立哨員(←りっしょういんと読むんだそーです。)・・・とな?
初めて耳にする呼びかたで、またその開催されるというイベントも、これまた初めて聞いた(←実行委員のみなさま、すいません)世間知らずの私だった。
ある朝、突然区長さんが我が家を訪れ、私に書類を手渡しながら「近く地元で、こーゆー催し物があり、貴君、ついてはボランティアスタッフとして、ぜひご参加願いたい。」とのことだった。
封筒をのぞくと、そのイベントとやらのちらしのコピーと思われるものが入っていた。
きたかみ夏油高原ヒルクライム 2011 ~がんばっぺ!!東北~
と、あった。
なるほど。
自転車競技・・・か。
自転車なら俺も出よっかなー?などと・・・もちろん考えるはずもない。
張り切って自転車通勤していたのは、かなり以前の春先までで、娘の自転車はガレージのなかで、今ではほとんど触りもしていないからだ。
年齢的にも体力もほとんど落ちていて頑張りも効かず、ヒルクライムどころか平坦地でも今の私では、完走すらおぼつかないだろう。
てゆーか自転車は自転車でも、競技に使われる自転車はまるでカクが違うようで、かなりのお値段らしい。
しかも、参加料なんと6000円!
・・・なにやら別世界の雰囲気。
で、封筒のなかには”地域のみなさまへ”と書かれた、ヒルクライム実行委員会からの、ボランティア参加要請の文書も同封されていた。
私のやるべき仕事は、いわゆる交通整理・・・らしい。
8月21日開催その当日、指定された集合場所に行き、説明を受けた後それぞれのポイントに散り、拘束時間は午前8時から11時までで、最後の選手が通過すると終わりなのだという。
まぁ、あんましむずかしいことはないだろう・・・。
昼飯も出るってゆーし(笑)
ということで快諾し、私はその日を待った。
しかし、前夜には宴席があり(爆)、翌朝起きれるかな~?と心配したが、だいじょうぶだった(笑)
当日朝は、あいにく雲が厚くたれこめていて肌寒く、しかも小雨もぱらついてきた。
しかし、カンカン照りよりは、ましだろうと思った。
指定された集合場所に行くと、↓このTシャツを着ろという。
・・・と、目の前のおとーさんの背中を拝借して、パチリ。
ははは。
で、その揃いのTシャツを着たら、配置図とペットボトルの水を持って、行政区ごとに並べという。
点呼のあと、ミーティングがはじまった。
その配置図を眺めると、どーやら私は、運よく比較的にぎやかな交差点に配置されているようだった。
しかも、同地点の同僚は4~5人のもよう。
たいくつしないな・・・と思った。
しかし、温泉入り口とか橋のたもととか、クマやタヌキしか来ないようなとても淋しいところに、それもたったひとりずつ配置されている、かわいそうな方々もおられた。
文字通り「立哨員(ぽっぽや)←ぱくりです。」といった風情。
いや実は私、そのよーな過酷な運命を、内心覚悟して来てはいたのだったが・・・。
と、無責任に安堵の胸をなでおろしながら、ともかく打ち合わせを終えた私らは、その場で手に手に商売道具の紅白旗を受け取り、それぞれの車でポイントに移動した。
ついたところは、このあたりでは”銀座”と呼ばれる(←うそです)繁華街(いやみではありません。あしからず。)。
もうすぐスタート時間だというのに、自転車で走り回る選手たち。
ほー、あれが競技用自転車というものか・・・(笑)
持ち場でうろうろしながら、見慣れぬ一団に無遠慮な視線をおくる私たちであった。
ってゆーか、自転車競技大会の存在すらろくに知らない、こ~んなどシロウトがこの栄えある大会運営の、一翼を担うのも申し訳ない話だが。
やがて、三々五々ギャラリーも集まりだした。
朝食のあとかたずけを終えた、近郷近在のおばちゃんたちだ。
で、私の前に来て「おめ、〇〇(おふくろさんの名前)のでねが?」(お前は、〇〇のせがれではないか?)
と、どこかのおばちゃん。
でもって、みんな口々に「なんだぁ、みんな、えなだり(近所)のひたず(人々)だじゃ・・・。」と言う。
どーやら、東京から来たスタッフと間違えているらしい。
ま、この方(近所のにーちゃん)は、そんな感じもなくはない。
ともかく、シロウトでもしっかりと任務を全うしなくてはなるまい。
しかし、本物のレースなど観たこともなく、あっというまだという選手通過時の交通整理も、うまくできるのか不安が残っていた。
それぞれ、なんとなく(笑)守備位置についた。
時計をみると、すでにスタートはしているらしい。
まもなく、前走車らしいヘッドライトが見えた。
と、みるみる選手たちが走り込んできた。
というか、通過していった。
最初あっけにとられていたギャラリーの方々も、しだいに我に返った(笑)ように拍手を送って声援をはじめた。
・・・てか私など、その迫力に圧倒されそうだった。
事前のミーティングでは、いくつかのグループに分けての出走と説明を受けてはいたが、その数570台だというけっこうな数の自転車部隊の波は、しかしあっというまに過ぎ去った印象だった。
その後、下山するまでの間、交通規制は一時解除になり、私たちも休憩となった。
自分の車にもどって休む人もいたが、私はその場でお借りした椅子に腰かけ、向かい側にいる先輩たちの世間話に耳を傾けていた。
すると、そこの床屋さんのかんばん娘さんからコーヒーをごちそうになったり、近所のおばちゃんからはすいかやまんじゅうをごちそうになったりした。
地域密着型のイベントなのだった。
ど~もありがとうございました
やがて下山の時間となり、先導のバイクのあとから自転車群が再びやってきた。
帰りはレースではないとのことで、リラックスムードで下っていく選手たち。
笑顔で手を振ってくれる選手たちで、なかにはカメラでこちら側を撮影される方も。
「声援、ありがとう!」
私は、選手の方々の肉声を聞いた。
そして沿道のみなさんは、口々に「ごくろうさま~!」と声をかけて、選手たちに手を振っていた。
地域のみなさんと手を振りあう、レースを終え緊張のほどけた選手たち。
なんか、こんな交流がうれしい一場面だった。
で、私も夢中になって選手たちに手を振っていた(笑)
会場にもどると、選手の皆さんは食事中だった。
私たちも、ここで昼食を受け取るように指示されていた。
配られたカレーライスは、すんごくうまかった。
そして、その上にでんと乗っかっていた、きゅうりのつけもの(笑)
いつも家で食ってるはずだったが、しかし特別とてもおいしかった。
ここは、統合新築なった地元小学校の体育館。
そーいえば、今回私は初めて入ったかも(笑)
いずれ地域住民として、任務を全うできてよかったなと思った