えー、、、唐突にブログを書きたくなったので書こうと思います
私、今日LINEで友達に叱られてしまったのですね🥺
学祭の時に忙しい時に伝達すべきことを伝達し忘れてしまったからでした
でもむしろ嬉しかった。
友達、ありがとう
学校でも会ったら謝るのとありがとう言おう、、、
そして唐突に思い出しました。
「全日制高校から通信制高校に転校した話」
でも書いたようにM子達のことを。
(M子達については全日制高校から通信制高校に転校した話のカテゴリから見ることが出来ます。)
今更だけど……
なんでM子達はやめて欲しいとかそういうことをいってくれなかったのかしら
と。
まぁ細かいこととか言ってくれた時はありました。ただ、全ては言ってはくれませんでしたね、、、
まぁそれを辞めなかった私もバカでしたけどね、、、、
極端な例えですが、『SPY×FAMILY』の主人公『アーニャ』じゃあるまいし人の心なんて読めるわけが無い。
「こういうことはやめて欲しいな」と一言。「そっか。ごめんね。」と反省。そしてもう繰り返さない
そういうことをしてくれたらこのようなことにはならなかったのかなと思いました。
なんのために口があるの?口だけじゃなくてなんのために言葉を発せるの?そもそもなんのために言葉があるの?
仮に口で言えなかったにせよ今回の友達のようにLINEなどで伝える手段もあったはず。
LINEが苦手だとしたら手紙でも言えたはず。
なんのために手があるの?なんのために言葉を学ぶの?
でも、、、こんなこと書いておいて実はでした。
中学生の時に知った事でしたが、M子曰く、いえなかった理由は『私(こよみ)が1年生の時に友達が出来なかったと聞いたから。』との事でした。
気を遣わせてたのは私の方だったのですね、、、、
でもそう思いつつ、前述したように「私に一言言ってくれれば良かったのに」という気持ちにもなりました。
上手く言えませんが、あの日のことを思うと心の中の自分がこのふたつの意見で対立している感じですね、、、、
皆さんはどう思いますか?
追伸
実を言うと「その瞬間に嫌なことをやめてって言ってくれたら、、、お互い嫌な思いをしないで済んだ、お互いの友情も崩れなかった、私の母という殆ど見ず知らずのオバサンにも悪者扱いされないで済んだのに」と思ってしまいますね、、、
その気遣いを“余計なお節介”というつもりは毛頭ありません。ただ、先程の前述の通りなんのために口があるの?なんのために声を発せるの?なんのために言葉を知ってるの?なんのために手を使うの?と思ってしまうのは変わりません。
ただ、それって優しさというものだったのかな、、?と思う自分もいる、、、、
なんなんだろうね、本当の優しさって