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ニッポン景観論_名著レビュー_そこにしかないものを大切に

2019年02月21日 | 名作レビュー

集英社新書、アレックス・カー著「ニッポン景観論」を読みました。古民家の再生や日本文化研究で知られる著者が、日本人が普段気付いていない「景観」に感銘を深めるべきとして様々な問題提起をしています。

  • 電柱・送電線・携帯基地局が景観に全く配慮されず建てられているのは日本だけ
  • 日本人は街の清潔さにはとても敏感なのに、景観の美しさにはなぜ無頓着か?
  • 世界中で基幹産業になっていく観光の満足度には景観の印象が大きく影響、そこにしかないものだから


著者が日本文化をとても愛していることは読み進めていけば自然と感じます。だからこそ景観に対する日本人の感覚をとても不思議に感じているのです。


京都もようやく進み始めた

著者はアメリカ人の東洋文化研究者で1977年以来、主に京都・亀岡を拠点に執筆・講演・観光コンサルタントとして活躍しています。徳島県の険しい山中にある祖谷(いや)で偶然見つけた古民家に一目ぼれして住み込み、全国各地で古民家を宿として再生する事業でも知られています。

祖谷の古民家に一目ぼれした理由を「霧が覆う急斜面の中に古民家が姿を表す風景は、中国の墨絵のようでロマンチックなパノラマだった」と語っています。私は祖谷を訪れたことはありませんが、おそらく日本人が見ても同じような印象を受けるでしょう。

しかし外国人と日本人には大きな違いがあります。そんな絶景パノラマの中に鉄塔などの人工物があると、外国人は違和感を持ちますが、日本人はあまり気にしないのです。著者は様々な人工物におけるこの感覚の違いを指摘し、観光資源の破壊による国家的損失を強く憂慮します。

深く信奉され続ける日本の「神話」

神話(1)電線を埋設する工事費が高いから無電柱化ができない

欧米やアジアの主要都市は電柱と電線がほとんど見られなくなっています。国によって違いはありますが、多くの国では電力会社が工事費を負担して埋設することが義務付けられています。日本のように行政が工事費を負担する国はほとんどありません。

電柱を設置する電力会社や電話会社も、電柱の方が安価という経済合理性を優先し、景観を犠牲にすることが現在も続けられています。無電柱化工事は限られた範囲でしか行われないため、規制は硬直化し、一向にコストは下がりません。「寝た子を起こすな」という日本人が選択しやすい「放置」の典型例だと著者は感じているのでしょう。

神話(2)日本は地震が多いので、埋設できない

大きな地震の際には電柱や鉄塔が倒壊して電力や通信がストップします。垂れ下がった電線が道路をふさぎ緊急車両の通行に支障をきたします。一方埋設されている場合は道路をふさぐリスクはなく、電力や通信の切断も埋設の方が少ないことがわかっています。

「地表にある電柱の方が復旧が早い」「日本は外国と違うからできない」といった”思い込み”が、日本人の頭の中に強く覆いかぶさっていることを著者は指摘します。とてもたくさんの”思い込み”があることに気付かされます。

【京都市公式サイト】 無電柱化 整備事例

無電柱化が進んでいなかったと感じる京都でも、わずかずつではありますが進められています。現在は先斗町が工事中です。市のホームページでは工事前後の景観の違いを写真で並べて比較できるようになっています。「歩道が広くなる」といった他のメリットもあり、もっと積極的にPRすべきだと感じます。

神話(3)看板が多いほど経済効果が上がる

日本は都市部でも田舎でも至る所に看板があります。日本人は慣れっこになっているので、ドライブしていても何も感じませんが、外国人は違います。著者はホノルルの空港と市街地を結ぶ道路に看板がなくリゾート地にやって来たことを強く実感できること、ニューヨークはブロードウェイなどごく一部を除いてビルの3F以上の看板が禁止で町並がとてもスッキリしている例を挙げています。

これは世界の潮流なのです。これだけたくさんの外国人観光客がやってくる今、「日本は景観が美しいところがない」というレッテルを張られてしまいます。

「消費税完納推進の町「人権尊重の町」といった看板も、確かに意味不明です。国宝・重要文化財建築には必ずあるHITACHIの看板も同じく意味不明です。


古いものは恥ずかしい?

がけ崩れ防止に山肌を覆いつくすコンクリート、テトラポットで埋め尽くされた海岸、送電線、携帯電話基地局、他にもたくさんあります。カナダで携帯基地局に木のデザインが施されている事例も紹介されています。日本人は景観お構いなしに基地局があった方がつながりやすくなって便利と考えるのです。

21世紀は観光が基幹産業になると著者は指摘しています。「ニッポン景観論」は日本の観光産業の足を引っ張るのに、日本人の多くが思い込みに基づく無関心を装っていることに警鐘を鳴らしています。外国人だからこそ、そんな無関心にストレートに切り込んできます。

「古いモノは恥ずかしいのではなく、素晴らしいモノだ」。著者はこのことを日本人に最も気付いてほしいと考えています。そこにしかないものだから、わざわざ訪れる価値があるのです。





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ニッポン景観論
著者:アレックス・カー
判型:新書
出版:集英社
初版:2014年9月22日


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