号:染殿の后
文徳天皇の女御、清和天皇の生母。
父は摂政太政大臣 藤原良房(よしふさ)、生母は嵯峨天皇の皇女である源潔姫(みなもときよひめ)。
文徳天皇の東宮時代に東宮妃となり、即位した年に惟仁(これひと)親王(のちの清和天皇)を産んでいる。
惟仁親王が天皇として即位した後、明子も皇太后の位を授かる。
明子はたいへん美しい女性であったらしく、さらに今昔物語や治拾遺物語などによると明子は終始「物の怪」にとり憑かれ、悩まされていたとある。
そのため父である良房は法力のある者がいると聞きつけると、これに明子の祈祷をさせるが、一向に明子はよくならない。
ある日、評判の聖人がいると聞きつけ、その聖人に明子を祈祷させると、狐が憑いていたことが分かった。
明子はたちまち回復し、それを喜ぶ余りに良房はその聖人を留めて帰さなかったのである。
ところがある日、聖人は肌着姿の明子の姿を偶発的に見てしまい、そのあまりにも美しさに心を奪われ、狂おしい限りに明子に恋慕してしまう。
そして事もあろうか明子に力ずくで襲いかかるのである。
それを知った天皇は怒り、聖人を捕まえるのであるが、聖人は「自分が死んでも明子の命ある限り、とり憑いてやる」と平然と言ってのけた。
その後、断食をして死んだ聖人は、言ったとおりに「鬼」となり、明子にとり憑くのである。
この「鬼」となった聖人と明子は姦淫するのであるが、こういった俗話が真実であるとは思えない。
おそらく後世になってから、藤原摂関家を愚弄する狙いでの創作話であろう。
文徳天皇の女御、清和天皇の生母。
父は摂政太政大臣 藤原良房(よしふさ)、生母は嵯峨天皇の皇女である源潔姫(みなもときよひめ)。
文徳天皇の東宮時代に東宮妃となり、即位した年に惟仁(これひと)親王(のちの清和天皇)を産んでいる。
惟仁親王が天皇として即位した後、明子も皇太后の位を授かる。
明子はたいへん美しい女性であったらしく、さらに今昔物語や治拾遺物語などによると明子は終始「物の怪」にとり憑かれ、悩まされていたとある。
そのため父である良房は法力のある者がいると聞きつけると、これに明子の祈祷をさせるが、一向に明子はよくならない。
ある日、評判の聖人がいると聞きつけ、その聖人に明子を祈祷させると、狐が憑いていたことが分かった。
明子はたちまち回復し、それを喜ぶ余りに良房はその聖人を留めて帰さなかったのである。
ところがある日、聖人は肌着姿の明子の姿を偶発的に見てしまい、そのあまりにも美しさに心を奪われ、狂おしい限りに明子に恋慕してしまう。
そして事もあろうか明子に力ずくで襲いかかるのである。
それを知った天皇は怒り、聖人を捕まえるのであるが、聖人は「自分が死んでも明子の命ある限り、とり憑いてやる」と平然と言ってのけた。
その後、断食をして死んだ聖人は、言ったとおりに「鬼」となり、明子にとり憑くのである。
この「鬼」となった聖人と明子は姦淫するのであるが、こういった俗話が真実であるとは思えない。
おそらく後世になってから、藤原摂関家を愚弄する狙いでの創作話であろう。