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シロガネの草子

「我が身をたどる姫宮」其の22 


松岡映丘 『千草の丘』
(松岡映丘は、伝統的な大和絵に新風を取り入れ、『新しいやまと絵』を確立した事で知られています)

 上皇后陛下が、皇嗣妃殿下にヒステリックに怒りをぶつけるのは、上皇后陛下の『目線』からすると無理らしからぬことと言うべきでしょうか?しかし・・・・・・


他から見たら、たまったものでは、有りません。


「・・・・・・・・」

 今年は、お上・・・・今上の帝の唯一の御子でいらっしゃる女一宮殿下が、ご成年をお迎えに成られて、後醍醐天皇の皇女以来と言われる、『裳着の儀』が、女一の宮殿下のお誕生日の当日に執り行われる事になっていたのでした。


 なんといっても両陛下の唯一の皇女(ひめみこ)でいらっしゃる女一の宮様の『裳着の儀』でございますので、両陛下御始め、周囲の力の入れようは大変なものでしたが、しかし女一の宮殿下は、ご体調を崩されてしまわれて、延期となってしまいました。ご成年の記者会見も同じく延期となったのです。

吉村忠夫 『二月・初音』


 それらは、11月中に早々と延期が発表されました。女一の宮殿下は、お身体もお心も生来お弱くいらっしゃり、やはり数百年ぶりの『裳着の儀』に挑まなければならないプレッシャーは、相当なもので、心身ともお弱い女一の宮殿下がそのプレッシャーに押し潰されても無理らしからぬことでした。


島成園 『美人愛猫』


延期が、発表されてからは、ホッとされたのでしょう、女一の宮殿下は、段々とお体が快復されました。



 それで、ご成年の記者会見だけは、なさることと、決められたのですが、丁度、御母宮でいらっしゃる、皇后陛下のお誕生日も同月の為に、お一人様ずつよりも、いっそ二人一緒の方がお互いに、宜しいだろうと・・・・・・これは、お上が、左様に仰せられまして、皇后陛下と女一の宮殿下の御(おん)母子が御一緒に、記者会見に臨まれることになったのです。


立石春美 『蘭』
 異例では、ありますが、女一の宮殿下も、御母宮様がご一緒ならば、心強くいらっしゃりますので、大層喜ばれまして、記者会見で仰るお言葉等を、皇后陛下とご相談なされながら、お決めに成られているようです。



 お身体もすっかり快復されましたので、今日の皇嗣殿下のお誕生日にもお越しに成られます。


横尾芳月 『京の秋』


 又、現在、皇室の財政縮小の最中ですので、新しいティアラ等の宝飾品一式は、新たにご新調にならず、かつて『勢津君』様がご使用になられた、宝飾品一式を手直しのうえ、女一の宮様がご使用になられる事に決まりました。


藤田嗣治 『勢津子妃殿下』
『勢津君』様の宝飾品類は、昭和3年のご成婚のさいに、お作りになられた、大変なお品で、現在は、第一ティアラは、


上皇后陛様が、

第二ティアラは、


大妃殿下の元に伝来されていましたが、女一の宮様が、ご使用に成られる事に、お決まりになられた後、お二方様へ、ティアラのご返還をお願いされました。そして、第二ティアラをご所持なされていた、大妃殿下は、快くご返還に応じられました。


安田靫彦 『赤星母堂像』
 その時、亡き『お姉様』の宝飾品が又日の目を見るのは、大変喜ばしきことと、おっしゃられました。

しかし上皇后陛下は、表向きは、


「大変良いこです。女一の宮さんの『お立場』に相応しく素晴らしい事です」

 と、おっしゃられましたが、上皇后陛下は代々皇后としてお世襲されたティアラは、皇后陛下にお渡しに成られましたが、しかし『勢津君』様のティアラはお世襲のお品という訳ではありませんので、お手元に残されていたのです。

 その第一ティアラを、女一の宮様にお譲りになられれば、女性皇族では、唯一、ティアラをお持ちになっておられないお立場となってしまったのです。


(100歳近い大妃殿下でさえ、まだご自分のティアラをご所持なさっているのに、自分だけが、無いなんて・・・・・)

その事を、お察しになられた、皇嗣殿下が、上皇后陛下に対して、


「おたーさんが、お首が悪くて、普通のティアラは、重くてご無理なのは知っていますよ。一の姫宮の時、私的用にと改めて、オークションものですが、バンドー形のティアラを購入しましたが、ああいうタイプなら、お首へのご負担もないでしょう。どうですか、一の姫宮が返還した宝飾品のなかの、ブレスレットなどから、バンドー形のティアラをお作りになられたら如何でしょう」


