バンド名の由来をよく尋ねられます。元々ラテンやアフリカのリズムの勉強をしたくて、パーカッション2+ドラム+ベース+ピアノの5人編成で活動を始めました。1999年の夏頃です。そのうちに某社軽音楽部の定期演奏会に出ることになり、フロント(トランペットやサックスなどテーマを吹いてくれる人)を入れるかどうか議論になりました。しかし知り合いのホーン奏者でラテンを演ってくれそうな人はいません。そこでリズム隊だけで出演しようということになりました。とりあえずテーマはピアノで弾いてしまおうと。
バンド名は、個人的に好きだったフィル・ウッズのバンド「Phil Woods and his European Rhythm Machine」を文字りました。アフリカのリズムということで「African Rhythm Machine」それをスペイン語に変えて「AFRO RITMO MAQUINA」に落ち着きました。
さて、バンド名の由来となった「Phil Woods and his European Rhythm Machine」を御存知でしょうか?
日本では1stアルバム「ALIVE AND WELL IN PARIS」が現在CDで入手可能なだけです。バンド名が有名な割には他のアルバムは入手困難な状況です。
フィル・ウッズは1950年代に活動を始めた白人アルト・サックス奏者です。普通のアルト・サックス奏者がパーカー派と直接呼ばれるのを嫌って別の方向を模索していたにも関わらず、フィル・ウッズはひたすらパーカー・フリーク。チャーリー・パーカーの未亡人と結婚し遺児を引き取り、仕事に邁進し、何枚かのレベルの高いリーダーアルバムを録音しました。しかし1961年以降はリーダー作のレコーディングの機会が無く、クインシー・ジョーンズ、オリバー・ネルソンなどのビッグバンドのリード奏者として活動していました。そんな不遇の時代に耐えかねて1967年フランスに渡り、地元の超実力派ミュージシャンをリズム隊に迎え結成したのが「European Rhythm Machine」です。まさにマシン(機械)!?と思ってしまうほどの人間技を超えたリズム隊です。しかし決して正確無比という意味ではなく、どこまでもハイテンションを持続するという意味で疲れ(怖れ)を知らないマシンです。狂気の一歩手前でもクールです。そしてEuropean Rhythm Machineと堂々と渡り合い、強靭なリーダーシップを取っているのがフィル・ウッズ。European Rhythm Machineが残した何枚かのアルバムには、そのバンドとしての高い音楽性と、チャーリー・パーカーに正攻法で挑んでいた彼が遂にパーカーを乗り越えた瞬間が記録されています。その音楽性は本国アメリカでも高く評価され、グラミー賞にノミネートされるなどの逆転現象が起こりました。その頃のアメリカにおいてジャズはロック化・電化してしまい、まさに冬の時代でした。
フィル・ウッズ &「European Rhythm Machine」は1972年まで活動し、2枚のスタジオ録音と、何枚かのブートレグを含むライブ録音アルバムを残しました。現在私の手元にあるのは次の5枚です。
Phil Woods and his European Rhythm Machine;
1.ALIVE AND WELL IN PARIS (1968/11):スタジオ録音(CD)
2.AT THE MONTREUX JAZZ FESTIVAL(1969/6):ライブ録音(CD)
3.AT THE FRANKFURT JAZZ FESTIVAL(1970/3):ライブ録音(レコード)
4.CHROMATIC BANANA(1970/7):スタジオ録音(レコード)
5.LIVE AT MONTREUX '72(1972/6):ライブ録音(レコード)
どれも素晴らしい内容ですので、このあと順番に紹介して行きたいと思います。
(八巻記)
バンド名は、個人的に好きだったフィル・ウッズのバンド「Phil Woods and his European Rhythm Machine」を文字りました。アフリカのリズムということで「African Rhythm Machine」それをスペイン語に変えて「AFRO RITMO MAQUINA」に落ち着きました。
さて、バンド名の由来となった「Phil Woods and his European Rhythm Machine」を御存知でしょうか?
日本では1stアルバム「ALIVE AND WELL IN PARIS」が現在CDで入手可能なだけです。バンド名が有名な割には他のアルバムは入手困難な状況です。
フィル・ウッズは1950年代に活動を始めた白人アルト・サックス奏者です。普通のアルト・サックス奏者がパーカー派と直接呼ばれるのを嫌って別の方向を模索していたにも関わらず、フィル・ウッズはひたすらパーカー・フリーク。チャーリー・パーカーの未亡人と結婚し遺児を引き取り、仕事に邁進し、何枚かのレベルの高いリーダーアルバムを録音しました。しかし1961年以降はリーダー作のレコーディングの機会が無く、クインシー・ジョーンズ、オリバー・ネルソンなどのビッグバンドのリード奏者として活動していました。そんな不遇の時代に耐えかねて1967年フランスに渡り、地元の超実力派ミュージシャンをリズム隊に迎え結成したのが「European Rhythm Machine」です。まさにマシン(機械)!?と思ってしまうほどの人間技を超えたリズム隊です。しかし決して正確無比という意味ではなく、どこまでもハイテンションを持続するという意味で疲れ(怖れ)を知らないマシンです。狂気の一歩手前でもクールです。そしてEuropean Rhythm Machineと堂々と渡り合い、強靭なリーダーシップを取っているのがフィル・ウッズ。European Rhythm Machineが残した何枚かのアルバムには、そのバンドとしての高い音楽性と、チャーリー・パーカーに正攻法で挑んでいた彼が遂にパーカーを乗り越えた瞬間が記録されています。その音楽性は本国アメリカでも高く評価され、グラミー賞にノミネートされるなどの逆転現象が起こりました。その頃のアメリカにおいてジャズはロック化・電化してしまい、まさに冬の時代でした。
フィル・ウッズ &「European Rhythm Machine」は1972年まで活動し、2枚のスタジオ録音と、何枚かのブートレグを含むライブ録音アルバムを残しました。現在私の手元にあるのは次の5枚です。
Phil Woods and his European Rhythm Machine;
1.ALIVE AND WELL IN PARIS (1968/11):スタジオ録音(CD)
2.AT THE MONTREUX JAZZ FESTIVAL(1969/6):ライブ録音(CD)
3.AT THE FRANKFURT JAZZ FESTIVAL(1970/3):ライブ録音(レコード)
4.CHROMATIC BANANA(1970/7):スタジオ録音(レコード)
5.LIVE AT MONTREUX '72(1972/6):ライブ録音(レコード)
どれも素晴らしい内容ですので、このあと順番に紹介して行きたいと思います。
(八巻記)