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シロガネの草子

「我が身をたどる姫宮」 その15 


「おたた様、その、おもじ(帯・御所言葉)、締めやすそうで、お楽で宜しゅう御座いますね」

 姫宮様達が、食事用のテーブルのあるお部屋で、夕餉の仕度をされている様子を見に来られた皇嗣妃殿下に、姫宮様は、母君が締めていらっしゃる、細帯をご覧になられて、そう、声をかけられました。

 夕餉の仕度も大分、進みまして、姫宮様は、侍女の涼風と共に、テーブルを拭いたり、先に、漬物や、サラダ等を御膳所から、持って来られたのを、並べたりなさっていらっしゃたのでした。

 妃殿下は、夏物の単衣の着尺(連続柄)をお召しになられて、袋帯を3つ折りにしたほどの幅の狭い、細帯を締めていらっしゃいます。

 実際に、この細帯は、妃殿下が、ご自身の金襴地の唐花模様の袋帯を真ん中から裁断されて、細くしたのを、今、こうして、妃殿下は、締めていらっしゃるのです。・・・・・ともかく、一般の帯に比べて細い帯をお締めていらっしゃるのです。

 姫宮様は、妹宮殿下等から、母君の皇嗣妃殿下が、一般の帯を止められて、邸内、及び、御用地、御所に参内される時迄も、着物を召されるときには、もう、その細帯で、通されていらっしゃるのを、お聞きになられていましたが、こうして、実際にご覧になられるのは、初めての事でした。

 おはしょりが、目立ちますが、それでも、普通の帯に比べて、楽そうで、いいな・・・・・と、姫宮様は、思われたのでした。


「そうですか、この様な帯でしたら、何本も有りますし、宮もこちらにいるときでしたら、着物を着られて、細帯を、絞められた方が、楽でいいかも、知れませんね、あなたは、着物は、馴れているのですし、其れに良く似合いますものね」

 妃殿下は、そう言われて、姫宮様に着物を召される事を勧められるのでした。昨今の財政の緊縮の事も有りまして、皇族方は、お着物を日常でもお召しになられているのです。

 姫宮様もその事は、勿論ご承知でしたが、元々お着物は、お好きでしたので、


「はい、そういたします。私の為に、たくさん、ご用意頂きまして、有り難うございます」

 姫宮様は、そう答えられたのでした。お二人のその様子を見ている、涼風は、よくぞここまで、お二方共に、穏やかに、なられたものだと・・・・・思い、又、嬉しくおもいました。


 昨年来の妃殿下が、受けられた、酷いバッシング等で、今年からは、妃殿下は、宮中で、行われる、祭祀や、行事等、其れに都内での、公務以外は、お出ましに成られず、皇嗣邸内で、いらっしゃる事がとても多くなられました。いわゆる「巣籠もり」という事です。


妃殿下の「巣籠もり」は、バッシングばかりでなく、年齢的なこともあります。


お年は、お若く見えますが、五十路の半ばになられると、感情に相当な「波風」がありまして、皇嗣殿下のご指示で、数々の公務を、妹宮殿下や、義理の妹君の院の女一宮殿下等に代わって頂きましているのです。


 妃殿下は、今までとは、違う穏やかな静かな日々を、規則正しく過ごす事を心掛けていらっしゃるのです。


 その様な、皇嗣妃殿下に対して、皇后陛下は・・・・・御自分の過去や、見果てぬ夢幻の如くの幻想に何時までも囚われておられ、昼夜逆転生活という、心身共に不健康な日常を送られながら、御自分のお心の「病」を治そうという、誰が見ても「無理」な事をずっと、なさっておられました。その結果、お心の「病」が、あれだけ長引いて、現在でも其が、尾を引いていらっしゃいます。


 例えば、アルコール依存性をお酒を飲みながら、依存性を治すようなもので、そんな事は、実現不可能であるのは、誰でも分かるものなのですが、しかし・・・・・皇后陛下は、それがなかなか御理解出来なかったのです。