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そうおっしゃられ又、院も

「何かの折りにティアラがなければ、不都合だろう、皇嗣がいうように、バンドー型ならば、値段も安いだろうから、新たに購入してもいいよ。それくらいの余裕ならまだあるしね」


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 院も、上皇后様をお気遣いされまして、こう仰せになられましたが、
何事も世間体を気にされる上皇后様は、


「お気遣いなさらないで下さいませ。使いもしないものを、ご用意するなど、それこそ無駄使いというもので、ございましょう」


そう、おっしゃたのですが、それは決して本心出ない事は、院も皇嗣殿下も良く分かっておられました。

(素直に欲しいと言えば、いいものを・・・・・)

 宝飾品は、腐るものでは、ありませんから、度が過ぎる程の高価なものでなければ、購入されても差し支えないのです。上皇后陛下が、ご陵の中まで持って逝かなければ・・・・・・次世代の方に受け継がれるものなのです。『100年経っても大丈夫』という訳です。

何より『勢津君』様のティアラ等がいい例です。

 この度の事は、院も上皇后様も蚊帳の外で、両陛下と、皇嗣ご夫妻が、中心となって決められたのでした。それ故、『勢津君』様のジュエリーを全て女一の宮様にお渡しになられると決められたのは、皇后陛下と皇嗣妃殿下がかなり関わっていらっしゃるのです。

 それも上皇后陛下には、腹が立つ事ですが、もう一つ、この時、決められた事が、上皇后陛下の神経を逆撫でしました。それは・・・・・将来、若宮殿下が、お妃をお迎えに成られた際その時、かつて『喜久君』様のご所持なさっておられた、ティアラ等の宝飾品一式を全て、若宮妃がお使いに成られる事が、決められた事でした。


ローズマリー・コイル 『妃殿下御肖像』


『喜久君』様の宝飾品類は、母君のご実家、有栖川宮家から受け継がれたという、値もつけられないほどの、価値がありまして、終戦直後の財産調査によると・・・・・『喜久君』様の宝飾品のお値段は、283万400円という、桁外れの値段が記録として残されています。

ちなみに、『勢津君』様の宝飾品類のお値段は、124万3900円でした。

 現代の価値だと、ざっと簡単に換算すれば、『勢津君』様の宝飾品は、約12億円ほど、『喜久君』様の宝飾品は、約28億円ほどと、言うことになるでしょうか?それか、その半分の値段でも、大変なものです。

 若宮妃に成られる方は、女一の宮様よりも、高額な宝飾品をお使いになられます。勿論、将来は、皇后に成られる方ですから、その格式に合う、ティアラをご着用されるのは、当然というべきなのです。

 院は、その事をお聞きになられまして、至極ご満足されまして、お気の早いことに、

「今からでも、宝飾店にクリーニングに出して、いつでも着用出来るようにしておいた方が良い」

 などと、ご冗談を仰せになられましたが、上皇后陛下は、明らかに不機嫌になられていました。


「まだ若宮は、15で御座いますわ。そんなに早く決める必要はないのです。皇后さんも、君ちゃんも一体何を考えて、いるのでしょう」


浅見松江 『髪』


「・・・・・・・」


「♪♪♪~~~」


祇園井特画
「あら、やっとマトモな美人画を貼ってくれたの?」by皇后陛下


栗原玉葉 『立ち姿美人図』


 とにもかくにも、お気に召されないことが多く、有るなかでの皇嗣殿下の『ご発言』を早朝のテレビをご覧になられて、憤慨する事この上なしで、早朝から上皇后陛下は、不気味なお色の、スーツを隙もなくお召しに成られ、小さなハンドバックに、黒茶色の毛織物のショールを身にまとわれましたお姿で、


鬼の形相そのもので、早朝の皇嗣邸に乗り込まれたのでした。


参考画像


 ・・・・・・・・そして、その場に座り込まれていらっしゃる、皇嗣妃殿下を上から見下ろされて、上皇后様は、


「君ちゃん、国民の8割は、女一の宮さんを将来の天皇にと願っているのよ。国民の願いを真摯に受け止めてるのも皇室にとっても大切な事なのよ。ねぇ君ちゃん、どうかしら・・・・・」


