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社会なめなめ放題

羞恥心(短編小説)

2019-05-18 00:45:47 | 日記

(この物語はフィクションです。)

寸劇の舞台としてコンビニを上回るシチュエーションはないということは多くの作家が認めるところでしょう。誰もがイメージ可能であり、多様な目的のもとで、多様な人物を登場させることができ、意外性とリアリティを共存させるのも容易であります。どんな突飛な出来事も、コンビニというまな板に乗れば、それが日常の一コマを切り取ったものであるかのように演出することが可能になります。

しかしながら、思うに、多くの人は、コンビニで異常な出来事が生じている現場に居合わせたことがないでしょう。人は、コンビニに行けば、普通に商品を手に取り、普通にレジに並び、普通に代金を支払い、普通に店を出ることができます。または、トイレを借りる、公共料金を支払う、郵便物のやりとりをする、といった、多種多様なイベントを、無難に、機械的にこなすことができるでしょう。あるとしても、少し会計を待たされるだとか、金額を間違えられるだとか、タバコの銘柄がわからなくて揉めるだとか、そんな些細な、井戸端の笑い話にもならない程度のインシデント。ほとんどの人にとって、コンビニという舞台は劇的ではありません。
そして、私にとっても、やはり、コンビニは特別な存在ではありませんでした。しかしながら、その認識は、ある日を境に変わることになるのでした。



私は近所のコンビニに来ていました。やぼ用です。金曜日、時刻は深夜0時過ぎでした。
夜も遅く、雨も降りかけていたので、さっさと会計を済ませたいと思い、商品を手にとってすばやくレジに向かいます。正面に来たところでふと気付いたのですが、店員が見たことのある顔でした。知り合いというのではありませんが、大学の講義でよく見かけるといった感じで、おそらくお互いにそういう認識があると思われます。相手も気付いたようで、絶妙な表情で、いらっしゃいませ、と機械的に発音しました。わざわざ挨拶するのも気まずく、かといって恥ずかしがっているように見られるのもしゃくなので、私は無機質に、お願いしますとだけ声に出しました。

商品をレジに置くと、彼は急に引きつったような顔になって、少々お待ちください、と言ってバックヤードに引っ込みました。そして、2、3分ゴソゴソしたかと思うと、今度は笑いを堪えながら戻ってきました。何が面白いのか私にはわかりませんでしたし、待たされた上に笑われたことが不快でした。確かに、その時の私の格好は少しだらしなさすぎたようにも思います。というのも、風呂上がりに、寝間着のままで、ドライヤーもかけずに来たものですから、もし親に見られたら咎められるのは間違いないでしょう。しかし、私は一人暮らしで、誰にも咎められることがなかったもので、気にかけてもいませんでした。深夜のコンビニに寝間着のまま来るくらい、そんなに珍しいことでもないでしょうに、どうしてこんな他人に笑われないといけないのか、と内心憤りました。

店員は、戻ってくるときに小さい紙の小袋を持ってきていました。早く会計をやってほしいのに、何やら手元が不器用なのか、モタモタやっています。見ると、どうやら商品を紙袋で梱包しようとしているようでした。私は困惑しました。プレゼント用だなんて一言も言っていないのに、どうして彼はそれを包もうとしているのでしょうか。もしかすると、私への悪意があるのかもしれません。私は知らないが、大学で、彼の周囲では私の悪い噂でも流れていて、それで嫌がらせをしようというのかもしれない、と勘ぐりました。なんにせよ、無駄に梱包して時間を浪費しているのは不快だったので、私は注意することにしました。

ー すぐ入り用になるから、梱包などしなくてよい、それに、家で人を待たせているから、急いでほしい。

途端、彼は勢いよく吹き出して、肩を揺らしながらうずくまってしまいました。私は温厚という自負がありますが、にもかかわらずきわめて強い怒りを抑え込むことができませんでした。人にこれほどまで侮辱されたのは初めてでした。悔しさと激情のあまり、その場で何を言ったかはっきりとは覚えていませんが、客を笑うなんてありえない、接客がなっていない、二度とこの店には来ない、というような内容のことを、かなり大きな声で言ったように思います。謝る店員の言葉は、笑いを堪えかねたような声色であり、火に油を注がれた気分でした。
帰り道の雨は、むしろ私を加熱させました。



私は、それ以来、その店だけでなく、コンビニエンスストアというシステム自体が信頼できなくなり、ほとんど利用していません。特に夜なんて、最悪です。やる気のないバイトが、奴のように、だるそうな顔をしてやっているのに決まっています。そして、ときどき気まぐれに客に嫌がらせをするやつも、野放しにされていることでしょう。

コンビニというものは、優れた舞台装置であると同時に、私を激情に駆らせる実存在であり、絶対悪となりました。そういうわけで、その日から私は、コンドームは必ず切らさないように30箱常備していますし、減ってきたら、実家の親に言って仕送りしてもらっています。

みなさんも、商品を無駄に包もうとする愉快犯と出くわしたら、許してはいけませんよ。

カーキ色の男(短編小説)

2019-05-11 01:02:58 | 日記
いらっしゃいませー

初めてのお客様ですか?

うん そう 男だけど ウィメンズの服屋やってるんすよ

珍しいでしょ?でもね 商品はいいもん揃ってますから

はーい ごゆっくりご覧ください

「あの すみません」

はい こんにちは ん? え っと ?

あ 彼女さんか奥様へのプレゼントをお求めですか?

「違うけど」

あ じゃあお母さま用ですか?

「違うけど」

お姉さんか妹さん?