「だって、夢を諦めたくはないもの」by皇后陛下

 妃殿下のお年から来られる、感情(相当な)の「波風」の原因の筆頭は、間違いなく、姫宮様の結婚問題であった事は、姫宮様も身を持って良く承知でいらっしゃいます。

感情の「波」が大荒れ状態の皇嗣妃殿下


「愛LOVE♥️」状態な当時の姫宮殿下



「釣れた魚🐟は大きいにゃん🐱」


身を持って知らされた当時の姫宮殿下
 しかし、今は、初孫が、生まれる事もあってか、又は、姫宮様が「正気」に戻られた事も有るかも知れませんが、妃殿下は、かつての穏やかさになられたご様子で、これは、皇嗣職の表の職員、そして、奥の職員も皆、ホっとしております。



 妃殿下は長年、かなり無理をなさって、我慢を重ねてこられましたが、その我慢が、お年からくる体調も相まって限界を越えて仕舞われたのです。


 そして、姫宮様のご婚儀が、正式に決まられた頃から、感情を爆発される事が、度々有りました。


 又そのことで、ご自分を、一気に責められる事もあり、本当に、大変苦しい思いをされましたのです。多くの国民の理解を得られないままの状態で、姫宮様のご結婚された後、妃殿下は、こうなったのは、全ては自身のせいで有ると考えて仕舞われたのです。


 「皇室は無私である」というのが、妃殿下のお考えでいらっしゃたのでした。しかし、その皇室内で、ましてやご自分が産んで育てた、娘が、さまざまなどす黒い欲望や、浅ましき糸に絡め止まれ、又娘自身も其れに対して・・・・・何の疑問も疑いもなく、その相手の元へ降嫁される姿をご自身は、見続けられたのです。


 それを、止められなかったという、国民に対しての深い自責の念から、妃殿下のお心は、砕けてしまったという、強いお気持ちになられましてしまわれたのです。ご自身のかつての活力や気力も、失われたという、無力感に囚われて、仕舞われたのでした。



 ・・・・・しかし、今現在はゆったりとした、日常生活を過ごされるなか、心身の落ち着きを、取り戻していらっしゃるのでした。


 現在、若宮殿下が、お箏に本気で真剣に取り組まれて、いらっしゃいますが、若宮様がそのお心で、箏の音(ね)を奏でるを、妃殿下がお聞きになられているうちに、お気持ちが、萎えてしまわれていた妃殿下に、変化をもたらしました。


 お箏の音色と云うものは、それを弾く人の思いや、感情というのが、聴く人には、伝わると言います。若宮様のお箏に真剣に向き合う、真っ直ぐなお気持ちが、妃殿下に伝われ、かつてのような活力が戻ってこられたのでしょう。


若宮様は、例え今は、皇嗣家の親王殿下でいらしても、将来必ず、天皇にお成りになられるお立場でいらっしゃいます。


 お心が、萎えて仕舞われた、妃殿下ですが、若宮様の事だけは、ご自身でも決してご養育を疎かにしては、ならないという、思いで、気力で持って日々、接していらっしゃいましたが、しかし・・・・姫宮様の一件以来、その思いも、ご自分は、若宮様を育てる資格がないのではと思われ、その事を皇嗣殿下に幾度も申し上げていたのでした。


「皇嗣様・・・・・、若宮をお育てする自信は・・・・・自分には、御座いません。若宮はいずれ『雲の上』にお上がり遊ばされる、皇室よりお預かりした大切な皇子で、あらしゃいますが、しかし、大した後見人もなく、団地で暮らしていたような、庶民育ちのわたくしには、そんな大それた事は、無理だったので御座いますね・・・・」


「内親王、お一人満足に育てられなかった自分が、どうして『雲の上』にお上りになられる親王様を、ご養育するなど、どうして出来ましょう・・・・」


 その様に言われまして、涙を流されながら、若宮様を接するのも本当は、とても辛く、やるせなく、自分が、若宮に言う事は、本当にそれでいいのかと、その判断に何時も迷って、覚束ない思いを何時もしていると、その思いを率直に、皇嗣殿下に、何度か伝えられたのでした。