「若宮に『僕は将来天皇になんてなりたく有りません。女一の宮さんが、将来天皇になるようにして下さい』そう、周囲に言わせるの」

「院も皇嗣さんも、若宮には、大層お甘くいらっしゃるから、若宮が、兎に角天皇になるのを拒否すれば、事は、きっと動く筈よ。勿論、わたくしもそうなるように、尽力するわ。若宮は、わたくしの末の孫ですもの。若宮の幸せを何よりも願っているのですよ」



「・・・・・・・・・」


「わたくしはね、若宮が本当に可愛いの。こんな無理をしてきっとあの子は、国民からも大した支持も受けず、可愛そうな事になるわよ。何より、結婚出来るかどうか・・・・・(笑い)」


「今どき、男子を生んで欲しい、と言われて、『はい、承知しました』と言って嫁いでくる女性が何処にいるというの、まあ、君ちゃんみたいな可笑しな『野心』でもあれば別だけどね。でもそんな野心を持つ女性が皇室に上がってきたらそれこそ、大事(おおごと)ね」


松岡映丘 『稚児観音』


「でもさ、お上の時も相当時間が、掛かったんだってね」 by若宮様


「その結果が、わたくしという訳よね~~。ふふふふふ・・・・・(それで良かったのかしら?)」 by皇后陛下


(良いわけないでしょが!!とんだ出来損ないの失敗妃よ!) by上皇后陛下


「君ちゃん・・・・・・あの子が、心底いとおしいというなら、可笑しな『野心』なんて、お捨てなさい。娘一人をまともな男に嫁がせることが出来なかった、あ・な・た・がどうして、将来の天皇を育てることが出来るというのかしら」


 妃殿下は、上皇后陛下のお言葉を黙って聞いていましたが、しかし、上皇后陛下が言い終わられますと、よろめきながらも気丈に、立ち上がられました。上皇后陛下の、 


『娘一人まともな男に嫁がせられなかった、あなたが・・・・・』


というお言葉が、一番に妃殿下の胸に槍を突かれた思いでしたが、しかし妃殿下は、しっかり上皇后陛下をご覧になられて・・・・・


「恐れながら、申し上げます。天皇は、国民の意志で決まる大統領などでは、ありません。それは極めて政治的な事で、御座います。しかし皇室は、政治より距離を置いた、離れた存在ゆえに、過去の歴史の浮き沈みでも存続してきたので御座います。それは叡智というもので御座いましょう」


「上皇后陛下は、否定的なお考えでいらっしゃるのは、存じ上げておりますが、天照大御神のご子孫たる、神武天皇以来、天皇になられる方は、男系による継承にて今日まで、続いてきたので御座います」


「恐れ多いことでございますが、お上や上皇陛下、皇嗣殿下・・・・それに連なる、皇后陛下、上皇后陛下、わたくしや子供たち・・・・男系の継承という皇室の歴史の果てに今、この場所にいるので御座います」






「その事をお分かりでしょうか?若宮は、次の世代にその歴史を繋げられる唯一の御子で、御座います」

「現代の皇室内で、神武天皇以来のお血筋を次の代に繋げる事が、出来ますのは、若宮様お一人でございますので、それ故に、恐れながら雲の上にお上がり遊ばすので御座います。


「将来の天皇というのは、それは例え主権を持つ国民といえども、決めていいというものでは、御座いません」


松岡映丘 『文殊と獅子』


「確かに、上皇后様の仰せにの通り、一の姫宮の事は、わたくしの養育に落ち度があったのは、否めません。その事は、幾重にもお詫び申し上げます」


栗原玉葉 『見返り美人』


親不孝な姫宮様・・・・・・byシロガネ


「しかし上皇后様が、おっしゃられた事を、若宮に言わす事など、死んでもできません。何よりあの子は・・・・もう将来の自分の進むべき道を歩んでいるので御座います」


高畠華宵 『決意』



「上皇后様、その様な歴史を曲げる事は、『ならぬものは、ならぬのです』」


上皇后陛下は、もの静かな語りながらも毅然と、言われる妃殿下をじっとご覧になられまして、


「まぁ君ちゃん、紙テープもまともに切ることが出来なかったあなたが、又大変、ご立派なお言葉を言えるようになりましたね。わたくしは感無量デスヨ。良くもまぁそんな伝説的なお話まで持ち出して(笑い)そんなにご自分のお子を天皇にしたいの?」


「あなたは、ただ男子を産んだ、それだけの事をしただけじゃないの?それで息子を天皇にと、可笑しいとは、思わないのかしら?何の疑問も抱いていないなら、あなたは、女の敵よ!!いいえ違うわ、そんな御大層なもんじゃなく、妙な妄想を抱いている、頭の可笑しい、変な女よ!」


