かしいガラス戸がガララッと古い音をたてながら開く。
「あ、おかえり」
なんどめかの8月が来て
半ばが過ぎて、
のほほん、のほほん、のほほんと暮らす私の所に、
突然あなたがやってくる。
前から決まってたことみたいに、
いつもやってる習慣みたいに、
私の夢に帰ってくる。
昨日は一緒にフォークダンスを踊ろうとして、
その前はなんだっけ、もう覚えていないけど、
よくもまぁ奇妙なタイミングで、忘れた頃に出てきなさるものですね。
見慣れた破れた黒皮のソファに座って、
「おぅ」
なんて言ったまま眠たそうな目で新聞を読むだけのあなたに、私はいつもより少しやさしい。
話を盛り上げよう、
楽しくなるように。
話をそらそう、
気づかれないように。
あなたが座ってる黒皮のソファは家を売ったときに捨てたし、
この家も本当はとっくに壊されて更地なの。
だけどあなたは現れるから、
来てしまうから、
帰ってくるから、
私はあなたに死んでるって、
気づかせないように必死です。
そして私もまたあなたが死んでることに、
気づかないように必死です。
だって私は見ていない、
あなたの糸が切れるのを。
だからいつも通りに
いつもよりも少し優しく
いつものあの無愛想なトーンで
ただいるだけでいい
それでたぶん良い
ばかみたい、夢の中でもフォークダンス、踊れなかった。
「ちょっと練習してからね」
なんて言わずに、照れずに手を握れば良かった。
そんなことしているから、ホラ、また時間切れになって、
また背中を見失う。
ばかね私、もう一度捕まえるチャンスだったのに。
確か最期に手を握ったのは病院のベッドで、
あなたと犬猿だったはずの姉が、
泣きながら最期のあなたに間に合わなかった私を責めて、
握り続けて暖めていた手をよこした。
冷たくなっていく体の中でその手だけが暖かい。
でもそれはもう姉の手で暖められたみかんと同じで、
私は最期のあなたを見失った。
なんどめかの8月が来る
そして半ばが過ぎる
のほほん、のほほん、のほほんと私は暮らして、なんどめかの命日が過ぎる。
春は白いジャンパー、冬は濃紺のコート、秋は汚れた作業服、夏は緑のアロハ、
どれも見覚えのあるいつもの服で、あなたはやってくる。
いつものままでやってくる。
そのウエストポーチはダサいって言ったでしょ、
お給料出たら新しいのを買ってあげるから。
今度なんてないけど
今度なんてないけど
今度はないって
わかってるけど、
わかってるけど、
いつものままやってくるあなたに、
私はいつもより少し優しく、少し明るく話す。
「おかえり」
「また行くの?」
「どこに行くの?」
「ねぇ、どこにいるの?」
だって私は見ていない。
あなたの糸が切れるのを。