しかし、皇嗣殿下はその度に、

「将来の天皇を育てる自信なんて誰にも無いよ。お前が言う言葉は、俺が、何時も思っている事だ。院や、おたたさん(上皇后)達が、ご自分さん達の手元で、お上をお育てした時も、お前と同じ思いをされた筈だ。お前は何事も、おたたさんのやることなす事を、真似てきたから、おたたさんと同じように、しなければと、思っているだろうが、姫宮の事もそうだが、お前が全てを背負い込む事もないし、お前がしたことは、間違えは、なかったと、何時も俺は、見ている」


「そんなこの世の、終わりのような顔で言うなよ。猫被りの『悪女』がそれしきの事で、へこたれてどうするんだよ」

 そう言われまして、皇嗣殿下らしい皮肉的な、言葉を言われまして、最愛の妻を励まされるのでした。


 そして、姫宮の事は、もう、本人がそうしたくてそうしたのだから、どうなっても『自己責任』だと言われまして、突き放して仕舞われていたのです。




今回の姫宮の事で、自分も色々と学んだと、反って姫宮様の「夫」や、その「母親」には、「感謝」しているとさえ、いわれました。


「例え腐っても鯛」


「有り難う😆💕✨私の王子。有り難う😆💕✨持参金😆💕✨」


(参考) 金髪にされたと知りまして・・・・・ドラマ・「女たちの大阪城」での淀君・・・・・。銀髪淀君バージョンもありマス。

 皇嗣殿下の『感謝している』というお言葉を聞きまして、流石に妃殿下は大層驚かれました。妃殿下は皇嗣様のような思いは、とてもではありませんが、そのような、お心には成られず、母宮として、今回のことで、若宮様のお心を思い、そして何よりも、姉宮の一連のご結婚問題で、大きな影響を受けたに違いない、二の姫宮様の事を深く思い、これから行く末を深く案じていらっしゃったのでした。


 妹宮は、我が路を、ご自分の思うまま、歩まれるお方ですが、しかしそれでも、姉宮様の件で、ご自分の立場が大きく変わられて、これから先のご自分の歩まれる路、その路をどう歩まれたらいいのかと、模索なさっていらっしゃるのです。


 妃殿下は、母親として、これからの人生を皇族として歩まれる、妹宮を、どう力になればいいのかと、ご自分でも自信がない有り様となられていたのでした。



・・・・・・そんな気力も萎えてしまいその上、悩み深き、妃殿下に対して皇嗣殿下は、これから、若宮が成年を迎える迄、ゆっくり休養しろ、これは、「厳命」だと、強く言われまして、妃殿下のみならず、ご家族や職員達、そして皇室の方々を驚かせたのでした。


「皇后さんという、前例も有る。問題ない。病名が必要なら、更年期でも、なんとか障害でもいいから最もらしい病名を考えて、付ければいいんだ」


「あら、まぁ」by皇后陛下


「問題ない心配するな」

そう仰られまして、皇嗣殿下のお誕生日の会見の際、


「妃は、皇室という、環境に馴染もうと、『30年』に渡り、努力してきましたが、私が見るところ、其れに対して、疲れきったと私は、みています。妃のキャリアや、それに基づく人格を否定する動きは、間違いなくあった事は、わたくし自身、そして娘や息子達も含めて、家族一同承知しております・・・・」


おもう様の「ご発言」を聞かれた後の三人のお子様方の反応。

「結婚は二人のゴールでなくて、始まりなのね・・・・・」


「おもう様の発言から、その意味が良く分かったわ」


「おもう様、やるじゃないの!」


「また、喧しく言われるね。でも、ちょと流れが変わるかも」

 皇嗣殿下はかつて、お上が、仰せられたあの伝説の「人格否定」の御発言とそっくりそのままのお言葉でそう仰られまして、皇嗣妃殿下が若宮殿下が、成年を迎える迄、「休養」される事を発表されたのでした。


 皇嗣殿下のそのご発言の事を、事前に全く、お聞きになられていらっしゃらなかった、妃殿下始め、皇室の方々、宮内庁、そして勿論、世間は、びっくり仰天してしまいました。なんといっても、間を置かず、次の月には、直ぐに、女一宮殿下が、ご成年をお迎えになられ、そして皇后陛下の御誕生日もあるのですから・・・・・。

其の16に続きます。





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