「貴女は、一体この30年何をしてきたのでしょう?・・・・・本当変な女ね。そんな女と結婚した、みーやも可愛そう過ぎるし、3人の子供達も、マトモに育たない訳よね・・・・・・母親がこうでは・・・・・ね」


『妄想』でも『現実』でも前途多難な、人生を歩みそうな、お3方。

 上皇后陛下は、妃殿下に向けて憐れみとも、小馬鹿にしたような目付きで、ご覧に成られていました。


 妃殿下は、そんな上皇后陛下のお言葉を聞かれてとても悲しく又情けなく思われて、お目に涙を溜められていらっしゃいましたが、しかし決して泣くまいと堪えていらっしゃいました。


そんな妃殿下のご様子を上皇后陛下は、又何かをおっしゃられ様と、された時、


「もう、いいでしょう!!これだけ言ったのだから、お気が済んだでしょうが!!良くもそれだけの言葉が出て来ますね!!」


・・・・・・・皇嗣殿下でした。


松岡映丘 『志賀の浦波』
 皇嗣殿下のお姿が、見えますと、二人のやり取りを涙ながらに、柱の影から聞いていた、唐糸がたまりかけて、妃殿下に飛び付くように、抱き締めてきました。


「君様、君様・・・・」

そう、唐糸は、幾度か言いまして、妃殿下庇いながら、泣き崩れていました。

(この方が一体どれだけ、今日に至るまで、どれ程のの努力を積み重ねてこられたか・・・・・・どれだけの苦労をされて来られたか・・・・何もかもお引き受けに成られて、その結果、どうしてこんな、ひどい言われ方をされなければ、ならないのか、あんまりだわ・・・・)

皇嗣殿下は、妃殿下に(すまない)というお顔で、


「おたーさんが、言いたい事を全部吐き出せば、後は、お前が楽になるだろうと、しばらくおたーさんとお前のやり取りを、聞いていたが、もう、こっちも我慢の限界になってな・・・・・」


「まぁ!!ずっと影からお聞きになられていたのでございますか!もっと早くおいでになられれば宜しゅう御座いましたのに」

 唐糸は、妃殿下を抱き締めて居ましたが、皇嗣殿下のお言葉にビックリして、妃殿下から思わず、離れて皇嗣殿下に向かい食って掛かりました。それをご覧に成られて、妃殿下は、『唐糸・・・・』と声をかけ唐糸を制止しました。


「二の姫宮も『早く行け』とせっつくし、若宮は、黙って俺を、すごい目付きで睨み付け続けるし・・・・聞いているこっちも大変だったんだよ」


「お願い!早く!止めに行かれて!!」(小声で)by二の姫宮様


「・・・・・・・・何で行かないの?⚡⚡」(小声で)by若宮様


「行かないなら、俺が行って止めに行きます」


「もう少し堪えて話を聞け。お前は・・・・・」


高畠華宵 『男だ!!我慢しろ』


「(じっと父宮を凄い目付きで)分かりました・・・・・・」


「あの・・・・・・皇嗣様、子供達、若宮も・・・・」


「あぁ、近くでほとんど聞かせた。おたーさんが、あれだけヒステリックに捲し立てるから・・・・辛いが、いつかは、知らないとな。しかし良くお前は、堪えて冷静に聞かれたな~~~頑固と言うか、なんと言うか・・・・・会津の血筋か?でも、良く我慢来てくれたよ。ありがとう」

そう、仰有られまして、皇嗣殿下は頭を下げられました。


「いえ・・・・恐れ入ります・・・・そうでございますか、若宮まで・・・・」


「皇嗣さん、孫達・・・・二の姫宮も、若宮もずっと聞いていたというの・・・・」


 上皇后様は、震えながらそう、おっしゃられました。まさか孫達が、近くで聞いているとは、思わなかったのです。こういう時は、必ず、事に若宮は、決して聞こえぬように遠ざけられていたのです。当然、今日もそうする筈だと、予測していたのでした。


「どうして、若宮、あの子を遠ざけなかったの!それを聞かせて、どうでも、わたくしを悪人に仕立て上げたいの!!そうまでして・・・・・」


 上皇后様は、最後まで言わずに、崩れるように倒れ込んでしまわれましたが、直ぐに皇嗣殿下と妃殿下が、上皇后様を支えられました。



もうお年も、八十路を半ばを過ぎていらっしゃるのです。ご自身も相当無理をされていらっしゃったのです。


其の23に続きます。


栗原玉葉 『遊女の図(縄暖簾、行く春)』



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