「違うけど」

え っと え?あの 失礼ですが まさかあなた 女性なんですか?

「違うけど」

え そしたらなんなんですか?

「なんだと思う?」

めんどくせえな さっさと言えよ

あの 何かお買い求めで来られたお客様ですよね?

「違うけど」

客じゃねえのかよ なんなんだよ

「働きに来たんだが 店員募集してるって聞いたもんで」

あーね なるほどね はいはい

いや だとしたらスッと言えや

スッと言ってくれやマジで 今の時点で君十中八九落ちるよ

「え?なんで?男だから?」

タメ口やめろ

働きたいならタメ口やめろ

男だからとか以前の問題だよ タメ口とか スッと言わないところとか 色々だよ

「まあまあ そう言わず 話だけでも聞いてよ」

うーん じゃまあ一応ね 一応話聞くわ

あとタメ口やめろ

まあね ウチは見ての通り店主の僕が男だし 男性でも女性でもやる気ある人は大歓迎ですよ

「やったるで」

タメ口やめろ

でね 僕 面接とか履歴書とか そういうのすんの苦手でさ まずファッションチェックで見ることにしてんだわ

「マ?」

あんまり 働きに来てる先で マ?とか言わない方がいいと思うよ

服装ってさ その人のひととなりも 出るし ファッションへの知識とかセンスも全部出るからね

「たしかに それは一理ありやすね」

テーマはフェミニンな感じとか 中性的なイメージでお願いね

ウチは女性相手の商売だし パステルカラーとかの系色メインでやってるから

使うのは持ってるメンズの服でいいんだけど その引き出しの中でそういう雰囲気を出せるかっていうのを見たいです

「わかりやした」

なんで江戸っ子口調なの?

江戸っ子口調はキツイよ

婦人服屋に 江戸っ子口調の男は キツイ

「いやあんたが言ったんでしょう マ って言わない方がいいって」

そういうこと言ってんじゃないんだよ

真面目にやれよ わかるだろ大体

とにかく 明日の朝 ファッションチェックで君を採用するかどうか決定しますので 今日は帰っていいですよ

「え じゃあ俺 マ って言ってもいいってこと?」

さっさと帰れ

〜翌日〜

「おはようございやす」

おはよう

マ って言ってもいいよ

あと 君 不採用ね

「なんでですか」

それはこっちのセリフだよ

なんで全身 軍服なんだよ

特攻隊かと思ったわ

「え?パステルカラーで統一してみたんですけど」

いや どこがパステル

どえらいカーキ色だし

すげえサバンナとかに馴染みそうだわ

「カーキ色は淡い系色だから実質パステルカラーでしょ」

初めて聞いたわその主張

そんなこと言ってる人いないよ

思いっきり軍服だし ミリタリ風とかじゃなくて一式揃ってる完全なる軍服

「お言葉ですが これは自衛隊の服を模造したものですから 軍服じゃありませんよ 自衛隊は軍隊ではないので」

やかましいわ

そんで中性的でもねえじゃねえか

「女性自衛官もこれと同じデザインの服着るんだからボーダーレスだろ」

やかましいわ

そんで 百歩譲ってそれがパステルカラーだとしてもさ 迷彩柄はありえないでしょ

「え?これ迷彩柄なんですか?」

いやいや どう見てもどえらい迷彩だよ

「すみません 俺 色盲だから単色に見えてました」

え ちょっと待って

色盲?

「はい」

やっぱり君不採用だわ

「ちょっと待ってください 差別するんですか」

いや そういうことじゃないけどさ

「そういうことじゃないですか 色盲だからって不採用なんて 今時ヤバイよアンタ 訴えるよ」

ヤバイのはお前だよ

色盲でダサい男が 婦人服屋の求人来るなよ

「どういうことだよ」

男ってのは別にいいんだよ 俺も男だし

そんで色盲ってのもまあ この業界じゃ不自由かもしんないけど そこは助け合っていけばいいし 考えなくはないよ

ダサいってのもさ こっちで教育していけばいい話だし 別にいいんだよ

でも合わせ技はヤバイんだよ

色盲でダサい男は だいたい婦人服屋の求人来ねえんだよ

「ダサくねえよ」

ダサいよ

「裏テーマとして護国思想を表現してんだろうがよ」

裏テーマとして護国思想を表現してくる奴はだいたいダサいんだよ

「はぁ 男でウィメンズの店やってるって聞いたから どんなフレッシュな店かと思ったら 凝り固まってんなアンタ」

ガチガチの極右に凝り固まってるって言われちゃったよ

「この店 売り上げ落ちてんだろ?」

… なんで知ってんだよ

「わかんだよ 俺がこの店に 新しい風 吹かしてやるぜ」

お前 … 随分自信ありそうじゃねえか

秘策があるようだな 一応聞かせてもらおうか

「いいか まず客層を変えろ パステルカラーを基調とした婦人服店なんて腐るほどある お前は男だから女の子たちがやってる店には競争で負けちまう」

ううむ 一理ある

「そこで ミリタリ専門店だ」

うーん

「ミリタリといえば欠かせないのは銃器だ 銃器も置こう」

ちょっと待って

「女の子の買い物の間 彼氏や旦那は暇だからな 銃器があればそこのニーズを埋められる」

ちょっと待て

「目玉商品も欲しい 戦車も置こう」

ちょっとは待てよ

「店の内装も変えなきゃダメだな 壁紙全部迷彩柄にして 横断幕とか貼ろうぜ 『憲法9条改正 大日本の軍事力を示せ』」

全然待たねえなお前

特攻隊かよ

やっぱファッションには ひととなりが出るんだなあ