畑ニ居リマス・田舎暮らしPHOTO日記

畑のかえるくんの楽しい日記です。

第一の心、第二の心(4)

2020年03月07日 | 梁瀬義亮先生のこと
8年前に記事にした梁瀬先生「いのちの発見」、「第一の心、第二の心」というテーマにしての再掲である。その4回目。

先生はお寺の3男に生まれたが、科学で証明された真理と仏教の説く教えの隔たりに困惑した。
仏教は、科学的真理を知らない時代の妄想、たんなる迷信じゃないのか、と。
そのため、理学部に入って数学を研究しようと思ったこともあった。
きのうもふれたように、月毎の仏教会でも、このことについて、ご自身の見解をよく語られていた。
では、前回の続き‥。


白鳥:われわれの世代、同じような体験(5月2~4日「梁瀬義亮先生の戦争体験①~③」参照ください)をされた方もかなりいらっしゃると思うんです、しかし、なお先生のような宗教的な高まりに達することができないのですが、その辺はいかがなんでしょうか。
梁瀬:私たちは、子どもの時分から、「いわゆる」科学的な世界観で洗脳され続けております。
「いわゆる」科学というものは、実はこういうことなんです、理屈っぽくなりますが聞いていただいて‥。
人間の前に世界がある。
人間が目に見える物質を肉眼で観察して、いろんな事実を認めた。
(見えない部分はさしおいて)認められた事実を整理して、法則をわりだした。
その法則を集めたのが、「いわゆる」科学なんです。
だから「いわゆる」科学というのは、物質の法則の集合なんです。
そして、現代の生命観、自然観、或いは人生観、現代人のいろんな考えは、物質の法則から導き出しているんです。
産業は発展して、生活は豊かになりました。
しかし、この考え方の結果、公害もおこりました。
地球破滅の原因でもあります。
公害反対とか、環境破壊反対とか叫んでもいいことです、いいことだけれども、その根底になる物の考え方の誤り、つまり、物質中心の考え方なので、限界があります。
私は幸い早くから、違う学問を知りましたよ。
例えば理論物理学です。
これは目で見るんじゃなくて、三昧に入ったような状態になって、心で世界を見る一つの見方です。
そうすると、今までの科学では分からなかったような物質の本質であるとか、宇宙の本質的なものに入っていったわけです。
アインシュタイン博士初め、すばらしい人たちが出て、こういう違う科学がでてきたでしょう。
それから生態学とい学問もできました。
あらゆる生命というものを認めて世の中を見てみると、決して生存競争でもなければ、弱肉強食でもないのです。
一つの地球はハーモニーなのです。
白鳥:連関を持っているんですね。
梁瀬:イギリスの科学者ラブロック博士は、
「地球は一つの生き物だ。決して単なる物質じゃない。生き物だ」とおっしゃっていますね。
そして、ガイア(Gaia)という名前をつけておられますね。
或いはアインシュタイン博士というほんとに素晴らしい頭脳を持った方が、晩年に、
「宇宙は物質の機械仕掛けではなくて、一つのマインド、魂の如きものである」という、謎めいた言葉をのこしておられます。
(続く)

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